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第11話

○●----------------------------------------------------●○ ↓現在、以下の2つのお話が連載中です。↓ 毎日昼の12:00時あたりのPV数を見て、多い方の作品をその日22:00に更新したいと思いますmm ◆『君がいる光』(幽霊×全盲の青年 ) https://youtu.be/VPFL_vKpAR0 ◆『春雪に咲く花』(探偵×不幸体質青年) https://youtu.be/N2HQCswnUe4 ○●----------------------------------------------------●○ 「ありゃ? さっちゃん。こんなところで何やってんだ?」 横手にある山の斜面から、しわがれた胴間声が降ってきた。声から察して男性で、年はたぶん六十代くらいだろう。 「誰ですか?」 と、こそっと丹波に聞くと、 「奥多摩湖の真向かいに住んでいる境さんです」 と相手もこそっと返し、斜面に向かって声を張り上げる。 「私たち、今から丹生(にう)神社に行くところなんです! タケさんはお仕事ですか?」 「あぁ、こうして定期的に切ってやらないと、日に当たらなくて枯れた木が道に倒れて困るからな!」 ガガガと電気ノコギリの音が続き、丹波はさらに声を張り上げた。 「お疲れ様です。ちなみに丹生神社は、もう少し行ったところですか? 私も子どもの頃に一、二回行ったきりで、ちょっと不確かで!」 ピタリとノコギリの音が止まり、ガサガサと茂みの音を響かせながらタケが斜面を下りてきた。 「あぁ。このまま真っ直ぐ行けば、すぐに鳥居が見えるはずだ」 タケは今になって丹波の後ろにいる春海の存在に気がついたらしく、にやりと笑った。 「何ださっちゃん? 神社で若い男としっぽり逢い引きか? 旦那と子どももいるのに、やるねぇ?」 「タケさん!? この方は私の患者さ——クライアントさんです! お願いだからいつもみたいに変な噂流さないで下さいね! 私はいいとしても三田さんは若いんだから、こんなおばさんとなんて噂になったら可哀想でしょう!」 「わーってるよ。麓に引っ越してきた芸術家の先生だろう。町内会長がそいつに熱を上げているから知ってるよ。これで村おこしが出来るって年甲斐もなく大興奮してたぞ」 にやにやと笑いながら見つめてくるタケの視線を感じて、春海はぺこりと頭を下げた。 「三田春海です。どうぞよろしくお願いします」 「はいはい、よろしく。そうだ。何なら、俺もついて行ってやろうか? 昨日雨が降ったから、地面が滑りやすくなってるし、さっちゃんだけじゃ心細いだろう?」 「え? いいんですか? 」 丹波は明らかにホッとした様子だった。 しばらく雑談をしながら歩いていると、丹波が声を上げた。 「あ、鳥居が見えました! すごい、まだあんなに赤いんですね!」 「当たり前だ。もともと、ここは丹生——朱砂の神様が祀ってあったところだからな。ほら、足元気をつけろよ」 タケの腕に引かれるまま、春海は鳥居をくぐる。 ふっと森が拓けたことが空気でわかった。元神域だったという印象のせいだからだろうか、空気そのものがぴんと厳かに張りつめているような気がした。 春海は側にある崩れた狛犬の像をそっと撫でながら、前にいる丹波に聞いた。 「どんな感じですか? 建物は残っていますか?」 「えぇ、真っ直ぐ行ったところに社殿が残っているんですけど、屋根が壊れて建物を押し潰していて、かろうじて残っているという感じです。もともと、そんなに大きい神社ではないので、それ以外は枯れた手水と狛犬以外、これといってないですね——あ、大丈夫ですか?」 タケの腕から手を抜きセナとともに歩き出すと、丹波とタケがさっと後ろからついてきた。春海に何かあった時に備え、両手を構えているのがわかる。 春海はあえて何も気づかないふりをして、歩を進めた。 境内にびっしりと広がる雑草は膝の辺りまで伸びていて、まるで水の中を掻き分けて進んでいるような気分になった。 足先に社殿の礎石が当たり、立ち止まる。手を伸ばすと、湿った木の板の感触を感じた。神社を取り囲む回り縁だろう。長い年月雨風にさらされたせいで木は朽ち、擬宝珠は錆び、土埃で汚れていた。 縁に手をつき身を乗り出す。ギシっと床材が鳴り、中に住んでいた小動物や虫たちが逃げていくかすかな音がした。 それ以外は、何も感じない。 まったく何も。 「あんまり近づくと危ないぞ」 タケが後ろから腕を引いてきた。 「一体、何を探しているんだ? 材料を探しに来ただけではないんだろう?」 咎めるようなタケの視線をひしひしと感じ、春海は目を伏せた。 