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第10話

○●----------------------------------------------------●○ 1/17(月) 本日、『春雪に咲く花』の方のPV増加数が4ビュー分 多かったので、こちらを更新させていただきます。 動画を見てくださった方、ありがとうございます! 〈現在レース更新中〉 ↓↓以下の作品の1話動画のPV増加数に応じて、 その日更新する作品を決めさせていただいていますm ◆『君がいる光』(幽霊×全盲の青年 ) https://youtu.be/VPFL_vKpAR0 ◆『春雪に咲く花』(探偵×不幸体質青年) https://youtu.be/N2HQCswnUe4 ○●----------------------------------------------------●○ 「待って」 店の前で、ママが玄沢を呼び止めた。 「誠吾さんはこのことを知っているの? ここいらは、あの人の領地よ。詐欺なんかで荒らされていると知ったらただではすまないわ」 浅黒い精悍な顔を思い出して、玄沢は顔をひそめた。 「わかっています。けれど、俺からわざわざヤクザに教えてやる義務はない」 「誠吾さんは、貴方の天敵だものね」 「まさか。奴らの天敵は警察であって、探偵じゃない」 ママがくすりと笑った。 「まぁ、いいわ。どっちにしろ、私は中立。組長さんもそのことは理解してくれているわ」 「じゃぁ、噂は本当なんですね?」 「あら、野暮なことを聞くもんじゃないよ」 妖艶な笑みを残して、ママは店に戻って行った。 「じゃぁ、俺はこれで……」 ふらふらと前を通り過ぎる陽向の首根っこを、玄沢は掴んだ。 「おい、どこへ行くんだ」 「どこって、帰るんだよ」 「だから、どこへ?」 陽向はイライラしてきた。 どうして、そんな当たり前のこと聞くんだろう。 「アパートに決まってるだろう。ホテルは引き払っちゃたし」 「何も残っていないのにか?」 「あっ……」 すっかりと忘れていた。 今アパートに帰ったところで、使い慣れたベッドもソファも、お気に入りのマグカップもない。 疲労感が、ずしんと身体にのしかかってきた。 「いいよ……別に、屋根の下で寝られれば、何だって……」 腕を払い返して歩きだそうとすると、後ろから玄沢が手首を掴んできた。掌に、何か冷たいものが押しつけられる。 「これ、使え」 手を開くと、銀色に光るものがあった。 「これって……」 「事務所の鍵だ。せめて家具が取り戻せるまでは、うちを使え」 「でも……」 「つべこべ言うな。ほら、荷物を取りに行くぞ。早く車に乗れ」 そう言うなり玄沢は、さっさと駐車場に向かって歩き出してしまった。 ※ 事務所のソファで陽向と玄沢は向かい合い、無言でお茶をすする。濃い緑茶は温かく、寒さでこわばった身体をほぐしていく。 夕方を過ぎた頃から気温はさらに冷え込み、外では桜の花びらのような小粒の雪がひらひらと舞っていた。 「大丈夫か?」 玄沢の声で、ハッと顔を上げる。気遣わしげな相手の目と目が合った。 「ん」 陽向は頷き、湯飲みを前のテーブルの上に置いた。 「……何か、玄沢さんには情けないところばっか見られてるね」 「そうでもないさ。情けないところよりも、怒って暴れている時の方が多いぞ」 「はは……でも今回は情けなさすぎて、怒る気にもなれなかったけど……」 陽向は、膝の上で組んだ自分の手を見下ろした。 「海斗は長男なんだ。だから、あんな情けない性格に」 「俺も長男だぞ」 心外だといわんばかりに、玄沢が鼻を鳴らす。陽向は苦笑いをして、首を振った。 「いや、そうじゃなくて、沖縄には門中(ムンチュウ)っていう親戚集団みたいのがあってね。共同でデカい墓を管理しているんだ。代々、墓を見守るのは、本家の長男の役割。つまり本家の長男は生まれた時点で、『墓守り』として生きていかなくちゃいけない。