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#4「友達」

とある平和なお昼休み。 赤井のメールを確認しようとした君島は、携帯を鈴木に取られてしまい…。 ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー /君島side 「チョー贅沢ッス祓川先輩!!」 ゴンッと鈍い音と共に鈴木のうめき声が昼休みの教室に響いた。 状況を簡単に説明すると、四時限が終わってすぐ祓川が先輩に呼び出された。 先にお昼を食べて待っていたら、五分もしない内に祓川が帰ってきた。 聞けば三年生から告白されたらしい。 だけど、その告白を祓川はあっさり断った。 そしてその先輩っていうのがまた学校一の美人とか言われているお方。 ちなみに祓川が告白された回数が今年で3回目。一年の分も含めると…たぶん7回。 茶化したことで頭にダメージを食らった鈴木が、何事もなかったかのように弁当を食べ始める祓川に「暴力反対!」と言う様子を見ながら、俺は思った事をそのまま口にする。 「祓川って好きな人いないの?」 「いない」 俺の質問に間を置かず、スパッと祓川が答える。 答えるのが早すぎて、まるで恋愛系の話はしたくないというそのオーラに「そ、そっか」と俺は一言だけ返した。 黙々と弁当を食べる祓川はいつも通りな気もするけど、いつもより冷たい気もして、俺は聞かなきゃよかったとしょぼくれる。 そんな空気を壊すように、鈴木がジューッと紙パックのジュースを音を立てて飲んだ。 「じゃあどんな子が好み? 祓川ってそういう話しないから気になってんだよなー」 「あ、俺も…」 俺は赤井くんいるし、鈴木はよくあの子可愛いとか彼女欲しいとか言うけど、祓川はそんな鈴木に「その前に留年大丈夫か」とか「部活に集中しろ」と言うばかりで、いつもその手の話の話題を広げようとしない。 …正直、気になる。 ワクワクしながら答えを待つ俺たちに、冷たい視線を向けながら祓川は俺達の期待を見事に裏切った。 「なんていうか…、興味ない」 「ぇえええっ!? おまっ恋愛に興味ないとか高校生活損するって!」 「かっこいいし頭もいいしモテるのに…」 恋愛はするべきだと思っている鈴木と同じ気持ちの俺は、もったいないなぁと思ってしまう。 「学校はあくまで勉強するための場所だろ。恋愛とかそんな事気にしてる暇ないし、付き合ってる余裕もない」 「でも好みのタイプぐらいはあるだろ」 「考えたこともない」 またもやスパッと答える祓川に、俺と鈴木はしばらく無言で見つめ合った。 「祓川ー、いるかぁ?」 「あっはい」 「今日呼び出し多いな」とぼやきながら祓川は教室を出て行く。 弁当を食べながら祓川を見送ると鈴木が飲み終わった紙パックをゴミ箱に向かって投げた。残念ながら紙パックはゴミ箱に命中せず床に落ちた。 鈴木は唸りながら立ち上がって紙パックを拾ってゴミ箱に捨てて「俺も腕が落ちたな」とか言いながら帰ってくる。 恥ずかしくて言えないとか、俺みたいにセクシャルマイノリティで言いにくいとかじゃなくて、考えたこともない。…なんて事ありえるのだろうか。 恋愛に興味がないとしても、この人いいなぁとか、この人は付き合いやすそうとか…。 やっぱり言いたくないだけかな。 自分はどうだっただろうかと思い出してみる。 でも俺も、赤井くんと会うまでは割とそんなもんだったかもしれない。 そうか、割とそんなもんか、と勝手に自己解決する俺の携帯にメールが届いた。 「赤井?」 「んー、うん。そうみたい」 携帯には赤井くんという名前が表示されている。 今から帰る連絡かなぁと思いながらメールを確認しようとした。 その時、 「つまんねえッ!!」 