9 / 9

第8話 バレンタイン2日前

 湊音は剣道の練習が終わり、もう1人の指導者であるシバと椅子に座って子供たちに今日のスタンプを押していく。  厳しい稽古の後、スタンプを我先に求めるのを見るとまだまだこの子たちは子供だなと湊音は微笑ましくなる。  美守もその1人だったが、今日はシバに厳しく稽古をつけられすごく浮かない顔してシバでなく湊音にカードを渡してきた。だがシバは横からカードを取り 「すねんな、今日注意したことはまた絶対やる。人間だから仕方ねぇ。でも最小限に抑えることはできる。飯食って風呂入って寝て次の日の朝もう一度思い出しとけ」 「……はい」  美守はカードをパッと受け取った。やはりまだ悔しいのか顔を歪めている。  そんな彼を湊音は頭をぽんぽんとしてあげる。  そんな時に後ろからさっきからソワソワしている保護者の女性が何か後ろに持って湊音とシバに近づく。1人だけでない、二、三人。子供が帰りたがってるのだがそんなの構いなしに。 「あのぉ……」 「冬月センセ……湊音センセ……」  1人は緊張してるのか声がか細くなって先生がセンセとしか発音できてない。 「いつもお世話になってます、をこめて……ねぇ」 「そ、そうでふぅー」 「お口に合うかどうか……はい」  とほぼシバに渡され湊音も流れるように渡され保護者たちは子供を連れてきゃっきゃ言いながら帰っていった。 「そうか、月曜バレンタインか。高そうなチョコやな……俺そっちの酒はあったやつ食べたいから交換しよや」 「う、うん……どうぞ」 「なんやったら美守、これあげる」 「こら、バレたら悲しむよ……まぁモテるよな、シバは」  シバはニヒッと笑った。 「あー流石に保護者喰ったらやばいよな」  その発言に湊音は美守の耳を塞いだ。シバは冗談ーと笑いながらも更衣室にに帰っていく。 「じゃあもう帰りなさい。冬月先生みたいにあとひかずケロッとしなさいな」 「……わかったよ」  美守は軽く笑って帰っていった。その後ろ姿を見て実子である美守も少しは成長したかと湊音は思った。  そして更衣室に戻ると着替えて上半身裸のシバがタバコを吸っていた。  43にしてとても鍛え上げられた肉体。もうここ数ヶ月はシバと身体を交わしてない。唇でさえも。  湊音は着替えて自分も上半身裸でシバの前にいる。そして保護者からもらったチョコを開けて一つ齧ってみる。シバと目が合う。彼はニヤッと笑った。 「うまいか? 俺にも食わせろ」  と近づくシバに対して湊音は口にチョコを加えて顔を引き寄せたが、シバはひいた。 「……積極的やな。俺はその赤いのは嫌い。自分で食べろ」  湊音は言われた通りにした。きっと去年だったらチョコを齧りながらもキスをして互いの口の中で転がし合い舌をかき混ぜてダラダラと溶けたチョコを口から垂らして興奮がおさまらずその口で湊音はシバのアレを思いっきり……だったのであろう。  でもシバはその後服を着出して荷物を片付けた。 「じゃあ、感謝もおつかれさんな」 「あ、うん……お疲れ様です」  シバがいかなる時も湊音を求めて、時には湊音の精神を壊すほどシバはからを掻き回していたのだが、もう興味がなくなってしまったのか……湊音は悲しくなってしまった。  シバには恋人ができていた。シングルマザーの明里だ。湊音の元恋人(セフレに近い)だがその前にも違う女性と同棲をしていたが数ヶ月で別れている。 「……」  湊音も服を着て家に帰ることにした。もちろん帰ると家には李仁が昼ごはんを作って待ってくれている。まずはシャワーを浴びる。浴びてもシバから拒否されたことはまだ頭の中で思い出してしまう。  シャワーから出ると李仁がリビングで待っていた。 「お疲れ様、なんか浮かない顔してるけど」  隠してもすぐバレてしまうのだ。なんでもないとか言いながらランチを食べる湊音。  そして食べ終えて湊音がカバンの中からあのチョコたちを出した。 「保護者の人たちからもらった。食べる?」「うんうん食べるー……ラム酒入り……ふむふむ」  と李仁は口に咥えて湊音に迫る。 「んっ! んっ!」  と。 「ははっ……」  湊音はなぜか笑ったしまった。さっきシバに同じようなことしたのに。 「もぉ、食べてくれないのー」 「いや、なんかおかしくってさ」 「どこがおかしいの? おかし、だけに?」  2人の間に沈黙があったが 「おかしだけに、《《おかし》》て……なんてね」 「!!!」  李仁がチョコを再び咥えて湊音にキスをした。キスをしてても李仁は湊音を見ている。 「待って……」  湊音は半分だけ齧ったチョコを口の中で舐め回した。なぜか涙が出ている。 「なんで泣くのよ……また何かあったでしょ」  李仁は湊音の涙を拭った。 「何にもないよ……このお酒入りのチョコも食べよ」  箱に手をやるが李仁は首を横に振った。 「また夜にしましょう……まずはお昼ご飯食べて」  湊音の唇についたチョコを李仁はキスして舐めた。 「うん……」  バレンタイン前日、湊音は李仁にチョコケーキをあげた。李仁が毎年もらってくるチョコレートを溶かして……それが恒例なのだが、もう李仁は書店を退職して今は休んでいる。  だから自分で買ってきたチョコを溶かして作った。美味しいって李仁は喜んでくれて湊音はホッとした。  今年のバレンタインはそんな感じである。

ともだちにシェアしよう!