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第2話
大きな体をケースに寄せてモソモソと話す直は、人を冷凍庫に入れてはいけないという法律がないと言う。
更にここはケーキ屋を営む直の実家の倉庫であり、この冷凍庫は買い替えたあとの古いもので、両親から貰ったのだとも言う。
だから悪くない。
叱らないで? と情けない視線で訴える姿は、まるで子どもを相手にしているみたいだ。やらかすことも子どもと同じだ。
雪は頭を抱えたくなるが、体育座りをするのがやっとの庫内ではそうもいかない。
そして悲しきかな、そんな直に慣れているのも確かだった。
家が近所の幼なじみ。同い年。同性。
雪がゴーイングマイウェイで気さくなコミュ力の高い男で、直が人見知りでお気に入り一辺倒な犬気質男であったために、大学二年のこの歳になっても付き合いは続いている。
だからある程度わかっていた。
雪 が溶け始めた頃から、直はずっと言い続けていたから。
『絶対溶けへんとこ……俺が確保するから、消えんでな』
そうとも。ガチでやるとわかっていた。いつかコイツはやると。
そういう奴なのだ。
本当にそういう奴なのだ。
かくして確保された冷凍庫は現在進行形で雪をキンキンに冷やし、百八十の誇り高き長身を縮ませることなく維持させている。
いるが、そういう問題じゃない。ビジュアルがよろしくないだろう。
冷凍庫に詰め込まれて過ごすなんて普通に嫌だ。普通にだ。
はぁ、と深いため息を吐く。
直後、バシンッ! とガラス蓋を閉める直。なんで封印しやがった。
ひと睨みすると、カラカラと控えめに開かれる。バカだ。バカ犬だ。
「自分、怒られんのがわかっとんやったらハナからすなよ」
「…………」
「都合悪なったら黙んのやめーて」
「…………」
「……ナオ、俺冬は溶けへんの! やからはよ出して! 世間は楽しいクリスマスやのになんで俺は閉じ込められなあかんねん。おもんない」
「……いやや」
「あ?」
バシンッ! と閉じるガラス蓋。
閉めるなと言うに。
ピキ、と自分の額に青筋が浮かぶのがわかった。
普段は雪に従順でかわいいと思わなくもない直だが、ワガママを言うとわずかも譲らない。しつこい。めんどくさい。
そしてたいてい、そのワガママは雪からすると理解しがたい理論が多い。
ポケットから取り出したスマホを見ると、時刻は十八時。約束の時間までたったの三十分しかない。
──これじゃあ、間に合わないじゃないか。
冷たい霜のついた冷凍庫の壁に頭を預け、仏頂面でトットッと画面をタップし、メッセージを送る。
外から視線を感じるが無視した。扉を閉めたのはお前だろう。
『ごめん、遅れるわ! いつになるかわからんから先しといて~』
『はー? 主役で遅刻とか許すまじやん』
『なんでよ買い出し昨日したったやん。笑 みっちゃんはほんま俺好きやなあ。身の危険感じるわ。笑』
『いっぺんどつきたい』
『みっちゃん図星や。笑 遅刻りょりょー。てかなんで遅れんの?』
『図星ちゃうわ!』
『飼い犬に冷凍庫ん中監禁されてるなう』
『拡散しよ。笑笑』
『それしたら俺とっくんと絶交やで』
『嘘やん。笑笑 ごめんて。笑笑』
『いやめっちゃ笑ってますやん! 笑』
『お前らさぁ、俺の扱い年々悪なってない? もーええわ。俺がお前らと絶交するし。ほんだらな』
『みっちゃんごめんやん』
『みっちゃん許して』
『無視しよる』
『既読付いとるから待っとんでこれ。ユキち、アレゆーたれよ』
『ユキがいっちゃん好きなんはみっちゃんやで♡』
『きっしょ』
『おかえりー』
『おかえりー』
『とりあ俺とっくんち着いたからとっくん絞め落とすわ』
『とっくん乙』
『なんでやねん』
「ふっ、コントか。あー俺もはよ合流したい」
いつも共に行動する友人たちとのグループメッセージを閉じて、笑いながら呟く。
視線が痛い。
これがあてつけのセリフだからだ。
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