メールを確認する前に鈴木に俺の携帯を取られ、鈴木は一言叫んで教室から出て行ってしまった。 さっきまで騒がしかった教室が水を打ったかのように静まり返る。 …って、ちょっ!? 「待って鈴木!」 数秒かかってから俺は事の重大さに気づく。 赤井くんからのメール、先に帰るとかならまだいいけど、もし何か用事だったら…、すぐ返信しないとまた怒られる。 俺は食べかけの弁当をそのままに、急いで教室から出た。 兎に角、鈴木から携帯取り返してメールだけは見ないと! 俺は中学の陸上部で鍛えた足で走りまくり、廊下、トイレ、屋上、教室達、全部を見回る。 だけど現役サッカー馬鹿の鈴木の足には追いつかないのか、すぐに見つける事ができない。 食べた直後に走ったせいで脇腹が痛む。 でもこのぐらいの痛み赤井くんが俺を殴る時と比べたらどうって事ない。 「はぁ、はぁ、っ、…どうしよう」 途中で赤井くんに会えればなんとかなると思ったんだけど、鈴木も見つかんないし赤井くんにも会えない。 …本当にどうしよう。 汗を拭いながらチラリと時計を確認したと同時に、昼休み終了のチャイムが鳴った。 後五分で授業が始まる。 教室に戻ってくるかな。というか、なんで鈴木こんな事…。 鈴木が出て行った直前のことを思い出して原因を探って見るけど、俺には何が原因だったか分からなかった。 だめだ、考えるのはあとで今は探すことに集中しないと…。 「君島?」 後ろから知っている声に呼びかけられ、俺は足を止める。 「どうした? もう授業始まるけど」 職員室のドアを閉めながら祓川は不思議そうな顔をしていた。 「あ、うん。ちょっと鈴木探してるんだけど…」 「何かあったのか?」 「えっと、それが…」 祓川が先生に呼び出しされた後にあった事を、俺は簡単に説明した。 説明し終えると、祓川は眉を潜めてため息をつく。 「何考えてんだアイツ」 「と、とにかく赤井くんにメール返信したいんだけど…」 「校舎は全部みた? 校舎裏とかは?」 「そ、外はまだ」 「なら行こう」 すぐ昇降口へと足を進める祓川に俺は慌てる。 「い、いいよ。もう授業始まるから。祓川は教室戻っ」 「いい訳ないだろ。君島の生死に関わるんだから、授業なんてどうだっていい」 俺の言葉を遮ってズンズン進む祓川に置いて行かれないように俺は足を動かした。 学校は勉強する場所だって言ったのは祓川だ。 授業の遅刻となれば、先生からの心象も悪くなる。 俺のせいで…。 何度も、考えた事がある。 俺って凄く迷惑な存在じゃないかって。 勉強を教わったり、怪我で心配かけたり、俺が休めば家まで来てくれたり、祓川は不良と呼ばれるような人が苦手で、それ系の人や関係者とは一切交流したがらない。 なのに…、俺なんかと一緒にいてくれてる。 考えれば考える程、自分が祓川の負担になっていることが明白で、罪悪感で気持ちが暗くなる。 「君島!」 大きな声で名前を呼ばれて俺はビクッと体を揺らした。 「えっあっ、なっ何?」 「大丈夫か? 何回か呼んだけどずっと考えこんでるから」 「ご、ごめん!」 「いやいいけど。取りあえず靴替えたら?」 「え、…あっ!」 指摘されて俺は上履きのまま外に行こうとしてることに気づいた。 慌てて上履きを脱いで靴に履き替える。 「大丈夫だよ。すぐ鈴木も見つかるし、怒られそうになった時は鈴木のせいにしな。事実あいつのせいだから」 祓川は俺が暗くなった理由が、赤井くんのお仕置きに怯えてると捉えたらしい。 友達をやめるべきじゃないか、という考えを読まれたのかと思って焦った俺はほっとした。 「おい」 昇降口を出ようとした瞬間、後ろから声をかけられた。 その聞き覚えのある声の低さに、俺の体は反射的に緊張させる。 恐る恐る振り向けば、そこには眉を潜めて俺たちを見る赤井くんがいた。 