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#5「魔法」
早朝のチャイムで起こされた君島。
違和感を感じながらも人の良さそうな宅配業者に気を許して中に入れてしまい…。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
/君島side
ピンポーンというチャイム音で俺は目が覚めた。
『すいませーん宅配でーす。荷物が多いので開けて欲しいのですが誰か居ますかー?』
眠い目を擦りながら俺は携帯の時計を確認する。
寝過ごしたかと思ったらまだ6時にもなっていなかった。
寝起きでほわほわしてる俺の脳内では、こんな朝からご苦労様だなぁと思いながらあくびをする。
もう一度外から「すみませーん」と呼ばれ、俺はのそのそと布団から出たところでやっと脳みそが動いてくれた。
そして、返事をしようと開けた口を閉じる。
おかしい。
こんな朝早くから新聞配りでもないのに配達業者って活動しただろうか。
てかそもそも俺は何も頼んでない。
でも、もしかしたら俺じゃなくて赤井くん宛かもしれない。
…だけど、他の可能性もある。
赤井くんはギャングのトップだ。
もしかしたら命を狙われてて…、何者かが暗殺を企てての爆発物、いや、そもそも郵便を装った暗殺者がきたのかもしれない。
色々な可能性が頭に浮かんできた俺は、喉をゴクリと鳴らしながら物音を立てないように玄関まで移動し、そーっと覗き穴から外の様子を見る。
そこには膝下ぐらいの高さのあるダンボールを抱える男性が立っていた。
服装も見たことあるような配達業者の服で、髪にはタオルが巻かれていて、口にはマスク。
どこか優しそうな表情のその人は、スマホと荷物に書かれた住所を何度か見て確認しているようで、本当に配達の人かと無駄な緊張解いて玄関の鍵を開けた。
「あ、よかった~いらしたんですね」
「遅くなってすみません。朝からお疲れ様です」
「いえいえ、ちょっと中に入れるんで入ってもいいですかー?」
「はい、どうぞどうぞ」
男性は玄関の中に入り「よいせっと」と言いながら荷物を玄関に置く。
サインを求められて俺は渡されたペンを手に取り、置かれた段ボールの上でサインを書こうとする。
やっぱり、俺ではなく赤井くん宛てだった。
こんな大きなもの買うなんて珍しい…赤井くん何買ったんだろう…。
あ、あれ…、
「あの…」
「はい?」
「インクが…」
「あ、じゃあこっちのペンで」
「ありがとうございます。…あ、あの、すいませんこっちも…」
「あれ、あらー…」
渡されたペンはどちらもインクが出ない。
「すみません」と謝る男性に、俺は笑顔を返して自分のペンを持ってくることを伝えて部屋に戻る。
リュックの中にある筆箱から黒いボールペンを取り出し、すぐに玄関に戻ろうとした時だった。
背中に何かが触れる。
「えっ」と思って振り向けば、さっきの人がすぐ後ろにいた。
普通じゃ有り得ないその光景に、恐怖や危機感よりも先に何でこの人部屋に入ってきてるんだろうと俺はのんきに思った。
多分、俺はまだ脳みそがちゃんと起きていなかったんだろう。
男の手が俺に伸びてやっと俺の危機管理能力が正しく動き始める。
普通に考えてこんな朝早くに配達業者が訪ねて来るのはやっぱりおかしい。
服だって見た事あると思いはしたけど、俺は配達業者の服を今までにちゃんと意識して見たことはないから、ただ似てる服ってだけかもしれない。
頭にタオルを巻いてマスクをして、まるで顔を隠してるみたいなその格好だっておかしい。
もしかしたら他にも俺の気づいてないおかしい事があるかもしれない、今なら気づけるかもしれない。
でも、もう遅かった。
俺は偽物の配達業者の人に両手を背中で一掴みされ、身動きが取れない状況に陥る。
「君島くんもしかして寝ぼけてる? だめだよ、この辺り誘拐事件とかあって物騒なんだから…ね?」
