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春の誕生日と儀式に。14

「おぉ·····」「ヒューヒュー」という囃し立てる声がさっきから聞こえるが、そんなことにかまけている場合ではない。 葵人からまたしてくるだなんて。 あの時とどことなく違うのは、照れているのではなく、とろんとした顔を浮かべている。 あの兄に何か盛られたのかと思うぐらいな、今もまた迫ってくる葵人に、「やめろ、葵人」と落ち着かせようとしていた。 「──僕の葵に触らないでくれる?」 声がした方へ振り向くと、兄は起き上がり、口の中が切れたらしい、唇に流れた血を拭い、睨みつけていた。 学校では一切見たことがない、憎悪に満ちた姿にゾワッと恐怖が走る。 「葵人はお前のものじゃない」 「そうじゃないとしたら、西野寺君のもの?」 「·····そうだ」 「ふーん、そう。いつの間に愛を育んでいたの。学校では一切話したことがないのに。本家ってだけで、何もかも思い通りになるんですね。分家から奪って、何が楽しいの?」 大股で近づいてくるのをどんどん退く。 そうしている合間にも葵人が唇を重ねようとしてくるものだから、そちらも気にしつつ、兄から遠ざかなければならない。 「碧衣ちゃん! こっち!」 咄嗟に山中の方へと駆け寄ったのと入れ違いに、「やるよ、先輩!」と兄に向かってまた何かを投げ入れる。 バチバチッと火花が散り、「またかッ」と言う声が聞こえたのは同時だった。 それがあっという間に煙を起こし、兄の姿が見えなくなると、「碧衣ちゃん! 今のうちに外に!」と石谷が先ほど割って入ってきた窓ガラスへ一目散に走っていく。 「碧人様ッ!?一体何が?」と言う声が後ろから聞こえてくる。 葵人が連れて行かれた。 「碧人様! 頬を怪我されているではないですか! 早く処置せねば!」と慌てふためき、どこか行ったらしい下男の声は碧人の耳には全く入っておらず、葵人が行ってしまった、割れた円窓の方を見ていた。 葵人があの家の者と通じていただなんて、あの者に問いただすとも最初から分かっていた。 葵人が外を見て泣いた時、西野寺が覗いていたところがきっかけで、接触したのだろう。西野寺があそこにいたのは偶然であったが、『遊ぶ』ついでにアレがどう出るか、そして、葵人は西野寺と通じていたとしても、最後には碧人のことを選ぶと思って。 しかし、現実はどうだ。18歳になると現れる特異体質『発情』となり、意識が朦朧となったとしても、西野寺に助けを求め、挙げ句、連れて行かれる始末。 なんなんだ、これは。全くもって面白くもない。 葵人のことを一番に知って、誰よりも愛してきたというのに、学校ですらまともに話してこなかった、群衆の一人にいとも簡単に取られるだなんて。 憎たらしい。 あの西野寺も、──葵人も。 今になって父の、「外に出したら後悔する」 という言葉が身をもって味わされた。 少しでも葵人のことを想って、外に出すことを選んだ自分の選択肢が誤ったことに、深く後悔した。 外に出しても、愛情持って接していれば、自然と葵人は自分のことしか見ないと高を括ったことを。 ああ、でも、こうとも考えられる。 西野寺の元へ身を寄せ、愛を深めている最中を奪い取れば、その時になって兄の言うことを聞かずに、外に出て、他の男に身を捧げたことにようやく理解出来るだろうから。 その時まで待っていよう。 帰ってきたら、おしおきだ。 碧人は一人、意味深に微笑んだ。 「やべぇー! 何かあっちからめっちゃ来るじゃん!」 石谷と共に外に出た直後、慌ててやってくる山中がもたつかせながらも外へと出てくる。 「俺の忍法、大丈夫かな?!」 「なに、お前、いつの間に忍者になってたの? 前は探偵になるとか言ってなかったっけ?」 「急に昔観てた戦隊モノを観てたくなって、んで観てたら、そういや俺、忍者になりたかったなって。探偵も捨てがたいけどな!」 「夢ありすぎるだろ。ま、夢があることはいいけどよ」 山中と石谷が話している最中も頬を紅潮させたままの葵人がしきりに碧衣の頬に擦り寄せ、口づけをし、しまいには、「僕の中に入って·····」と言ってくる始末。 最初は何を言っているんだと思っていたが、段々その意味が分かってきたことにより、そんな関係になるべきではないと思いつつも、葵人の誘いに乗せられそうになっていた。 けれど、葵人がそれで楽になるのなら。

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