「あっあの、…わっ!」 返信出来なかった訳をちゃんと説明しようとした時、赤井くんが俺に向かって何かを投げてきた。 間一髪で落とさずに済んだそれは、鈴木に取られたはずの俺の携帯。 ちょうど5時限目の開始を告げるチャイムが鳴り、何とも言えない空気が俺達を包む。 携帯があるのに鈴木はいない、その事実が怖い。 「赤井くん、鈴木に…会った?」 二人が会ったなんて状況から分かることなのに、俺はつい赤井くんに聞いていた。 赤井くんは俺の質問に答えることはなく、無言で靴を履き替えて昇降口から出て行った。 赤井くんが見えなくなった頃、ハッとして俺は携帯を開く。 新着メールを開くと、一言“先に帰る”と書いてあり、重要なメールではなかった事にほっとした。 「祓川、鈴木捜しに…、祓川!?」 赤井くんと喧嘩して怪我でもしてるんじゃないかと思い、さっそく鈴木を捜しに行こうと祓川を見れば、祓川は額に手を当てて辛そうに下駄箱に体を預けていた。 「だ、大丈夫?」 俺が聞くと、祓川は静かに笑いながら下駄箱に背中を預けズルズルと座り込んだ。 「祓川…?」 「ああ、ごめんな。なんというか…、本当っ…情けなくて…」 今までにない祓川の様子に戸惑っていると、祓川が笑いながらまた謝った。 「ごめん、意味わかんないよな。鈴木の安否確認してきたいだろ。先に行って」 「で、でも」 「少ししたら俺も行くよ」 今の祓川を無理矢理連れて行くなんてできないし、遠回しに一人にしてほしいという祓川の側にいることもできない。 俺は「分かった」と答えて一人で外へ出た。 …あの様子、赤井くんが原因なんだろうか。 赤井くん本人が原因なのか、赤井くんみたいな不良っぽい人全般が駄目なのかは分からないけど、祓川があんな風にしゃがみこむなんて…、不良が少し苦手とかちょっと嫌いとかのレベルではない気がする。 祓川の抱える闇を垣間見た気がして、心配で時々後ろを振り返りながら歩いていると、校舎の裏からちょうど鈴木が出てきた。 普段と変わりない歩き方に、ひとまず赤井くんと喧嘩して大怪我は負ってなさそうだ。 でもよく見ると顔には土が付いていて、服も地面に転がった後のように汚れている。 …大怪我はなさそうだけど、一悶着はあったご様子。 「鈴木!」 「あっ、君島授業サボっちゃダメじゃ~ん、って俺が携帯持ってったせいだよな…」 「携帯は大丈夫。さっき赤井くんが持ってきてくれたから」 「ッ、何かされた!? 殴られたり蹴られたりっ」 「な、何もされてないよ! 無傷無傷!」 バタバタと腕を動かして怪我がないことをアピールすると鈴木は安心した表情を見せた。 そして、暗い面持ちで「ごめん」と謝られる。 「大丈夫だよ」と俺は笑って答えた。 「…赤井くんと喧嘩した?」 そう聞いてから、聞かないほうが良かったかなと思っていると、俺の予想に反して鈴木は楽しそうに答えた。 「したした! アイツつえーの何のって…」 服についた砂埃を叩き落としながら笑っていた鈴木が、途中で話すのをやめる。 そして、一度ゆっくり息を吐き出してから「…あのさ、」と話し出した。 「俺と赤井って同じ中学出身で、一応友達みたいな時期があったんだけどさ」 「…うん」 「と言っても卒業間近の二ヶ月だけな。それまでは全然話したことなかったし。でも、今はなんつーか…、仲悪いじゃん?」 鈴木と友達になって早いうちに、鈴木は「赤井とは関わらないほうがいい」と俺と祓川に忠告した。 一緒に過ごしてて、いろんな人と仲のいい鈴木は人を選ぶような発言は滅多に言わない。 でも、赤井くんの事になると当たりがきつくなる。 赤井くんとの関係を鈴木に知られる前からそうだったから、中学の時に何かあったんだろうとは思っていた。 「その、嫌ってるようには見える」 「そ、俺が嫌ってんの。