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第6話

○●----------------------------------------------------●○ ↓現在、以下の2つのお話が連載中です。↓ 毎日昼の12:00時あたりのPV数を見て、 多い方の作品をその日22:00に更新したいと思います。mm ◆『君がいる光』(本作品) https://youtu.be/VPFL_vKpAR0 ◆『春雪に咲く花』(探偵×不幸体質青年) https://youtu.be/N2HQCswnUe4 ○●----------------------------------------------------●○ 「貴方って、一体、何者なの?」 スツールの上で身体を縮込ませている陽向を、リエが面白そうに眺めた。 「な、何者って、ええっと……一年以上一緒に住んでいた同居人に金をぼったくられたあげく、家まで追い出され、家具一式とへそくりを全部盗まれた、ただの会社員です」 「あれま、意外と壮絶ね。玄沢ちゃんとは、いつ知り合ったの?」 「おとといです。あの人は、同居人が俺から金をぶんどるために雇った探偵で——」 「えっ!? おととい!?」 リエは目を丸くし、ベージュの口紅を塗った口元に手をあてた。 「信じられない。てっきり長い付き合いかと。だってあんな風に怒鳴る玄沢ちゃん、私、初めて見たわよ。普段の玄沢ちゃんってば、冷静沈着で声も荒げることもない温厚な男なのに。一体何人の依頼人があの紳士っぷりにやられて、彼に恋しちゃったことか。まぁ、当然っちゃいえば当然よね。あんなタフでクールな男が、自分のボディガードとして不良やら元恋人から身を挺して守ってくれたら、誰だってコロッといっちゃうわよ。あぁ、貴方にも見せたかったわ。依頼人のモデルにつきまとっていたストーカーをすぐそこの大通りで捕まえて警察につきだした時なんか、ものすごくカッコよかったんだからあ……あとあと、レイプ被害にあった男の子に付き添って一緒に病院行ってあげたりとかさぁ……」 リエは、うっとりと頬に手をやった。 「へぇ。やっぱり、すごいんだね。玄沢さんって」 「すごいってもんじゃないわよっ! ここのゲイストリートの治安は玄沢ちゃんのおかげで守られていると言っても過言ではないのよ! 警察なんて、いまだに私たちの存在自体の方が犯罪っていう目でみてくるから、いざっていう時に当てにならないし。だから今まで、私たちみたいなマイノリティは、自分の身は自分で守らなくちゃいけなかったの。だけど玄沢ちゃんが開業してからは、被害者も徐々に声を出せるようになったし、お店同士で情報も交換し合って自警もできるようにもなった。玄沢ちゃんはね、私たちのヒーローなんだから!」 生き生きと息巻いていたリエの顔に、ふっと影が差す。 「……でも、だからこそ心配なのよね」 「心配?」 「だって、あの人、お休み返上で働いているでしょ。昼は一般人相手、夜はゲイ相手に依頼を受けて」 「あの、ずっと疑問に思っていたんだけど、玄沢さんは何でそんなにゲイ相手の探偵業にこだわっているんですか? 一般人相手だけでもいいはずなのに」 「——それはね」 リエが身体を寄せ、声をひそめた。 「私もあんまり知らないけど、何でも親友のためみたい」 「親友?」 「えぇ。何年前の話かは知らないけど、玄沢ちゃんの親友が恋人——ゲイの出会い系サイトで知り合った男に殺されたの」 「え……」 一瞬、周りの全ての音がとまったように感じた。 そんな中、話続けるリエの声だけがやけにはっきりと聞こえる。 「私が思うに、玄沢ちゃんにとってLGBT専門の探偵——ゲイを救うことは、その親友への贖罪でもあるんだと思うの。自分が彼を救えなかったことのね——って、ちょっと聞いてる?」 陽向の鼻先で、リエがパチンと指を鳴らした。 「え、あぁ……ごめんなさい」 「まったく、しっかりしてよね。今は貴方だけが頼りなんだから」 「……?」 「だって、そうでしょ? いくら親友のためだとは言え、このままだったら玄沢ちゃん、身体を壊して倒れちゃう。私、何度も言ったのよ。『助手を雇えば』って。でもその度に、『時間がない』ってあしらわれちゃって。そこでさ——」 リエはカウンターに手をつき、身を乗り出してくる。ドレスからのぞく逞しい胸襟が、陽向の目の前に迫る。 「貴方、やってあげれば?」 「へ?何を?」 「だから助手よ。探偵にはつきものでしょ。助手」 陽向はズルリと席からなだれ落ちそうになった。 「は!? 俺が!? 何で!?」 「だって、玄沢ちゃんが心を許しているのは、貴方くらいだし」 「いや、どう見たって、あれはただ怒られているだけで……!」 