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逃亡***3
「人質が逃げたぞ!」
地面に身体を打ちつけ、衝撃により突っ伏したまま動けないマライカの耳には、逃亡に気がついたハイサムたち複数人の足音が地響きを起こして近づいて来るのが判った。
早くこの場を逃げなければと焦る気持ちとは裏腹に、しかし身体はすでに限界だった。指の一本すら動かすことができずにいる。
身動きひとつできないマライカはただただ蹲るばかりだ。もはや今の自分には、どうにか彼らに見つからないよう神に祈るしか術はない。しかしそんなマライカの祈りなんて都合良く天に届く筈もなかった。
やがて地響きにも似た複数の足音はマライカの足先で止まる。
今のマライカは身体中が砂埃に覆われ、腕や足など肌が見える所々はひどく出血している。明らかに負傷している状態を目にしても、ハイサムたちは慈悲のかけらもなかった。這い蹲っているマライカに詰め寄ると、ハイサムのひとりが髪を鷲掴みにして顔と上半身ごと持ち上げた。
「人質の分際で逃げようなんざ、いい度胸じゃねぇか!」
マライカは頭皮が引っ張られる痛みに加え、2階から落ちた衝撃によるものなのか、突き刺されるような鋭い頭痛に襲われた。
「汚ねぇなぁ。こんなのが人質として成り立つのかよ?」
ハイサムは掴んでいたマライカの髪束をさらに持ち上げ、品定めをする。顎を固定し、上体を反らされると、次に込み上げてきたのは吐き気だ。
吐き気による悪寒と痛みでどっと汗が吹き出してくる。
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