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第13話

 俯かせていた顔を少し上げて後ろに視線をやり、自分の左手を掴んでいた直の手に指を絡ませる。 「今日は無理やけど、こ、ここ、今度……今度、が、頑張るわ」  ざらついた涙声で羞恥心に溶かされながら、拗ねたような口調でつぶやき、唇を尖らせる。 「……やって、ナオのが腹ん中なん入ったら、俺の中、溶けてまうやろ」  冷えている指だけでも雪にはあたたかく感じてしまうのに、直の熱の塊に貫かれたら、きっと溶けた肉が収縮してお互いの体液が混ざる気がした。  だからできない。  いやじゃなくてできないだけ。  直を拒む自分の気持ちをそう結論付けて、雪はモゾモゾと振り返らずに前進する。  ジーンズは脱げているので、お気に入りのボクサーパンツを指先でパチンとあげつつ、ベッドから立ち上がる。  ピンク生地に白いモコモコとした犬のワンポイントが入った、かわいい一品だ。  少しヤンキーっぽい、見た目がチャラついた大学生男子そのものな雪なので、ギャップ萌えというのが狙える気がする。  中身はヘタレ気味な臆病者で世話焼きなオカンだが、それは内緒。 「あぁもうッ……ほんまにナオは甘えたでわがままや。寒ないことあらへんやん。アホちゃう」  雪は立ち上がった足元に落ちていたエアコンのリモコンを手にして、ピピピ、と室温を調整した。  設定温度は二十三度。  これが雪の溶けないマックスの気温だ。普通の人からすると、肌寒い。  ブゥゥン、と雪からすると熱気を吐き出し始めるエアコンに安堵し、ようやく一息吐いた。  ──ふぅ、一件落着だ。  ああしてちゃんと胸の内を明かして断ったので、直もきっと諦めたはずだ。  今日は逃がしてもらえてよかった。  いろいろと混ざり合った心の色が落ち着くまで、直には待っていてもらおう。  気持ちがまとまったら、……今日の続きを、してもいい、かもしれない。 (て、予定は未定やしッ) 「ナオ、服もはよ着ィや! ってかしもた、あかんッ。風呂の湯沸かしっぱなしや! ヒーターもやんッ!」  バサッ! と妙に静かに黙りこくったままの直に脱ぎ捨てた衣服を投げつけ、雪はアワアワと慌てて放置したあれそれを嘆いた。  ガス代がもったいない。  電気代ももったいない!  雪は紺露家の人間ではないが、そんなことは関係なく無駄遣いは罪である。  もったいないオバケが出てくるのだ。 「ほんだナオ、温もったら風呂入れよぉ? ご飯あっためとくからなァ〜」  気持ち早口でそれだけを告げて、雪は急ぎ直の部屋を出て一階へと走っていった。  ──バタン、と閉まるドアと、残された直。 「……あんなん言われたら、ギンギンやで。……めっちゃむなしい……」  やけにかわいい下着でドタドタと走り去る長身痩躯な青瓢箪の背を見つめ、ボソリと呟く。  どう見ても一般的にはかわいくなく女性らしさの欠片もない男だが、これぞ恋愛マジックのなせるわざなのだろう。  わかりにくい無口無表情で口下手な直が悪いのか。それとも、強がりで怖がりで愛情不信な雪が悪いのか。  据え膳に逃げられた直は、どうしたものかと悩みつつも、一人でひっそりと欲望を処理するのであった。

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