俺の後ろでくすくす笑うその声に、自分の状況をはっきりと理解する。
赤井くんと関係を持ってから、知らない人に声をかけられる時があった。
それは赤井くんのギャングの人か、もしくは、赤井くんを敵視して俺に手を出そうとする人たち。
でもだいぶ前から赤井くんの仲間も、俺を痛め付けようとしてきた人達も俺に声をかけなくなっていた。
だから、完全に油断していた。
変装してまで家に押し掛けて来た人は初めてだったけど、これは自分の油断が招いた結果としか言いようがない。
どうしよう、もしこの人が赤井くんと敵対している人だったら…。
「さすがにバレると思ったんだけど、この服なかなか様になってる? これプレイ用なん」
「離せよ!」
「…ふふっ」
抵抗する俺に「やーだっ」と返したその男は俺が持っていたボールペンを取り上げる。
背中側の服をめくってボールペンの先で素肌をゆっくり撫であげてきて、意味の分からない行動をするその男に、俺の警戒心が高まる。
「大人しくしときなよ。赤井に許可なく傷の一つでもつけられたら、君島くん捨てられちゃうよ。ふふ、あざだらけ。痛いのより気持ちい方が好きなのに…。逃げたくなったら俺がもらってあげる。だから安心して赤井から逃げていいよ」
俺と赤井くんの関係を知っているということは、やっぱり赤井くんが目当てなんだ。
「…何が、目的ですか」
情報を聞き出すために俺は落ち着いて男に聞いた。
男は妙にご機嫌そうな声で「んっんー」と歌うかのように喉を鳴らしながら、ボールペンを少しズボンの中に差し込んで尾てい骨をかりかりと擦ってくる。
「ちょっと、赤井に用事があってねぇ」
「だから、それは何っ…」
「ねえ、本当に俺のこと覚えてないの?」
急に両手を解放され、肩を掴まれて体をひっくり返される。
そして男の指が俺の服の中に滑り込み、肌を撫でようとしたその前に俺は解放された手で近くに置いてあった厚めの教科書を掴んで男のこめかみに目掛けて腕を振った。
クリーンヒット。
呻きながら倒れたその人を跨いですぐに玄関へと逃げると、背後から「ふふっ」と笑い声が聞こえてきた。
やばい奴だと顔を青くしながら玄関のドアノブを掴もうとした瞬間、まだ触れてないドアが開いて俺は勢いよく外に飛び出してしまった。
そして、ドアを開けた人にぶつかってしまう。
結構な勢いで飛び出したにもかかわらず、体でしっかり受け止めたその人から覚えのある香りがして俺は更に顔が青くなった。
「あ、赤井く…」
「…あぶねぇな」
「ご、ごめっ」
「なに勝手に出ようとしてんだよ」
「ちがっ、今ッ、ッ!」
前髪を乱暴に捕まれ、そのまま中に突き飛ばされる。
床に腰を打ったけどそんなのどうでもいい。
中にいる人について赤井くんに言わなきゃと思って起き上がろうとした時、俺の顔に枕が押し付けられた。
あの男だ。
「君島くんやるねぇ、ただのお姫様かと思ってたのに」
「んんーっ!」
「……」
「どもども、お邪魔してるよー」
「……」
「ふふ、そんな喜ばないでよ」
「こいつが上げた?」
赤井くんの低い声とともに、ライターに火がつく音がした。
また、赤井くんを不快にさせた。
枕で顔が隠れたまま「ごめん、なさい…ッ」と怯えた声で赤井くんに謝る。
殴られるか、蹴られるか、タバコを押し付けられるか。
痛みを覚悟していると、俺の顔に枕を押し付けるその男が笑う。
「そんなことより、お前が先週遅刻したせいで仕事延長になったんだよねぇ。おかげで上物に振られちゃってさぁ。どー落とし前つけてくれんのかなぁって思って待ってたら全然謝らないからさぁ。来ちゃった」
「ここには来んなって言っただろ」
「覚えてるよー。でも赤井が謝りに来ないんだからしょーがないよね」
話を聞いてる感じだと、この男は赤井くんを狙って俺の家に来たわけではないらしい。
少しだけホッとした俺はまだ枕が顔の上に置かれていて、暗闇の中で聞こえた床の軋んだ音に体がビビる。