…先に俺を突き放したのはあいつだけど」 校舎の壁に寄りかかりながら腰を下ろした鈴木に、俺も体育座りで隣に座った。 「赤井って、俺のことなんか話したりする?」 俺が首を横に振ると「まあ、だろうな」と分かっていたように鈴木が答える。 「中学終わり頃に俺反抗期きててさ、家に帰りたくなくて毎日夜歩き回ってたら赤井も夜結構出歩いてんの気づいて、俺から声かけてよく一緒に散歩してたんだよ」 「断られなかったんだ?」 「いや、ガン無視された。でも俺の父親が警察官じゃん? 警察の面白エピソードとか、ここでこんな珍事件あったんだぜーって勝手についてって喋ってたら、赤井の反応が、うざっ、から、ふーんに変わったんだよ。俺としてはこれで赤井も友達確定って感じ」 特徴を捉えた赤井くんのモノマネを混ぜながら話す鈴木に、ちょっとだけいいなとか思ってしまう俺がいる。 だってそれは俺にとっては、赤井くんと夜のお散歩デートと変わらない。 鈴木ずるい。デートなんてしたことないのに。 「だいたい0時までは歩き回ってんだけど、珍しく赤井がいつもの時間にいなくて、電話してもでねぇし、メールに返事も返さなくなってさ。直感であいつ俺のこと切ったなって思って、マジムカついて赤井のマンションに凸したわけよ。呼び出しボタン押しまくったら、インターホン越しで来んなよって言うだけで部屋にもあげないし下にも降りてこねえの。その対応も腹立ったけど、なんでシカトすんだよって聞いた後、アイツなんて言ったと思う?」 「え、わ、分かんない」 「いきなり、本当にいきなりさ、お前と連むの止めたからもう話しかけんなって。予想はしてたけど、はあー?ってなるだろそんなん」 当時の感情を思い出す鈴木は、心底機嫌悪そうに近くの草を抜いていく。 「理由は聞かなかったの…?」 「そりゃ見かけるたびに聞いたよ。でもあいつ用済みってしか言わねーし。しかもいつもぼっち行動だったくせになんか他のやつとつるむようになってるし、ガラの悪い奴らにすげぇペコられてるし」 「…シーブルー?」 「いや、あん時は昔の方。ブルージャスパー。中身は同じだけどな」 ブルー・ジャスパー。 石の名前であるこの名称は、この辺りに住んでいれば知らない人はいないギャング名。 上が変わるたびに名前も変わると言う仕来りがこの辺りのギャングには蔓延っており、あまり興味のない人たちは歴代も含めてこのチームを青組と呼ぶ。 過去に死亡者も出たギャング同士の大きな抗争で隣街のギャングを一つ潰したというブルー・ジャスパー。 その事件でトップを含めた複数人が刑務所へ送られたということは俺も聞いていた。 それと同時にトップも変わり、青組は新たにシーブルー・カルセドニーという名前となった。 その青組の新トップというのが、今の赤井くんである。 「トップになって交流関係ガラっと変えたんじゃ?」と言う俺に、鈴木は「そうなんだろうけどさ…」と言いながら抜いてた草をどこかへ投げる。 「用済みって言われてムカつかない奴いないだろ。せめて何の用で俺とつるんで、何の用が終わったか言えよ。ほんと、あの時間は赤井にとって何だったんだって思うじゃん。あいつがブルジャスに入ってるって知った時はちょっと口うるさくなったけど、でも絶対それが原因じゃねえし…」 「そんで今は俺の友達殴ってんだろ。マジで何なんだよ…」と胸の内を吐き出していく。 鈴木は、赤井くんから突き放されて一年以上経った今も、その事をずっと気にしてるんだ。 簡単に想像できてしまう。赤井くんが人を切り捨てる姿が。 今の鈴木が未来の自分の姿と重なって見えてくる。 赤井くんに用済みだと言われて、捨てられたら、俺もこうやって何年も赤井くんを思い出しては悩むんだろうな。 鈴木に何か気の利いた言葉をかけてあげたいのに、何も思いつかない。 