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第15話
ゴン、と窓に頭を預ける。
横目で見ると降り続けていたらしい雪は街を白く染めていて、庭にある倉庫の屋根がずいぶんかさを増していた。
──あの倉庫の中の冷凍庫に一人。
あたたかい世界と隔離される自分が、世界一惨めな存在だと思っていた今日。
『……ここにおったら、溶けへんねんて』
わかりにくい直の言葉に意固地になってしまったけれど、あれはいっしょにいてほしいという、口下手な彼の告白だったわけだ。
「なんや、俺……あの時から、一人ちゃうかったんやんなぁ……」
冷えた窓ガラスにスリついて、わずかに赤みを増した頬を誤魔化す。
冷凍庫の中にいた時と、雪の周りはちっとも変わっていない。
元・恋人は雪なんてもう過去の人として昇華していたし、友人たちは変わらず雪を追い出すことも邪険にすることもなく好いてくれていた。
そして直はずっと、雪が好きだった。
雪が気づいていないだけで、雪を愛し続けてくれている人はすぐそばにいたのだ。
気づいてみると、心がポロポロ解けていく。
冷たい体に冷たい心だったのに、胸のあたりがホコホコとあたたかい。
自分が触れるとみんな手を引くから、触れないでおこう。
自分を好きだという人は去っていくから、どうしようもなくて仕方ない。
避けられた手ばかり覚えていて、握られた手を忘れていた。
向けられた背ばかり覚えていて、向き合う体を忘れていた。
雪 を雪 にしたのは、紛れもなく自分。
物思いにふける雪は、不意にカーテンをシャッ! とめくられ、ビクリと肩を跳ねさせた。
「!」
「……みつけた、ユキ」
驚いて顔を上げると、そこには湿ったせいでグレーの髪を色濃くした、直がいる。
いつの間に風呂から上がったのやら。
もぬけの殻のリビングルームに帰ってきて、きっと雪がいなくなったと思って探したのだろう。
直はさみしそうに瞳を曇らせて、風呂上りの火照った体で雪にムギュっと抱きついた。
「ぉおおッ……!? な、ナオナオッ、湯冷めする……ッ」
「ちょうどええよ……冷たくて気持ちー……へっくしょんっ」
「ほれ見ィ! 自分風呂上りに雪の中ダイブしてるようなもんやで!」
グイグイと大きな体を押しやるが、びくともしない。
思いっきりくしゃみをしたくせになにが「雪まみれか……それもええな……」だ。犬は喜び庭駆け回る、ではすまない愚行である。
「風邪引く言うてるやろッ」
「ん……そしたらユキが、看病、して……おかゆあーん、してな……?」
「ドアホがッ、あまぁいシロップあーんしたるッ」
「それ、風邪薬……ユキ、優しいなぁ。……大好き」
「っ、人情やッ」
カァァ……! と耳まで真っ赤になって、雪はグイグイと力強く押しやっていた腕の力を、ポスポスと弱々しく弱めてしまう。
──これは別に、嬉しくなったのと照れくさいのとで、弱体化したわけではない。
冬の外で凍え切っていた先ほどより、湯上りでずっと体温が上がっている直に抱きつかれて、熱苦しいからにほかならないのだ。
トク、トク、と刻んでいた胸の鼓動が、ドッドッドッ、とテンポを変えるのも、ただの不整脈で。
別に〝恋人試用期間である直に、心から恋をするのは、そう難しいことではないのではないか?〟なんて、思っていないわけで。
「……? ユキ、なんか体……ちょっと溶けてるで」
「!? だ、ダイエットじゃボケェッ!」
体の内と外の熱で、一回り小さくなってなんか、ちっともないのである。
了
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