勝手にこの男を家に上げてしまった事について怒られる覚悟はしていたけど、赤井くんの足音は俺の横を通りすぎた。
赤井くんは手持ちのタバコとライターをベッドに投げて、俺たちをそのままにお風呂場へと消えて行く。
殴られなかった俺は怖がっていた体から力を抜き、早朝に赤井くんが帰ってきた時のやるべき事を頭に思い浮かべる。
すると、俺の顔の上にあった枕が浮かび上がる。
頭に巻いていたタオルを首にかけてマスクも外した、肩まで伸びてる黒髪の男が俺を見下ろしながらにっこり笑った。
「俺今ねぇ、赤井とはバイト仲間なんだよ」
「バ、イト…?」
「そそー。どんなバイトかは知ってる?」
俺が首を横に振ると「あれ、そうなの?」と驚かれる。
バイトを掛け持ちしてることは知ってるけど、何のバイトをしてるかは聞いたことがない。
ただ、もしかして…、と一つだけ予想はしていた。
赤井くんは時々、大人の玩具という、所謂アダルトグッズを持ち帰って来ることがある。
使った物はすぐに捨てるけど、数日するとまた新しい物を持ってくる。
いつも実験するみたいに使うから、もしかしたらアダルトグッズの試遊関係の仕事をしているんだろうかと思っていた。
この人が、赤井くんのバイト仲間…。
男が「内緒にしてるなら言わない方がいいのかなぁ」と呟く。
俺や赤井くんより年上に見えるその人の顔をちゃんと見ようと体を起こした時、顔のすぐ近くでプシュッという音と共に霧のようなものが吹きかけられた。
避ける間なんてなくて、吹きかけられた霧状の物が呼吸とともに体内に入った瞬間、俺は思い出した。
昔、これを俺に使った人がいた事を。
俺はすぐに男を突き飛ばして距離を取ったけど、俺の体はすでに熱くなり始め、体に力が入らなくなる。
この人は赤井くんの敵ではない。
どちらかというと赤井くんの味方で、赤井くんと同じシーブルー、青組の一人だ。
青組の人たちを全員把握しているわけじゃないし、今見てもこの人の顔に見覚えはない。
それもそのはずだ。
あの時の俺は、ずっと目隠しをつけていた。
「ふふ、思い出したかなぁ?」
覚えてる。
耳が、この人の声を。
体が、…この薬を。
徐々に敏感になっていく体に、俺は口を押さえて出そうになる声を無理やり押し殺す。
赤井くんがいるのに、赤井くんがいるのに!
泣きそうになりながら男を睨むと、男はなんともなさそうに俺の手を引っ張って廊下から部屋へと俺を運ぶ。
「君島くん高校でなんかやってる? 結構力あるよねぇ。昔からだったかなぁ」
「離せッ、っ、ぅ…」
「でもこの薬使うとやっぱグニャングニャン。一年以上も前だけど、体はまだ覚えてるんじゃない?」
ベッドに投げ捨てられた俺は、俺の服を脱がしにかかる男の手や胸を押して抵抗するも全然抵抗にならず、「忘れるわけないよねぇ」と言われながら手錠をカチリカチリとかけられていく。
この人は赤井くんの敵ではないけど、俺にとってこの人はある意味赤井くん以上に怖い人だった。
赤井くんと出会った直後。
あの時、俺はセックスの経験がなかった。
ましてやお尻を使うなんて知らなかった。
そんな中で、俺は青組に輪姦された。
お尻に性器を入れるその行為は痛いだけだった俺の体を、…この人が、変えた。
かけられた薬のせいで全身が神経をむき出しになったように敏感になり、ベッドシーツに触れる皮膚がざわざわする。
なんとか上体を起こしてベッドから降りようとした時、乳首を爪で弾かれて全身を駆ける快感に腰が抜けた。
勃ちそうな股間に泣きそうになりながら弱った芋虫のように動く俺を見て、男は笑いながら持って来た段ボールの中からごそごそと何かを取り出していく。
「赤井ー、君島くんちょっと借りるよー」
シャワーの音が聞こえるだけで返事はなかった。
代わりに俺が「やめて…」と返事をするけど、男は俺の口に猿轡を丁寧につける。
次に目隠しを取り出して俺の耳にかけ、涙でぼやける世界が上機嫌な男の顔を最後に暗闇に包まれた。
