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第10話
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↓現在、以下の2つのお話が連載中です。↓
毎日昼の12:00時あたりのPV数を見て、
多い方の作品をその日22:00に更新したいと思いますmm
◆『君がいる光』(幽霊×全盲の青年 )
https://youtu.be/VPFL_vKpAR0
◆『春雪に咲く花』(探偵×不幸体質青年)
https://youtu.be/N2HQCswnUe4
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「さて、今日はどこに行きます? お買い物ですか?」
セナと一緒にバンに乗り込むと、運転席から丹波がゆったりとした声で挨拶してきた。しかし目的地を言うなり、その声は驚きに変わる。
「丹生 神社ですか……何でそんなところに?」
「造形用のアイディアを探したくて。もし途中で良い素材でもあれば一石二鳥かと」
昨日、寝る前に考えた精一杯の口実を披露する。
「あぁ、インスピレーションというヤツですね。わかりました。でも、ちょっととはいえ山道を歩きますよ? 大丈夫ですか?」
丹波が心配そうにセナを見た。どうやら場所自体は知っているらしい。
「大丈夫だと思います。その、助けてもらうことにはなると思うんですけど、それでも良ければ……本当に申し訳ないんですけど……」
「そんなに謝らなくても大丈夫ですよ。これが私の仕事ですから。三田さんったら掃除も洗濯も料理も完璧で、私が手伝えること他にありませんから」
「母に脅されましたから。一回でもサボろうものなら、一人暮らしは即終了だって」
「あぁ、私もご連絡いただきました。もし何か問題があったらすぐに報告するようにって」
「す、すみません……過保護な親で。あっちは僕が二十歳を超えていることを知らないみたいで……」
「気持ちは何となくわかりますよ。こんな素敵な息子さんがいたら、手放したくないですものね。でも安心して下さいね。私はご飯一回抜いただけでは、チクったりしないので。今回のもオフレコにしておきます」
丹波が「しいー」と唇に指を当てたのがわかり、春海はくすりと笑った。
バンはなだらかな坂道を上がっていく。かなり細い道なのか、丹波が慎重にハンドルを切っているのがわかった。
春海は窓から入ってくる午前の爽やかな風を感じながら、朝のことを思い浮かべていた。
結局、あの夢は何だったのだろう。
久周がいる屋敷ではなるべく考えないようにしていた。
血に濡れて不気味に光る刀。座敷に累々と重なった人々。鋭い傷口から溢れる大量の血。朱に染まる白い軍服。
もしあれが、久周の言っていた地獄ならば、その場に久周が立っていたのはなぜだ? しかも、血でぐっしょり濡れた刀を持って……。
考えまいとしても、どうしても思考は嫌な方向へと引きずられてしまう。
(もし、あれをやったのが……久周だとしたら?)
ぶるぶると首を振る。
いや、違う。そんなことあるはずない。
久周は、そんなことをする人じゃない。何度も自分のことを助けてくれたし、あんな風に人を傷つけるなど……。
(でも——)
久周には記憶がない。もし本人が忘れているだけだとしたら?
ゴトゴトと玉砂利の道を行くバンの進行方向に意識を向ける。
このまま、神社に行っていいのだろうか。もし、久周の記憶が探さない方がいいようなものだとしたら?
「ちなみに、三田さんはどこで丹生神社のことを知ったんですか? あそこはもう廃神社になっていて、地図にも載っていないと思うんですけど」
丹波の質問で、ハッと現実に戻される。
「え、何て……? 今、廃神社って言いました?」
「えぇ、ダム建設の際に、奥多摩湖近くの神社に合祀されることになって、元の丹生神社は、今はもう廃墟となっているんです」
「ちょっと待ってて下さい。確認してみます」
春海はポケットに入っていた携帯音楽プレーヤーを取り出した。昨日、蔵で見つけたものだ。イヤホンをつけて、再生ボタンを押す。
『もし……手記……に書……本当なら……丹生神社……あるはずだ。あし……行ってみる……す……る』
音声は少しだけマシになっていて、一昨日よりも良く聞き取れた。やはり間違いではない。確かに丹生神社と言っている。
(これは、どうゆうことだ?)