って言っても、今は昔と違って墓を掃除したり、法事ごとに祈祷してもらったりとかだけだけど、それでも土地からは離れられないし、家や親戚たちをきりもりしてくれる完璧な嫁さんも見つけなくちゃいけない」 陽向は、降参とばかりに両手を上げた。 「生まれた時からそういうことを運命づけられているから、本家の長男は親や親戚から蝶よ花よと、まるで王子様みたいにちやほやされて育てられる。もちろん、将来故郷を離れていかないようにね。海斗が今こっちに来られているのだって、今のうちに遊び倒してもらおうっていう実家の策略なんだ。で、そうゆう風に育てられるから、海斗みたいなシマの長男は何かと甘えた性格の奴が多くてね。俺がゲイだって知った女友達は、ただ一言だけ俺に言った。『いいか。長男だけは絶対、やめとけ』って」 肩を竦め、天井を見上げる。 「ある意味、海斗があんな性格になったのは、全部が全部、奴のせいじゃない。フラー(バカ)でだらしのない奴だけど、根は気持ちのいい奴だって、ずっと信じてきた……」 こらえきれず、下を向く。震えそうになる声が、自分の弱さを表わしているようで嫌だった。 「でも違ってたのかな? 海斗は人を騙して傷つけても、何とも思わない冷酷な奴だったのかな? 俺に近づいたのも、最初から、俺から金を騙し取るのが目的で……俺はただ、奴の手のひらの上でバカみたいに転がされていただけなのかな……?」 グッと拳を握り締める。唇を噛みしめ瞬きを繰り返し、こみあげてくるものを必死に抑える。 降る雪の音さえも聞こえてきそうな沈黙が、部屋の中を支配していた。 やがて、玄沢がゆっくりと口を開く。 「早まるな。まだ、奴が詐欺の犯人だと決まった訳ではない」 「じゃぁ、玄沢さんは、どう思っているの?」 玄沢はじっと陽向を見たあと、言葉を選びながら言った。 「限りなくクロに近いグレーってところだな」 玄沢は膝の上で肘をつき、身を乗り出してきた。 「今だから言うがな、謝花のボディガードをしていた時から、何かがおかしいと思っていたんだ。急にお前の尾行の方に回れとか、女と会うから違うところで待っててくれとか。それで、やばいことに足を突っ込んでいるんじゃないかと思い、こっそり調べていた。懸念が本格的な確信に変わったのは、詐欺事件を依頼してきた被害者が、謝花が五股をしていたうちの一人だったってわかった時だ」 「五股っ!? まさか、その全員が詐欺に……?」 「さぁ? それはわからない。被害者が名乗り出ないからな」 陽向は額に手をやった。 「ははは、笑える。被害者の一人なら、ここにもういるけどな」 玄沢は答えず、早口で言った。 「謝花の手口はこうだ。女装バーやクラブで性転換手術に興味がありそうなターゲットに近づき、口説き落とす。『結婚したいから、俺のために女になってくれ』だの、『ちゃんと親に紹介したいから』だの言って。そうやって手術を受けるようにそそのかし、知り合いにいい医者がいると紹介しては、前金をぶんどる。そして金が入り次第、適当に別れて行方をくらます。それの繰り返しだ。一見、アバウトすぎる手口だが、謝花のあの容姿と情熱的な言葉にかかってコロッと言うことを聞く奴も多かったらしい」 「わかる気がする。海斗って人の懐に入るのが得意っていうか、基本バカだから、人に警戒心を抱かせないんだ」 「まさに、そこだよ」 玄沢が出来のいい生徒を誉めるかのように微笑んだ。 「どう考えても、あの謝花に、これだけのことを一人でやってのける頭はない。必ず、黒幕がいるはずだ。俺が思うにあいつは獲物を釣り上げるためのルアー——派手で中身が空っぽの疑似餌にすぎない」 「ひどいいい様だな」 「お前ほどではないさ」 玄沢はさらっと言うと、気乗りしなさそうに続けた。 「……俺が調べたところによると、あの男がターゲットと付き合っていたのは、短くて三日、長くて二週間程度だ。その間、誰とも一緒には暮らしていないし、ましてや一年も……」 陽向は、相手をまじまじと見つめた。 「もしかして、慰めてくれているの?」 「違う。事実を述べているだけだ」 「でも結局、俺もみんなと同じように、金をぶんどられて逃げられた。だろう?」 「だがお前は、泣き寝入りはしないんだろう?」 