耳元で男の息が聞こえ、体を震わせながら逃げるように首をそむければ、男は俺の様子に心底楽しそうに歌い出した。
時々俺の体を撫でて反応を楽しみながら、何かを準備している。
力の入らない体で首を横に振りながら「んー…、んんーッ」と男に訴える。
その俺の耳に、一瞬バイブ音が聞こえた。
動作を確かめるように何度かバイブの音が鳴ったり消えたりして、俺はその音が異様に怖かった。
ただのバイブかローターだと思う。
でもこの人なら、きっと“ただのバイブかローター”では終わらない。
なんとか力を出してうつ伏せになり、手探りでベッドから逃げようとするけど、すぐに足を押さえられてそのままズボンとパンツを足から抜かれてしまう。
「んんっ、んんっ、…んんーッ」
「焦らないの、君の好きなことしかしないよ」
「ッ、んんんッ、んんッ」
「んー? 聞こえないなぁ」
「っ…ん…んんッ」
「ふふ、君島くん、…逃げんな」
低い声で発せられる言葉。
赤井くんとは違う柔らかい口調。
赤井くんが言ったわけじゃないのに、俺の逃げようとしていた体が動かなくなる。
「たくさん泣いていいよ」と優しそうでいて酷い言葉を俺にかけながら、親切のつもりなのか項垂れる俺の顔の下に枕を差し込んだ。
抵抗したいのにできない悔しさを感じながら、ぎこちなく揺れてしまう俺の腰を押さえつけた男は、ローションか何かで滑りのよくなったそれをぐぬぬっと中に入れた。
ぞわぞわくる快感に俺は力の入らない足をバタつかせる。
その物の大きさは、まだ慣らしてもいない俺のお尻に簡単に入るほどの大きさで、それでいて締め付ければその存在をしっかりと感じられる太さ。
一本の太めの指のようなサイズのそれでゆるゆると中をこすられ、それだけでひどく気持ちよくて枕にすがりながら俺は小さく呻きながら、動揺していた。
前と違う。
体がおかしい、気持ちよくなるだけじゃなくて妙に力が入らない。
全身が重力で重く拘束されるような抗いがたいだるさで、踏ん張ることが出来ない分、快感が全身にダイレクトに広がる。
足の先から頭の先まで気持ち良さに無理やり支配される感覚。
抵抗したい。好きにされたくない。
なのに、薬が馴染んだ体は気持ち良さばかりを脳へと伝えて俺の思考力を奪っていく。
「んんー、ぅ、ふ、ぅんん…ッ、んッ!」
「まだ体動くねぇー、布団濡れちゃっ…、ん?」
何とか足を動かして男の腰をかかとで蹴るけど、男が指一本で俺の足を押せばそのまま無力なことにパタリとベッドに倒れてしまう。
入れたものをゆるゆる動かしたまま、男が尻たぶを揉んで笑う。
「ふふ、優しくするよ」
この人の場合、それが嫌なんだ。
「んぐぅ、っ、ッん! ッ!」
お尻の中に入れられたバイブが震え始める。
その振動は小さく、薬で敏感になっている体とはいえ、射精に至るようなものじゃない。
ただただゆるく気持ちい時間が続く。
「えーっと、60分から90分使用可能…、弱だと90分。ま、普通だねぇ」
「ふ、ぅ、っ、ぅ、んーッ」
「押さえてないと抜けちゃうね。はいずぶぅーっ」
「んんッ! っ、っんんーんー、ふッ、…ッんーん」
「ふふっ、んーんー切ない声で歌って、楽しそうだねぇ」
一つも楽しんでいない俺の赤井くんにつけられたアザや傷跡を、男はボールペンでツンツンとつつきながらまた歌い始めた。
1分、3分、5分、10分。
いつまで経っても強弱が変わらない刺激。
絶頂という快感を知っている体はこれ以上の刺激が与えられないことを知ると、俺の意思とは関係なく何とかイこうともがき、目隠しをされて五感の一つが遮断されている中で唯一快感を与えてくれるそのバイブに体が集中し始めてしまう。
そんなつもりがなくても、どれだけ心が拒んでも、体は全身を快楽に落とそうと全神経をこの弱い刺激にすがらせる。
確実におかしくなり始めた淫乱な体は、コツを掴んだようにどんどん感度を上げていき、ゆるい快楽をイく直前の快楽にまで徐々に高めていった。
