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偽装は完璧に。〈スコレー〉のモットーの通りに、大神伶史 は今夜のパートナーを笑顔で見送った。もちろん役柄が要求する軽口も忘れない。
「中まで付き添おうか? お姫様」
「フィアンセが誤解するわよ」
「たしかに」
うなずくと同時にエスコートしていた巻き髪の令嬢は扉のむこうへ消える。しかし大神の脳裏には、コード名〈レベッカ〉の完璧なメイクアップの下に、同僚の香西遠夜 の素顔が重なって、奇妙な感覚をもたらしている。きっと離脱したばかりの仮装パーティが精神にいらぬ余韻を与えているのだ。パーティで香西が演じていた令嬢の目線――大神を誘い、からかい、ほのめかし、官能的に揺れる、これらすべては演技で、バディである大神が演じる役割にあわせたものにすぎない。
作戦は成功し、香西がこの部屋へ戻ったいま、今夜の任務は終わった。
ロイヤルスイートの扉の前で大神はきびすをかえす。自分用に組織が確保した部屋はこのスイートの真下だ。エレベーターのボタンを押すあいだに、脳裏で化粧をほどこした香西の顔が素の顔にとってかわる。苦痛と快楽のまざりあった視線、大きくひらいた唇……。
大神はため息をつき、軽く頭をふった。若手ではきわめて評価の高い所員。今年の夏、バディを急に組むことになった時に大神が香西について知っていたのはその程度だった。〈スコレー 〉は巨大な国際機関、地球環境技術機構 の内部組織のひとつだ。表向きは環境変動に関する調査研究部門だが、しかし実際は企業・政府工作、対テロ対策など、調査を超えた実力行使の権限をもつ。
上司によれば大神も「きわめて評価の高い」人員だったが、同じ年代の若手同士がバディを組むとは聞いたことがなかった。そのとき上司に理由をたずねる機会はなかったが、どうせ返事はもらえなかっただろう。大神がそれまでバディを組んでいたリンは十五年のキャリアがあるベテランだったが、今は別の若手とバディを組んでいる。
交代にさしたる問題はなかった。ただし大神は最初の顔合わせのとき、軽い驚きを隠さなければならなかったが。香西の容姿が写真でみるよりずっと印象深いものだったからだ。だがふたりで任務をこなしはじめると、すぐにどうでもよくなった。
〈スコレー〉におけるほとんどの任務は二人だけでこなせる調査業務だ。香西は頭の回転が速く、少ない手がかりから答えをつきとめるパズルに意欲を燃やすタイプだった。対して大神は推測の裏付けに熱中するタイプだ。おたがいの得意分野がうまくかみあうと、任務を首尾よくこなせた満足感も大きくなる。
香西は人を誘導して答えを聞き出すのもうまかった。彼と組んでから〈バディ〉の意味を大神は理解できたような気がしていた。
あの日までは。
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