「この神社は一体、どうゆうものだったんですか?」 丹波とタケが顔を見合わせたのがわかった。だが春海は頑なに、沈黙を貫き、答えを待った。 何を探しているかなど、自分でもわからない。朝からずっと頭がごちゃごちゃで、うまく考えることができなかった。 タケが大きなため息をつく。 「この神社の祭神は丹生都比売(にうつひめ)。天照大神の妹神で、辰砂と川──つまり山と川の姫神様だ。ここから少し行ったところに、氷川(ひかわ)という大きな川がある。ダムのおかげで水量調節ができるようになるまでは暴れ川としても有名だった川だ。昔の記録によると、集落も何度か飲み込まれたことがあるらしい。当時、住民のダム反対意見は多かったが、やはり水害が減るということで結局、みんな了承した訳はそうゆうところにもある」 タケの口調は淡々としていたが、その奥にはどこか苦々しいものが混じっていた。たぶん、人の声音に敏感な春海にしかわからない些細な変化だ。 「悪いことは言わない。何を探しているかわからないが、ここは危険だから止めておいた方がいい。ここは、あんたみたいな人が来るところではないんだ」 タケの岩のように硬い手が、ポンと春海の肩に置かれる。 ——あんたみたいな人。 そう言われたのは、初めてではない。確か、イネも言っていた気がする。 (一体、どういう意味なのだろう) いや、考えるまでもない。こんな盲目の男が人の迷惑を顧みずに山に登ったりしたら、誰だってそう言いたくなるだろう。 ——疲れた。 ふいにそう感じた。 山道を登ったせいか、今朝の夢のせいかどうかはわからない。だが胸の奥底に重しが乗せられたように、身体全体がずっしりと重たく感じた。 「……わかりました。付き合っていただいてありがとうございました。今日はもう帰ります」 「それがいい。素材は俺が適当に良さそうなものを取ってきてやるから、ちょっとここで待ってろ」 春海の顔を見て罪悪感を感じたのか、タケはすかさず言うと、神社の横にある林の中に入っていった。 「何か変だと思いませんか?」 タケの姿が見えなくなるなり、丹波がぼそりと呟いた。 「変とは?」 「ここですよ。入った時から思っていたんです。だって山道はあんなに整備されているのに、何で本殿であるここはこんなに草がぼうぼうなんですかね? 神社だって参拝しにくる人がいる割には、荒れ放題だったし」 「確かに……ここに来る人は一体、どこを参拝しているんですかね?」 二人は顔を見合わせる。丹波は一歩春海に近づくと、声のトーンを一段落とした。 「今思い出したんですけど、去年、亡くなったおばあちゃんが死の間際に言っていたんです。『私が死んだら、神社脇の水場に遺灰を撒いてくれって。そしたらあの人と一緒になれる』って。私もご家族も新しい神社——奥多摩湖の方のものかと思っていたんですけど。もしかしたら——」 二人は互いに、相手の考えていることを探るように黙り込んだ。 「つまり、この神社はお年寄りにとって、何か特別な意味があるということですよね?」 始めに切り出したのは、春海だった。 「たぶん。私、ちょっとそこらへんを回ってみます。何か気になるし」 「それなら僕も連れていって下さい」 「でもタケさんが……」 「作品に使ういい素材が見つかったとでも言えば、納得してくれるでしょう。それか道に迷ったとか。ほら、僕なんか道に迷う人間の最高条件を満たしていますし」 自分の目を指差すと、丹波がくすりと笑った。 「それ、私がいたら使えない言い訳ですよね」 そう言いながらも、丹波は春海に向かって肘を差し出した。その腕にするりと腕をからませ、草むらの海の中を進む。 久周のためではない。自分のためだ。 あんたみたいな人。その言葉にもし意味があるのならば、自分とこの集落はまったくの無関係ではないのかもしれない。 その時、ふと頬に涼しい風を感じた。 (……これは水の匂い?) 「どうしたんですか?」 きょろきょろと辺りを見回していると、丹波が聞いてきた。 「いえ……どこからか水の匂いが。これ、前にも嗅いだことがあって……あっちからです」 指さした方向に、丹波とともに向かう。すると足元の草は徐々に少なくなり、やがて固い地面に変わった。 「あっ!」と、横の丹波が声を上げる。 「三田さん、こんなところに洞窟がありますよ! 木の枝に隠れていて、わかりにくいですけど」 丹波が導いたところに手を彷徨わせると、確かにゴツゴツした岩肌に触れた。硬く乾いていて、ひんやり冷たい。岩壁はさらに奥に細く続いているらしく、ひんやりとした風が中からひゅううと音をたてて吹いてくる。 「どうします? 行ってみますか?」 不安半分、好奇心半分といった調子で丹波が聞いてきた。