鈴木を困らせてるのは、赤井くんだけじゃない。俺もだから。 俯いて黙ってしまった俺に、鈴木がぱんぱんと手を叩いていじっていた砂を叩き落とす。 そして「君島」と名前を呼ばれる。 「ちょっと俺に抱きついて」 「…えっ」 「ハグ。確認するから」 な、何を確認するんだろう。 両手を広げて俺を待っている鈴木。 誰も見ていないとは言え学校で友人に抱きつくのは恥ずかしい。 俺はおどおどしながら、恐る恐る鈴木の胴に腕を回してみる。 すると、鈴木が俺の背中に手を回して思ったより強い力で抱きしめられた。 俺の肩口に顔を埋める鈴木は少しの無言の後、腕の力を緩めた。 「…どう?」 「ど、どうって…、高校二年の男二人が何やってんだろうって思ってる…」 「まあそうなんだけど、人の体温って安心しね? 心地よくてリラックスするって言うかさ。ほら、もっと肩の力抜いて好きに抱きついてみ」 ポンポンと背中を叩かれる。 あぁ、でも確かに、ハグって思った以上に温かくて気持ちいかも。 それに、抱きつかれるのも、このまま目を閉じて寝たくなるような安心感がある。 「俺の一番下の弟が抱きつき魔でさ、誰彼構わず抱きつくんだよ。やめろって言ってもごめんなさーいって言いながら抱きついてくんのな」 「ふふ、可愛いね」 「マジで見境なしで、機嫌悪い奴とか落ち込んでるやつとかにも突撃すんの心臓に悪すぎて止めてほしいんだけど、…時々抱きつかれて泣き出す奴いてさ」 「泣く?」 「そう」 「なんで?」 「元気が出んだってさ。人に抱きついたり抱きつかれると、元気になって、元気な気持ちで物事を考えられるようになるんだと。だからありがとうって泣きながら言うんだよ」 「そう、なんだ…」 「……」 「えっと、それで、確かめたい事と言うのは…?」 俺が聞くと、鈴木が「んん〜〜ッ」と唸りながら、俺から体を離した。 「よし、ありがとう」 「え、うん」 「俺、さっき、…」 そこで鈴木の言葉が止まってしまう。 言いたいのに言い出せない雰囲気の鈴木の顔が歪みに歪んで変顔になり始めたため、俺は「も、もう一回抱きつく?」と聞くと、鈴木がまた俺を抱きしめた。 勇気を出して何かを言おうと頑張る鈴木の言葉をゆっくり待つ。 「さっき、赤井と喧嘩したって言ったけど、外に放り出されただけで殴られたりしなかった。あいつ殴らない方法わかってんじゃん。ならなんで君島の事は殴んのかって思ってさ」 「それは、…俺が、怒らせるから」 「そうじゃないって。あいつ本当は怒っても殴らないで済ませられる人間なんだよ」 「…でも、それじゃ済まない事もあるんだよ」 俺の言葉に、鈴木の手に力が入った。 「それ許容すんなって。それじゃダメなんだよ。絶対このままじゃダメだって。あいつも君島も、絶対ダメだと思う」 感情のこもった鈴木の言葉に、俺の頭が否定する。 そんな事はない。 俺と赤井くんはこの関係でいいんだ。 「君島いっつも大丈夫大丈夫って言うけど、暴力振るわれたら普通ダメなんだよ。大丈夫じゃない事を大丈夫ってずっと言ってんの」 大丈夫なんだよ。 他の人は普通ダメなのかもしれない。 でも、俺は本当に大丈夫なんだ。 反対の声が頭の中に次々上がっていくのに、同時になぜか胸が苦しくなる。 「抱きしめるとあったかいって、君島も分かるなら、殴られる関係より抱きしめあえる関係の方がいいって、そういうのは分かる?」 「……」 「…分かんないなら、分かってほしい。君島が何したって殴らないで、抱きしめるだけの人がどんだけこの世界にいるのか」 「お…俺は…、抱きしめられなくても、…赤井くんが好きだから」 「じゃあ尚更、赤井の暴力を君島が許しちゃダメだ」 暴力を振るう赤井くんも、俺の好きな赤井くんの一部なんだ。 何より、赤井くんを変えるなんて、そんな厚かましい事はできない。 