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第34話

旭にとっての大切な宝物。 それはお金をためて買ったものでも、先祖代々の骨董品でも、ましてや自分の功績を認められて貰った賞状でもなんでもない。 たった980円で複製された鈍色の鍵である。 大切なそれは、旭の家の鍵と一緒のキーケースに収められ、たまに取り出して眺めては、気恥ずかしくなって、また仕舞う。 あの後もうひと眠りした後に、合鍵を作りにでかけた。そして、持つ鍵が増えたことで買うか迷っていたキーケースも一緒に購入することにした。 上品な鞣し皮のもので、紺色と黒の2色。黒の方は柴崎にと購入したのだが、浮かれて買いましたと思われるのも癪なので、渡すことを迷っている。 あのなんとも言えないくたびれたウサギのキーホルダーを、本人がめちゃくちゃ気に入っていたらどうしよう、と考えたためだ。 つ、と鍵が入ったキーケースを指でなぞる。 不意に昨夜のやり取りを思い出し、じわりと耳を赤くした。 やっぱり、これは宝物だ。 再びキーケースを鞄に入れると、立ち上がりカフェを出た。コーヒーの薫りを纏わせながら、片手にブランドの小さい紙袋を持って。 「今日なにつくるかなぁ…」 再び戻るは柴崎の家だ。飯を作ってから、どうしよう。とりあえず今日渡す?でも照れる。いらないって言われたらどうしよう。 そうしたら、他の人に渡すか。例えば大林とか? ネガティブな思考がちらりと顔を覗かせるが、そうなったらそうなったで友人に犠牲になってもらおう。 うんうん、と自己完結をし、晩の買い出しをすることにした。 冷蔵庫にミネラルウォーターしか入っていないのは確認済みである。 何品かタッパーにいれておけば勝手に食べるだろうと、まずはそのタッパーを買いに行かねば。 旭の足取りは軽く、まずは目的を果たすために百均へ。 仕事終わりの柴崎のSNSに、今晩は筑前煮と豚汁です。帰りにネギ買ってきてください。と旭からラインが届くと、イヤにご機嫌の様子で早々帰宅準備し始めた柴崎を、周りが訝しげにみやる。 そんな視線をものともせず、「おつかれ。」と一言言うと、定時で帰っていった。 よっぽどのことがない限り、定時で帰ることなんかないあいつが、もしや…などという邪智はとぶものの、からかったら倍返しにされる相手だ。 できた同僚達は、向こうからアクションがあるかぎり、触らぬ神に祟りなしだと静観する構えである。 ただ柴崎の平時とは違う浮かれた様子をみて我慢できずに煽ったのは大林だけである。 「うっわやば。」 「あんだよ、おつかれ。」 駆け込みで帰りのエレベーターに同乗してきた大林は、不審にご機嫌な様子の柴崎に対し安定の発言をした。 「なんだよその面、締りのない顔で外出る気?」 「お前もう旭のこと構うなよ。」 「あ?なんで?…まさか」 急に旭の話題を出された挙げ句、お気に入りに構うなと言われた大林は次第に話の流れを理解すると、はっとした様子で続けた。 「おまえ!!!手ぇだしたな!?」 「おっと、人聞きの悪い。あと声がでかいうるさい。」 「最っっ低おまっ、俺が狙ってたのに!!」 「うるせービッチ。だいたいお前もネコだろうが」 「ときと場合によっては竿役もやんだよくそちんこやろー。」 柴崎の指摘に、声のボリュームを落とすものの、悪態は止まらない。 そもそもこの二人は水と油であった。旭の先輩というアドバンテージが無ければ絶対に俺のものにしていたのにと本気で狙いに行くくらいには好みのタイプであった。 だが、たしか旭は彼女はいないにしろノンケだったはず。キスくらいすれば流されてくれるだろうとも思ったこと位はあるが。 「わかってるだろうが、旭から言うまでは知らん振りしろよ。」 「あんだよ。俺だって旭には隠してんだから言うわけねーだろ。」 けっ、と柄悪く振る舞うも、ちょっとだけ残念に思った。 「ま、旭がねだったら俺はやぶさかではない。」 「酔わねーかぎりないな。」 おまえも大概あきらめわるいよな?と勝ち誇った笑みをされるも、なるほど酔えばワンチャンあるのか。と考える。だがそう思わされたことさえこいつの手の上で転がされた挙げ句プレイの一貫に巻き込まれそうなので謹んで辞退するつもりだが。 ちん、と軽い音を立て従業員入口のある地下につけば、そのまま荷物検査をして外へ出る。 「じゃ、俺たのまれたネギ買って帰るからまたな。」 「は!?ネギでマウントとってくんじゃねえくそ!!」 なははははと、からかいまじりの柴崎の様子に、こいつのこういう性格悪い部分は知っているのだろうか。と思った。 大林は旭に対して柴崎とどうなったのか。と追求はしないにしろ、自分は旭と遊んで二人の時間でも減らしてやろうかと算段をつける。 まずは今週シフトで休みが被ってるか確認するところからだな、と早速旭のSNSに連絡をした。 だがしかし悲しきかな、既読はついたがその日のうちに返事は来ず、顔の見えない柴崎への苛つきが天元突破しする事になるのは、また別の話である。

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