やけに真剣な表情で、玄沢が問うてきた。陽向はバンとテーブルに手をつき、勢いよく立ち上がる。 「当たり前だ! こうなりゃ、とことん戦ってやるだけだ!」 「それを聞いて安心した」 玄沢は満足そうに頷き、瞼を伏せた。 「……認めたくないが、謝花とお前の間に何らかの〝情〟があることは認めざるをえない」 「依存じゃなくて?」 「揚げ足をとるな。ただそういうこともあるんだと、気づかされただけだ。言葉にできない関係性というヤツがな」 玄沢は視線を泳がせ、やがて強ばった声で尋ねる。 「……ひとつ聞くが……謝花のことは、好きだった? いや、今でも好きなのか? ……その、恋愛的な意味で」 「いや、ないよ。一度もない」 「即答だな。本当に一度も? 少しも?」 「あのね。俺だって一応、それなりに経験を積んできた大人だ。自分の気持ちが恋愛かそうじゃないかくらいわかる。海斗といると……楽しくて楽だったけど、何て言うかその……胸がドキドキして、しめつけられるようなことは一度もなかった。ただ一度も」 胸元に手を置いた。 海斗に対して感じていたものは、簡単に言えば、「郷愁」と「怠惰」と「ちょっとした性欲」がまじった変則的な友情——以外の何ものでもない。 今なら確実にいえる。 なぜなら——。 目の前の玄沢を見た。 今、この瞬間、玄沢と向き合い、目を合わせている時の鼓動、体温、疼き、切なさ。 たぶん、これこそが恋をしている時の感覚だ。 (そっか……俺、玄沢さんが好きだったんだ……) 今までは海斗への怒りの方が圧倒的すぎて、わからなかった。だが落ち着いて思い返してみると、アパートの前で初めて会った時から、いや、駅前で一目見かけた時から、心を奪われていた。 (そうだ。俺は玄沢さんが好きなんだ) 自覚した途端、想いが雪解け水のように、どっと湧いてくる。 (……玄沢さんは、俺のこと、どう思っているんだろう?) 目の前で、何も知らずお茶をすすっている男を見やる。 玄沢はストレートだ。みんながそう言っているし、本人も否定していない。 けれど昨日の物置部屋での一件や、今朝のキスのこともあり、もしかしたら、これは自分が頑張りさえすればどうにかなる問題なのかもしれないとまで思ってしまう。 たとえ欲求不満にしろ寝ぼけていたにしろ、嫌いな相手にあんなことはしない……はず。 (となると、まずは現状を好転させないと。今までは散々、情けないところとか怒りっぽいところとか見せちゃったから、これからはもっとスマートで落ち着きのあるところをみせて、好感度を上げて……あ、映画とかに誘ってみるのもいいかな? 玄沢さんはどんなジャンルが好きなのだろう? やっぱミステリーとかか?) 駅前で、玄沢と待ち合わせする場面を妄想する。玄沢はいつものスーツではなく以前のようなラフな私服で、あの少し子供っぽい笑顔で手を振ってきて……。 (うぅ~やばいっ! かっこいいんだろうなあ~!) にやにやが止まらない。 玄沢は海斗に負けず劣らず——いや、ある意味、海斗以上のいい男だ。自分の見た目にあまり頓着しないことを差し引いても、仕事柄、身体は鍛えているし強引なところはあるが、海斗とは比べものにならないくらい真面目で理性的だ。年ならではのダンディな色気もある。 (ん? ちょっと待てよ) ぶっとんでいた意識が、急に現実に戻る。 (今日って、もしかして、ここで二人っきり……!?) 雪がしんしんとふる静かな夜。閉じこめられた二人。 何が起こっても不思議じゃない状況だ。 意識した途端、体温が急上昇した。爆発寸前の心臓が喉元までせり上がってくる。ギシギシと雪の重さでしなる枝の音が、やけに大きく聞こえた。 (ぎゃあぁ~! このまま、このまま、どうなっちゃうんだろうかっ……!) 心の中で手足をバタバタさせていると、 「さてと」 玄沢が立ち上がり、ソファにかけてあったコートを手にとった。 「俺、そろそろ帰るから」 「……へ?」 「だから、自分のマンションに帰るんだ。これ以上、雪がひどくなる前に」 玄沢は、テキパキと説明をし始める。 「ユニットで良ければ、あっちに風呂はある。着替えはサイズが小さいのを適当にだしておくから。