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春の誕生日と儀式に。13
──パリンッ。
突如として背後に響く音。
それが窓ガラスが割れた音だと気づいたが、葵人の意識はとにかく気持ちよくなりたいしかなく、兄がそちらに意識が向いたようで手が緩み、口から解放され、咳をしつつも、扱き始めかけたが。
「──来るとは思っていたよ、西野寺碧衣君?」
ピタリ。
少しだけ意識がそちらに向く。
兄の口から今なんて言った?
「·····にしのじ、くん··········?」
「山中秀! 俺もいるぞ!」「石谷。右に同じく」という声も碧人とその相手はさもいないように装う。
「ハッ! 俺の名前を知ってんのかよ。桜屋敷先輩?」
「知っているも何もあの西野寺家のご子息だもんね。というよりも何故、西野寺君の方が知らないのかな。一応、本家と分家の関係なのに」
本家と分家·····?
たしかに西野寺家と桜屋敷はこの辺りではどちらもかなりの敷地を誇り、どちらも負けず劣らずの権力があるようだが、まさかそんな関係だったとは。
「西野寺家が本家様だから、一応敬語で話した方がいい? ああでも、そちらの家の呪いだがなんだかで、このような形で子孫を残すしかならなくなっているから、敬う必要はないか」
別に僕はそれを感謝してるんだけどね、とにっこりと笑う。
呪い。
物騒で、だが、非現実的で理解し難いものだった。
だけど、子孫を残す、ということをしなければならないと身体の奥底から告げられているように感じられた。
本能のようなもの。
自分で慰めるんじゃなくて、兄にしてもらいたい。そして、身を捧げてしまいたい。
そうしたら、兄のため、この家のためになる。
今やっと自分の役目が分かり、疼いている身体をどうにか動かして、未だに言い合っている碧人に擦り寄った。
これにはさすがに碧人は身体が震えるほど驚いていた。
「·····葵·····?」
「·····して。·····兄さんの、欲しい·····」
困惑を浮かべている兄の着物の裾を捲ろうとした時。
「葵人ッ! 俺はな、あんなことを言っちまったが、それでも、今でも! 俺は、葵人のことが好きだ! 葵人は·····ッ、葵人はどうなんだ! どうしたいんだ!」
ありったけに叫ぶ西野寺の声に、 捲ろうとする手が止まる。
まだチクチクと下腹部辺りの疼きに意識を取られそうになるけど。
「西野寺、君·····」
呼んだ相手の方に振り向いた時、気づけば涙が一筋、流れていた。
「·····たすけて·····」
驚きにも似た顔をしたのも一瞬、西野寺が地を蹴ってこちらに駆け寄ったのと、碧人が素早く葵人を横抱きして、後ろへ飛び退ったのは同時だった。
西野寺が大きく舌打ちをする。
「これでもくらえー!」
後ろにいた山中は碧衣の前に行き、その声と共に石谷も一緒になって、何かを投げる。
それはスーパーボールであった。
次々と投げ込まれるそれらは壁や畳に弾かれ、部屋中に素早く飛んだり跳たりしていた。
「·····何を持ってきたかと思えばこれだったのか·····」
「へへーん! いいアイディアだろ?」
「碧衣ちゃん、そんなことよりも!」
石谷の叫びにより再び桜屋敷兄弟の方を見やると、葵人のことをかばいながら部屋へと出ようとする兄の姿が見えた。
「逃すかよっ!」と弾く力が無くなり、次々と畳に落ちていくスーパーボールの合間を走っていく。
「こんな子供騙しで葵が怪我をしたら、どうするつもり?」
「それよりも、」
肩を掴み、無理やりこっちに振り向かせる。
「自分の心配したらどうだッ!」
早口気味に放った言葉と共に右ストレートを打つ。
見事に決まった拳にまともに当たった兄はその勢いで当然の事ながら、葵人と共に畳に倒れる。
拍子に手が緩んだ隙を狙って、また兄が抱き抱えるが前にこちらに抱き寄せる。
途端、葵人がうわ言のように何かを呟き、西野寺の首に手を回したかと思うと、そのまま唇を重ねる。
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