孫息子は、もうこの神社が無くなっていたことを知らなかったのだろうか。
ザザッと音声にノイズが入る。考えに没頭していて、再生ボタンを押したままなのに気がつかなかった。ノイズがしばらく続いたあと、突然、再び人間の声が混じり始める。
『……な、何だあれ……? 軍服、男……? うわ、やめろ! こっちに来るなっ! うわあああああ……!』
長い長い男の悲鳴のあと、ガタガタッと木材か何かが壊れる轟音が鼓膜を裂いた。パラパラと木片が床に落ちる音が続く。
どれくらい経っただろう。誰の呼吸音も、物音もしない、死んだような沈黙がおりる。
『……邪魔したら、殺す……』
突然、地下の奥底から響いてくるような低いかすれ声が入った。それは、スピーカーの側で囁かれたように近かった。まるで、春海が聞いていることを知っているかのように……。
ぞわりと全身の毛が逆立つ。しばらくの間、金縛りにかけられたように動けないでいると、再生がプツリと完全に切れた。
(今の、声は……)
ひび割れ、ノイズが入っていたが久周の声に聞こえなくもなかった。
では、孫息子を殺したのは……久周なのだろうか?
(いや、違う違う。絶対に違う)
彼がそんなことをするはずない。きっと孫息子は不注意で二階から足を滑らせただけだ。だが頭の片隅では、そんなことが本当にありえるのだろうかと問う、もう一人の自分の声も聞こえた。
もし仮に——もちろん仮に——孫息子を突き落としたのが久周だとしたら、あの夢で見た人たちを殺したのも久周ということになるのだろうか。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ? 今日は止めておきますか?」
丹波がフロントミラー越しに聞いてきた。一瞬、「そうします」と頷きそうになった春海だったが、こんな気持ちのまま久周のいる屋敷に帰ることは、どうしてもできなかった。
「いえ、行って下さい」
と言うと、丹波は頷き、再び前の道に目を戻した。
数分後、バンがゆっくりと止まる。
「参道前まで着きました。ここからは車ではいけないので、歩きになります」
車から下りると、運動靴越しにゆかるんだ土の感触を感じた。丹波は車の鍵を閉め、春海の隣に並び肘を差し出してくる。
「掴まって下さい。三田さんから見て右斜めに私の肘があります。山道は足場が悪いので」
「すみません……ありがとうございます」
丹波の腕に手をからませ、微笑んでみせる。
だが、内心では複雑な気分だった。
確かに自分は身障者だが、若い男でもある。それがこんな風に女性の腕に掴まり、案内してもらうなんて。
(本当だったら、自分がするべきなのに……)
わかっている。これが意味のない自尊心だと言うことは。それでも、どうしようもない惨めさと無力さを感じてしまわずにはいられない。
こんなことを母親に言ったらきっと、
『何言っているの! しょうがないでしょ。貴方には助けが必要なんだから!』
と、とりあってもくれないだろう。
彼女はたまに、自分の子どもが男——息子だということを忘れている節がある。きっと彼女の目に、春海は、男、女以前に、守ってあげなくちゃいけない幼児としか映っていないのだろう。
山道に入ると、一気に緑の匂いが濃くなった。頭上で葉の天蓋が歓迎するように、もしくは警告するようにさわさわと揺れる。明け方に霧雨が降ったせいか、足元からは土と枯れた葉の匂いが煙のように立ち上っていた。ブナやナラ、ケヤキの幹は荒く、太く、この森の古さを伝えてくる。気温も外と比べて二三度は低く、清涼な空気はまるで別世界の入口を示しているようだった。
「足元に気をつけて下さいね」
右側を丹波、左側をセナに見守られながら、春海は細い山道を登る。
なだらかな山道は、時折、木の根や岩が飛び出しているものの、思ったほどは荒れてはいない。雑草も駆られており、もしかしたら定期的に誰かが通っているのかもしれない。
それを言うと、丹波は、
「えぇ、そうなんです。集落の年寄りの中には、未だにこっちに通う人もいるので。神様はもう移されたのに、昔からの習慣なんですかね。あとは、廃墟好きや怪奇スポット好きの人がたまに来たりして。以前なんか、ホラー映画やゲームのスタッフが参考にって来たりもしたことがありました。世の中にはもの好きな人たちもいるものですね」
と、苦笑した。春海も微笑み返すが、心はどこか違うところに飛んでいってしまったかのように集中できないでいた。
本当に、自分はここに来てしまって良かったのだろうか。神社がもう廃墟となっているなら、久周の記憶を見つけ出す手がかりがあるとは思えない。
そして、それが良いことなのか、悪いことなのかすらわからなくなっていた。
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