それと腹が減ったら、そこの冷蔵庫から好きなもんとっていいし、水場の下にインスタントとかも多少ストックしてある。質問は?」 「あ、いえ……ないです」 「了解。戸締まりはしっかりしろよ。じゃ」 足早に玄沢が出ていく。しばらく呆然としていた陽向は、見送りのために慌てて玄関へ駆け込んだ。 「陽向」 ドアが閉まる直前、玄沢が何かいい忘れたように隙間から顔を覗かせた。 真剣な表情に、一瞬ドキリとする。が、返ってきたのは、ときめきもへったくれもないものだった。 「いいか。バカなことだけはするなよ」 念を押すかのような厳しい声。そのまま、ドアはパタンと閉まった。 しーん。沈黙が部屋を満たす。 「……ふ、あはははっ……!」 乾いた笑みが、腹の底から飛び出した。 (そうだよ、そうだよなっ!) 自分の滑稽さに、笑うことしかできなかった。 何てバカな勘違いをしていたんだろう。 玄沢が自分に優しいのは、それが仕事だからだ。自分に気があるわけじゃない。もし自分が他の依頼人だったとしても、きっと同じことをしていたはずだ。 なのに、何で自分だけ特別だと思ってしまったのだろう。 いや、ある意味、自分は特別なのだろう。特別に「面倒で煩わしい客」の一人。それこそ「バカなことするな」と釘を差ささないといけないくらいの。 (くそっ、何が好感度だ! もう救いようがないくらい下がっているというのに!) 「……はあぁぁぁ」 頭を抱えて、その場にへたり込んだ。両手で顔を覆う。 「……やばい、辛すぎる」 好きだとわかった途端に失恋なんて……。 だが、これはこれで良かったのかもしれないとも思う。 これ以上想いが大きくなって傷が深くなる前に、気づくことができて。 あの恋愛感情を抱いていなかった海斗の時でさえも、こうしてずるずると関係を続けてきたがゆえに、こんなに傷ついているのだから、ここで現実を知ることができただけでも幸運だ。 「よし!」 ゴシゴシと目元を拭い、勢いよく立ち上がった。 ——決めた。しばらくの間、恋はするまい。 心の中で決意をする。 今の陽向に一番必要なのは、平穏な生活だ。刺激もない代わり、暴力も裏切りも衝動もない、平凡で安全な生活。 それを手に入れるためだったら、恋愛だって排除してやる。恋は貯金と神経と生活をすり減らすだけの、大いなる災いだ。 「そうだ! 俺は大丈夫! 何ともないっ! 寝て起きたら忘れているはず!」 そう大声で叫びながら、陽向はドシンドシンと寝室に向かった。 深夜二時。 陽向はソファに寝そべり、頭の後ろで手を組んで、窓の外を眺めていた。あれから何度寝ようと試みたが、結局無理だった。 外では、粉砂糖のような雪が音もなくしんしんと降り積もっていく。 ずいぶん遠くまで来てしまったな、と思った。東京に来て初めて雪を見た時も、同じようなことを思ったのを覚えている。 灰色の空。ネオンにけぶる街。星のない夜。見渡す限りのビルとコンクリート。 何もかもが、あの故郷の空や海や太陽とは違う。 ふいに、寂しさと懐かしさが胸にこみ上げてきた。 (もう、帰ろうかな……) 東京に来て、かれこれ十年。自分はよくやった方だ。 確かに、故郷に自分の帰るべき家はもうない。けれど、またあそこで一からやり直せばいいじゃないか。 アパートでも借りてお金を貯めて、どんなに小さくてもいい。おばあがやっていたみたいな店を開く。 そうして、一人で生きていくのだ。 誰にも頼られず。 誰にも頼らず。 一人で。 そうだ、それがいい。そうしよう。 ちんと寒さでつまった鼻をすすった時。 ルルル……。 テーブルの上の携帯が鳴った。メールだったのか、音はすぐに鳴り止む。 (ったく、こんな時間に誰だよ) 渋々、携帯を手に取る。液晶画面には、二時四十分の文字。 どうせチェーンメールか何かだろうと思いながら、メール画面を開く。 差出人の名前を見て、息が止まった。 自分で見たものが信じられず、目をこすってもう一度確認する。 見間違いではない。 海斗からだった。

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