「え~それだって気を許している証拠じゃない? 玄沢ちゃんて優しいけど、人にはあまり感情を見せない人だから。さっきみたいに血相変えるところなんか、初めて見たわよ」 「は、はあ……そうなんですか……」 よくわからない。 そもそも玄沢と会って、たかが三日しか経っていない陽向には、玄沢の人となりに関してリエが言っていることが本当かどうかも判断がつかない。 ただ、こう思わずにはいられなかった。 ——自分は、一体、玄沢にどう見られているんだろう。 考えてみるまでもないことだ、と首を振る。 きっと呆れられているに違いない。さらに言うならば面倒くさいのに捕まってしまった、とまで思われているだろう。 昨日の出来事を思い返せば、それは一目瞭然だ。 (別に、俺だって怒らせたくて怒らせてる訳じゃないのに……) できるなら、穏やかに接したいし、いい印象ももってもらいたい。 そしてさらに言うなら、こんな状況でなければ、楽しくおしゃべりしたり、一緒に出かけたりもしたい。 (いや、待て待て! だから相手はストレートだってば。万が一にも、そんなこと起こる訳ないのにっ!) ぶんぶんと首を振っていると、 「ちょっと」 カーテンの隙間から、玄沢が手招きをしてきた。 客の愚痴を聞いてやっているリエをちらりと見、陽向は席を立つ。入れ違いに、先ほどの女性がカーテンから出て来た。 「ありがとう。今後のことはお願いします」 女性は来た時と違って、幾分か穏やかな顔をしていた。そのまま彼女は玄沢と陽向に軽くお辞儀をすると、ヒールの音を響かせて去っていく。 「こっちだ」 玄沢にうながされて、カーテンをくぐる。 店のバックヤードにある狭い廊下には、備品が入ったダンボールが点々と積まれていた。 「さっきの人、大丈夫だったの? 来た時、随分、顔色悪かったみたいだけど」 前を行く玄沢の背中に問いかける。 「あぁ、まだ未遂だったから、被害自体はなかった」 「未遂?」 「まあな——さあ、ついたぞ」 廊下をつっきった先、裏口の丁度右側にある部屋の前で、玄沢は立ち止まった。 「ここは?」 「ヤリ部屋だ」 言ってから、玄沢は慌ててつけ足す。 「そうママたちが呼んでいるだけだ。つまり、ここは、その……意気投合した客たちが逢い引きする部屋で……」 「なるほど、それでヤリ部屋ね。玄沢さんも、さっきの人をここに連れ込んだの?」 「語弊のある言い方をするな。俺はただここを簡易の事務所として使わせてもらっているだけだ」 「了解。わかっているよ」 くすっと笑うと、玄沢はバツの悪そうな顔をした。 〝ヤリ部屋〟は、物置のような部屋だった。入ってすぐ左手には金属のラックがずらりと並んでおり、酒のストックや食品が入った段ボールが置かれている。 そのさらに奥側のラックの床下には、壊れたイスやテーブルやらが積まれていて、地震がくれば一発でなだれを起こしそうな雰囲気だった。 正面には、スチール製のデスクとパイプイスが二脚。玄沢たちが先ほどまで使っていたのだろう。デスクの上には、まだ湯気のたっている二組のカップがあった。片方のカップの縁には色の薄い口紅の跡が残っている。 「そういえば、依頼って女の人も結構、来るものなの?」 「あの人は一応、まだ男だ」 「へ……男? あの人って男だったの!?」 思わず声を上げると、玄沢は「しぃ」と唇にひとさし指をあてた。 「最近多いんだ。トランスジェンダーを狙った詐欺が。さっきの依頼人も、残りの〝改造〟のために積み立てていた貯金を、美容整形関係者を名乗る男たちに騙し取られそうになったんだと。ここ一ヶ月、もう何件も同じような事件が起こっているらしいんだが、中々被害者が名乗りでてくれなくてな。もともとセクシャル・マイノリティーの者たちは、自分の身に何が起こったとしても、明るみに出さない者が多い。周囲や世間からの偏見と差別を受けるくらいなら、泣き寝入りを選んだ方がいいと思っているんだ。犯行グループもそれをわかっているのか、徐々に手口が大胆になってきている。今のうちに早く尻尾を掴んでおかないと」 そう言う玄沢の瞳には、静かな炎が燃えていた。 陽向は怒りと失望が入り混じった気持ちをもてあまし、大きなため息をつく。 「そっか……世の中には最低な奴らが、腐るほどいるもんなんだね。俺は海斗みたいな小粒でまだましだったってことか」 「そういう言い方をするな」 玄沢はデスクの縁に浅く腰かけ、長い足を足首で組んだ。 「それでだ、謝花のことだが……俺に任せてくれないか」 「え……? じゃぁ、俺は? 何をすればいい?」 「何も。大人しく待っていってくれ」

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