どうやら春海と同じく、彼女も小さい頃に宝探しを夢みたクチだったに違いない。 「お願いします」 丹波に腕を引かれながら、洞窟の中に入っていく。 通路は人が一人通れる幅しかなかった。しぶるセナを宥めて、入口の木に繋ぐ。 中は、今が夏かと疑うくらいひんやりとし、低い天井からポタポタと水滴が落ちてくる。二人分の足音と声が、岩に跳ね返り奇妙に木霊した。洞窟の奥からは隙間風にのって、消毒液のような刺激臭を含んだ水の香りが流れ込んでくる。 ようやく思い出したが、それは蔵で嗅いだのと同じ匂いだった。 (でも、どうしてこんなところで……?) 「あ、曲がり角があります。中に何か奉られているみたいで——きゃっ!」 急に丹波が後ろに下がってきた。咄嗟に受け止めた春海は、後頭部をしたたかに後ろの岩壁に打ちつけてしまう。 「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」 「はい、大丈夫です……それよりどうしたんですか?」 「に、人形が……」 丹波の声は恐怖でひび割れていた。中々先へ進むとしない彼女に代わって、春海が前へ進み出る。 そこは、自然の侵食でできたであろう小さな洞窟だった。声の反響具合からして、三畳ほどの広さか。 「ここに人形が?」 「は、はい! 岩が隆起しているところにびっしりと。日本人形ですかね、三〇体はあると思います」 ようやく落ち着いたのか、丹波がそろそろと入ってきた。しかし春海の腕を掴むその手は、まだかすかに震えていた。 「正直、見えないのが羨ましいです。本当に気味が悪くて……もしかしたら、何かいるのかも?」 「何か……?」 「えぇ、幽霊とか……」 冗談かと思ったが、丹波の声は真剣そのものだった。春海は辺りを見回す。 「別に変な感じはしませんけどね。普通の寒さだし」 「え!? やっぱり三田さんは霊感とかあるんですか!?」 「やっぱり、とは?」 「ほら、目の見えない人って、普通の人には感じられない、第六感みたいのが発達しているとかって……」 「まさか。そんなものありませんよ。僕はただ——」 幽霊と同居しているから自然にわかるようになったんです。なんて言えるはずもない。 「——確かに、第六感ではありませんが、障害物知覚みたいのはありますね」 「障害物知覚?」 「はい。僕みたいに先天性だったり、盲の時期が長い人だったりすると、目の前に障害物があるかどうか触る前に何となくわかるんです」 「へぇ、超能力みたいですね。じゃぁ、やっぱり何かいたら三田さんにはわかりますよね」 若干誤解したままだったが、丹波は安心したのか、部屋の周りをぐるりと回った。 「よく見ると、この人形たち、ちょっとおかしい感じがします」 「おかしいって、何がですか?」 「みんな身体のどこかしらがなくなっているんです。目だったり、手だったり、足だったり……中には頭のない人形も——」 再び恐怖がぶり返してきたのか丹波は怖々と、春海を振り返った。 「きっと誰かのイタズラですよね?」 その時、洞窟の入口の方からカツンカツンと足音が響いてきた。丹波が身体を強ばらせ、春海の側に寄る。春海は彼女の前へ一歩出た。 足音は徐々に大きくなっていき、ゴクリとどちらかが喉を鳴らす音が洞窟に響く。 「やっぱり、あんたたちここにいたのか!?」 現れたのは、タケだった。怒っているとも、呆れきっているともいえる様子で中に入ってくる。 丹波がほっと肩を落とし、春海の前に出た。 「た、タケさん! 脅かさないで下さいよ! ここは一体、何ですか?」 タケは咎めるように丹波の肩を叩く。 「よくある水子養だよ。昔は病気やら何やらで子どもが生き延びられる確率が低かった。特に、外のもんが入ってこないうちみたいな閉ざされた集落は、障害をもった——」 タケはちらりと春海を見てから、続けた。 「——身体の弱い子どもが生まれる確率が高かった。これは、その供養だ。集落のプライベートなもんだから、他の奴らに荒らされないようにここに隠してあるんだ」 「そうなんですか。この集落にもそんなことが……」 タケと丹波はしんと黙り込んだ。二人ともちらちらと春海のことを気にしているのが雰囲気から伝わってくる。 春海はあえて何も言わず、小部屋の入口から顔を出し、水の匂いのする方を指さした。 「この先には一体、何があるんですか?」 「何も。近くを流れている渓流に繋がっているだけだ。間違ってもいくなよ。途中に侵食でできた深い溝があって、足を滑らせたら終わりだ」 タケは春海の肩を掴むと、ぐいっと背中を押した。 「さ、いつまでもこんなところにいたら、凍えちまう」 タケに促され、三人とも洞窟を出た。

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