ここまで来てしまうと、何でもなかったはずのボールペンに突かれる刺激にさえ体が跳ねる。
「ふっ…ふー、ッ、…んッ、んふッ、っ、ッ」
「あーあーもう息上がってる」
「ふぅッ…、ッんぐ、んっんんッ! んッ、んっんッ」
「ふふ、Bメロ入ったかな」
「んッんっ、ッ、…っ、ぅんン゛!」
「はーい、サビ突入おめでとう」
枕に抱きつきながらビクンビクンと体を跳ねさせてイク俺に、男が祝いの言葉と共に跳ねる俺の尻を押さえながら何かを書いた。
何を書いたのか確かめる余裕もなく、ゆっくり感度を上げて奥底から敏感になった熱の下がらない体に止まらない振動が追い討ちをかけ続け、体が小爆発のようなオーガズムに何度も何度も襲われる。
「んぐッ、ッ! ふっ、うぅっ、んッんん゛ッ、ッ!」
「いいねぇ君島くん、やっぱ素質あるねぇ。卒業したらAV男優やりなよ。男女どっちにもモテるよ君」
「んっんっ、ッん゛、ッ、ッ、んん゛ッ!」
「上手上手。サビ好きだもんねぇ。いいんだよサビばっか歌って。でも、」
バイブから逃げようと勝手に動いていた体から急にバイブが抜かれ、浮いていた膝下がベッドに落ちる。
視界は暗く頭は真っ白な俺の耳に、シュッという音が入って来た。
「曲のクライマックスは、やっぱり一番盛り上がった方が泣けるよねぇ」と男が言いながら抜いたバイブをまた肛門に当てがう。
その刺激だけで跳ねる敏感な俺の体は、そのバイブが妙に冷たいことに気づかず、それを中へとまた受け入れてしまう。
「んぐうッ! っ、ッんん、ッ、〜〜ッ!」
「いいよ、もっと盛り上げて」
「ッ、ッ…っ、ンん゛ーッ」
「いいね、シャウトもう一発行こうか」
「ぅん゛、ンんん゛ーッ!」
これ以上なく敏感なはずなのに、バイブの触れる中がじくじくと熱くなる。
どんどん体に力が入らなくなっていくのに、快感ばかりが大きくなって、頭が真っ白になる。
下半身は感覚がなく、ただただ辛いほどイっていて今自分がどうなっているかも分からず、男の声も聞こえず、赤井くんがお風呂から上がる音も俺の耳は拾わなかった。
「イきっぱすごいねぇ。ほんと芸術。さて…えーっと、低振動なのにイキまくり。ど変態も大満足。…と、もう少しで30分だから、後60分サビってていいからねぇ」
「…ッ、んん゛ッ、んン゛ッ!」
「……」
「あ、赤井、君島くんで試した奴とそうじゃない奴の報告書の質違いすぎるから男性向け担当にするってチーフ言ってたよ」
「…滝沢」
「ん、なに?」
「タバコ」
「あぁ、ごめんごめん。はいどーぞ」
滝沢と呼ばれた男が、ベッドに置かれていたタバコを赤井くんに渡す。
それを受け取った赤井くんは、俺たちにそれ以上声をかけること無く玄関へ移動してそのまま外へ出る。
赤井くんを見送る滝沢が「あらら」と笑う。
「彼氏出てっちゃったねぇ。君島くんのエッチな声聞こえたら突っ込みたくて戻ってくるかもしれないからお口外そうか」
「ッ、ぅ、ふ、はッ、っあぐッ、ッ、〜〜っ!」
「ほら声出して」
「も、やめ、…ッ、い…ッ、だ…めッ…ッ」
「何回イったかなぁ、でも1時間残ってるんだなぁ」
「ひぎっ、ッ、ッ、ぁ…ッ、ッ!」
「ふふ、声出す余裕ないねぇ」
すると、滝沢がバイブのスイッチを切って俺から抜いた。
「バイブ休憩しよっか。んふ、目隠しぐちゃぐちゃ。新しいのに変えてあげるよ」
「は、ひぅ、…っや、やらっ、もぉ」
「やだ? まあ、これだけ敏感なら今日は目隠しなくてもいいか」
「はぁ…はぁ…、も、やだ…やめてッ」
やっと話せる余裕が出た俺は、滝沢に懇願する。
滝沢はそんな俺を見て、優しい笑みを浮かべるだけだった。
「さて、一年ちょいぶりだよね。魔法の指一本」
「や、やだ、やだっやだッ」
「さっきより細いから怖がんないでよ」
「イきたくない…イきたくないって…、ッ、ゃ…あッ」
「ふふ、欲しくて欲しくてたまんないぐらい、…大好きなくせに」
コンドームをつけた滝沢の指が一本、逃げる俺の尻にぬるんと入る。
