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第14話
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寒々しいキッチンであろうともそう長くは火の元に近寄れない雪は、あまり凝った火を使う料理は作れない。
直の両親が直のために用意しておいたのだろうクリスマスディナーを発見し、それをコトコト温めて、電子レンジをチーンとするくらいだ。
チーンとした骨付きチキンを熱が伝わらないようにタオルで包んでもち、テーブルに乗せる。
クリームロールキャベツは焦げ付かない程度に様子を見つつ、離れたところからそっと観察。
湯気で少し顔が溶けた。冷凍庫に顔を突っ込んで事なきを得たが。
その他にも、サラダを盛ってクルトンとドレッシングをかけて、直のディナーを用意した。
浴室の電気がついているので、直はまだ風呂に入っているらしい。
降りてくるのが遅かったが、着替えの下着でも見つからなかったのだろうか。
「ちょい抜けてるからなぁ……」
いつものことかと納得して、雪は室内で気温の低い窓際の床に、ストンと座り込んだ。
カーテンの裏側に入って、窓を背に体育座り。ポチと電源ボタンを押してメッセージアプリを開く。
「……ともくん」
胸の痛んだ名前──元・恋人の名前を見つけて、無意識に呟いた。
秋の初めにそういう掲示板で知り合って、何度か会ううち、雪に好きだと告白したのが交際のきっかけである。
その時はずっと雪、雪と甘えてきてとてもかわいらしく、大事にしたくて、ずっとこうしていられたらいいのになと、雪は確かに彼が大好きだったのだ。
けれどずっといっしょにいたいと思うくらい愛してしまうと、雪は続かない可能性を考えて、臆病になってしまう。
触れるのが怖くて手を引いてしまい、相手の顔色を伺ってヘラヘラと笑うことしかできなくなる。
そうなるとおそらく、彼にとって雪はつまらない相手になってしまったのだろう。
そして雪にとっても、彼は嫌われたくない相手になってしまった。
しかしうずくまって怯えていた雪より、次の相手を見つけて笑っていた彼はずっと強かで素敵な人な気がする。
そう思うと〝この恋はいい恋だった〟と、さよならのあり方を変えられたのだ。
『ユキくんは、僕のこと好きなん?』
「ちゃんと好きやったよ。俺の服の裾をつまむ手が、かわいくって愛しかったわ」
あはは、とニマニマ笑って、雪は彼の連絡先をトン、と消した。
彼は冷たい雪を抱きしめてはくれなかったけれど、服の裾をつまんでいっしょに歩いてくれた人。
引き止めもしない雪を一瞥して背を向けたのは、雪の中に彼への未練を残さないためだったのかもしれない。
愛せなくなったなりに、きっぱり捨ててくれた。
──だって一度は愛した人だから、雪は嫌いにはなれないのである。
溶けた心は素直にそれを認めて、もう彼を僻む気持ちも恨む気持ちも、うまく昇華できて穏やかだった。
胸の痛まない画面に視線を落とし、雪は目的のグループに入って、メッセージを打つ。
酔っ払って寝ているだろう友人たちへ送るメッセージ。
『俺もお前らのこと、めっちゃ大好きやで』
背を向けて聞こえないフリをした自分も、素直な気持ちをきちんと返さないと。
直接言うのは小っ恥ずかしいので、ここで言うのは多めに見てほしい。
送ってからやはり気恥ずかしくてとっととアプリを閉じた。
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