「一緒にいるっつーなら、殴られないようにするんじゃなくて、赤井が殴らない人間にならないとダメなんだよ。君島」 違う。 違うんだよ鈴木、違うんだ。 あれは俺のせいなんだ。だから違うんだよ。 赤井くんは俺を殴る権利があるんだ。だからいいんだよ。 そう言いたいけど、きっと言ったところで鈴木には分からない。 鈴木の言いたい事は分かるよ。 でも、俺も赤井くんもそれを望んでない。 鈴木や、世間一般の理想の恋人関係を望んでるわけじゃない。 殴られても刺されても、もし殺されたとしたって、赤井くんになら…。 「いい加減にしろって」 祓川の声とともに、鈴木の体が俺から離れる。 見ると、祓川が鈴木の襟を掴んで俺から引き剥がしていた。 「鈴木、それ正義感の押し付けだから」 「なっ、そんなんじゃッ…」 「子供みたいな事した挙句、拘束して洗脳? 君島、教室戻ろう」 そう言われて、祓川に手を引かれる。 俺は泣きそうになっていた事がバレないように、すぐ涙を拭って祓川の手を引き返した。 「祓川、大丈夫だよ。鈴木もそんなつもりで言ってないから」 「あと、二人きりで授業サボって抱きつくとかやめろって。二人がそのつもりなくても、あの人がそれ知って不快に思ったらおしまいだろ」 祓川の言葉に、俺も鈴木も何も言えなくなる。 首を垂れる俺たちを見ていた祓川の視線が、俺の持ってる携帯のキーホルダーに移る。 そして一つため息をついた。 「考えたんだけど、年の差が好きなんだよね」 なんの脈絡もない話に、俺も鈴木もキョトンとしながら顔を上げる。 「聞いてきただろ、俺の好み」 「年の差って…、じゃあ5歳下ぐらい…小学生?」 「違う」 鈴木の答えに即答する祓川。 「じゃあお姉さん?」 「ハズレ」 「ハズレ!? え、じゃあ、じゃあ…、熟女?」 「その域じゃない」 「そ、の、い、き、じゃ、な、い!?」 「どの域なんだ!?」と混乱し始める鈴木に、俺はもしかして年の差のお兄さんだったりして…と、口には出さずに思っていると、祓川から予想外の答えが返ってきた。 「90歳」 「年の差ってそんなレベル?! 祓川それ絶対なんか違う意味の好きだろ!?」 「違う意味? できれば92歳の知的なおばあ様に抱かれたい」 「ちょーっと待て待て、その抱かれたいは抱きしめられたいって事だよな? ちょっと待ってなんか頭痛くなってきた」 祓川がこんな爆弾的な冗談を言うイメージがないせいで、本気にしていいのか冗談なのかよく分からない。 男性に抱かれる事はできるけど、女性に抱かれるって可能なんだろうか…。 俺も鈴木も混乱していると、祓川が聞く。 「鈴木はどんなタイプが好き?」 「俺? 俺は…、誠実に俺を愛してくれる子かな。あとできれば年下で髪はショートの方が…」 「変なの」 「へ、変じゃねえだろ!? 普通だろ!」 「俺からしたら普通じゃない。鈴木って変わってるな。な、君島」 「え、えっと…」 「いや変わってんのは祓川…」 「こらー! お前ら授業とっくに始まってんのに何やってんだー!!」 先生の怒声が頭上で響き渡った。 「お前ら、そこで待ってろ!」とお怒りの声とともに、俺たちを二階から見下ろしていた先生の姿が消える。 あ、弁当出しっ放しだ…。 帰宅後、俺は先生に命じられた反省文を書くためにテーブルに原稿用紙を広げながら、今日のことを思い出していた。 祓川のあの年の差の話。 俺は、場を和ませようとした祓川の単なる冗談じゃなく、なんとなく何かのメッセージな気がしていた。 どんなメッセージかまでは、はっきりとは分からなかったけど…、好みは人それぞれって伝えたかったんだろうか。

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