そして俺の一番触ってほしくないところを的確に指の腹でゴリゴリとえぐられる。
「あっああ!? ひぃッ、ぁああ!?」
「ずっと欲しかったの、今日は好きなだけあげれるよ。ふふ、気持ちい気持ちい」
「それやめてッ、やめッ、あひっ、ぃ、あぁああッ」
「その調子その調子。たくさん歌ってお姫様。王子様のキスか、…壁ドン来たら魔法解いてあげるね」
「イっちゃう、イっちゃっ…ッ、ひあ゛ッ、ッ、んぅ゛ぅうぅ〜!」
「たくさんイっていいんだよ」
「っ、はっ、ぁああっ!? ひゃ、めっ…っい、嫌なの、ッにぃ…ッ」
「魔法の言葉、忘れちゃった? 言ってごらんよ。もっと気持ちよくなるから」
「ッ!…ぅ、んん゛ッ!」
死んでも言うもんかと口を閉ざすも、滝沢の指はねちっこく的確に気持ちいところを責めて来て、結局閉じた口は一分もしないうちに開いてしまう。
逃げても逃げても、足を掴まれ、腰を抑えられ、しつこく一番気持ちいいところを追いかけられる。
腰が跳ねて指が抜けても、抜けた指はまたすぐに入ってきて何度もお構い無しに前立腺を責められる。
中イキし過ぎて前を触っても無いのに射精して、それでも指は止まらない。
「ひぐっ、っ、はっ、はぁ…や、やだ、やだッ」
「ふふ、お姫様もうちょっと頑張って」
「ひ! や、やだ。もうほんとやなんだって…っ」
「嫌がるほど責められるの好きだもんね」
「ちがっ、本当に、本当にやめっ…っ、ぁ、あっ」
「ふふ、誘い上手。君の可愛さには頭が上がらないよ」
必死に壁まで逃げながら訴えるも、また足を引っ張られてずるずると引き戻された。
指が抜き差しされてイって、前立腺に指先を押し付けて揺らされてイって、とんとんと叩かれてイって、しまいには潮まで吹いて、…それでも一本の指が俺を攻め続ける。
気持ちよすぎるそれに、俺の何かの糸が切れた。
途中でぐったりと反応を示さなくなった俺に、滝沢が「あれ?」と笑いながら指を抜く。
「反応ないね。前は一日中歌えてたでしょ。君島クーン?」
気絶してる俺の前立腺を指をトントンと叩いて起こそうとするも、俺はこの男から逃げるように目を覚まさなかった。
意識の戻らない俺から名残惜しそうに滝沢の指が抜かれる。
「滝沢智雪だよ。高校生の君を指一本でアンアン歌わせる魔法使い。…覚えといて」とふざけたことを言いながら、滝沢は指につけていたコンドームを俺の背中に投げ捨てた。
目が覚めると、部屋には誰もいなかった。
あの滝沢という男も、…赤井くんも。
だるい体を起こして周りを見渡せば、俺が濡らしたシーツや枕、開封されたダンボール、細めのバイブに、コンドーム。
直視するのも辛くなるこの惨状に、泣きそうになるのを堪えながらお風呂場へと向かおうとした時、お尻に違和感を感じた。
何か、入ってる。
俺はそこに指を当てると、何かが尻から飛び出していた。
恐る恐るそれを引っ張って取り出すと、それは端の結ばれたピンク色のコンドームで、中には白濁の液体。
あの後ヤられたのか、分からない。…考えたくも無い。
俺はそれをその場に置いて、何も考えずにベッドから立ち上がる。
よろよろとした足取りでお風呂のドアまでたどり着くと、ふと自分のお尻にあいつがボールペンで何か書いていたことを思い出した。
見たくない気持ちもあったけど、俺は鏡に背を向けて自分のお尻を見る。
そこには「トモくん愛してる、もっと魔法をかけて」という文字と、文字の最後に可愛らしいハートマーク。
それから、男の名前、滝沢智雪という名前が書かれている。
あんたじゃない。あんたなんか愛してない。
俺は、…俺は赤井くんがいれば…、赤井くんがいれば…。
一度堪えた涙が、この場にいない赤井くんを思えば思うほど溢れ出てしまう。
恋人だからって、赤井くんに助けて欲しかったわけじゃない。
助けてほしいなんてそんな期待、赤井くんに持つ方が悪い。
俺が悪いんだ。自分の身を自分で守れない俺が悪い。
滝沢を家にあげてしまった、俺が悪い。
自分の気持ちを無理矢理押し込める代わりに、俺は嗚咽を漏らした。
溢れた涙を拭いながら石鹸を手に取り、何度も何度もその文字をこする。
なかなか消えないその文字が、疼いたままの下腹部が、俺の頭をぐちゃぐちゃにする。
なかなか消えないその文字に、気づいたら俺は爪を立てて掻いていた。
痛みが走り、皮膚が赤くなり、血が滲んでも、その手は止められなかった。
* * * * *
/滝沢side
「なんだ居たの。はい、君の忘れ物」
玄関前でタバコを持ったままスマホを見ている赤井にライターを渡す。
赤井は無言でそれを手に取る。
我が若きリーダーは、いつ見てもクールだねぇ。
「ライター忘れるぐらい動揺してるなら俺のモノに手を出すな!ぐらい言えばいいのに。君島くん不貞腐れて寝ちゃったよ。赤井くん助けてよバカって言いながら」
「……」
「お姫様大事に守ってるのかと思ってたのに、全然そうじゃないんだねぇ」
「守る義理ねえよ」
「ふふ、ホッキョクグマもびっくりの冷たさ。一応青組の仲間入りみたいなものでしょ。護衛用のナイフでもプレゼントしてあげたら? 赤井のこと刺すなんて事はないんだから。あぁ、でも自殺に使われちゃうかな?」
「それとも、赤井がお仕置きで使っちゃいそうだから渡さないの?」とからかってみるけど、俺の言葉に顔色一つ変えない赤井がタバコを吸い始める。
アザや傷だらけで見るに耐えない体の君島くんは、今は赤井の恋人であり、それは周知の事実。
告白したのは、君島くんからだった。
出会いはよくある話で、ピンチだった君島くんを成り行きで助けたら惚れられちゃったってやつ。
それで付き合えるのは漫画だけの話で、普通なら、特に男女ともに興味のない赤井なら絶対振るだろうと誰もが予測できる話なのに、何の気まぐれか赤井は君島くんの告白を断らなかったらしい。
「ねえ、結局君島くんは、玩具なの? 恋人なの?」
俺の言葉に赤井は答えない。
ので、俺は好き放題喋る。
「君島くんは真面目に恋人してるみたいなのに。そもそも赤井みたいな奴を好きになる人なんてそうそういないんだからもっと優しくしてあげなよ。リーダーの女って言ったらみんなに大事にされるものでしょー。しょっぱなっから君島くん最下層にしちゃってさ。ま、みんな喜んでたけど」
「……」
「あーあ、大事にしないと逃げられちゃうよ。あーあー、いつ赤井に愛想尽かすかなぁ」
「せっかく開発したのに」と個人的な思いで嘆いていると、珍しく赤井が鼻で笑った。
びっくりして隣を見ると相変わらずスマホを操作している。
でも今絶対に笑った。
「え、笑った? めっずらしぃ。え、なんで笑ったの。教えて教えて」
「あいつ、俺から離れると思うか?」
「あ、もしかして何しても絶対離れないっていう自信過剰な…、わー殴るなら君島くんにしてくださーい」
振り上がりそうだった手を見て、俺はすぐに距離をとった。
でもその手はただ咥えていたタバコを手に取っただけで、俺を殴らない。
あーあ、怖い怖い。俺は君島くんが羨ましいよ。
「言っとくけど、赤井のせいで俺は実験台また一から探さないといけないので、見つかんなかったらまた君島くん借りるからね。あーあ、遅刻した赤井の尻拭いする君島くんかわいそぅだなぁ」
「…お前学習しねぇな」
「……あー、やっぱ怒ってる? ちょっと調子に乗った自覚はあるんだけど。でも元はといえば赤井が遅刻したせいで」
「話してる暇あんなら、逃したやつの代わり見つけてこいよ」
「…はーい」
「おい、段ボール持って帰れ」
「あれもういらないからプレゼントフォーユー。君島くんにたくさん使ってあげてね」
何か言われる前に、俺は赤井からとっとと逃げた。
あーあー、いいなぁ君島くん。
悪いことしたらその場で殴って教えてもらえるんでしょ。
俺たちの時は大抵、…後から最悪の形で知るんだよねぇ。
…ほーんとサディスト。
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