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第16話
しかし二人の体の関係は進展しなかった。この日の夜も李仁のところに泊まりにいくが……。
「ごめん、李仁……」
「いいのよ。無理しないで」
手前でやはり躊躇してしまう。申し訳ないと思う湊音。
『色っぽいし、エロいし、上手だし……自分一人でするよりもいい……』
外でデートする際も目が気になるし、(李仁はもちろん気にしていない)手もましてや繋げない。
だが二人きりになるといつのまにか湊音はニャンニャンと李仁には相当甘えるようになった。
『すっごく幸せ、今本当に幸せ』
とニヤニヤしながら職員室で弁当を食べている湊音。
「お前、浮かれてるな」
「そんなことないですって。大島さんもお弁当、彼女さんのですよね?」
「んー、そうだ。同棲始めたからな」
「そんなの毎日ハッピーですよ。早く僕も同棲したいです」
「毎日お前ら顔合わせてんだろ」
「だけどやっぱ一緒にいたいですから」
「……だよな」
湊音と大島は笑った。が、視線を感じたのは数人の教師が二人の浮かれている様子をじーっと見ていたのだ。
「いい大人が浮かれて……恥ずかしいな」
「ですね……」
二人は気を取り直してこそこそ弁当を食べた。
放課後、剣道部の稽古も終わり湊音と、大島は駅まで一緒だった。
「和樹さーん」
改札前には大島の彼女が待っていた。同じ市内で高校の養護教員として働く女性。
とてもおしとやかな女性でスタイルも良い。ミニスカートにハイヒール、ガタイの良い大島には不釣り合いにしか見えず、美女と野獣ときたものだ。
「こんにちは、ご無沙汰しています」
湊音は婚活パーティーで彼女とは少しだけ話したが彼女は大島にぞっこんであまり覚えてないとのこと。
二人はこれから同棲しているマンションに向かうのだ。
湊音は二人の後ろ姿をらため息をつく。
「いいなあ、二人は堂々と並んで歩ける……」
湊音はまた李仁の部屋にいる。李仁と戯れ朝いながらもこれ以上はできないと思った。そしてふと言ってしまった。
「……セックスしないとダメなのか? 恋人でいるには」
「そんなことないわよ。いつまでも一緒にいる」
しかしそんなことを湊音は言われても納得できなかった。
「僕はどうすればいいの? 君を満足させられないっ! そしたら君は僕から離れてしまうっ」
「離れない、離れないから……」
「僕から離れていく……」
泣きはらす湊音を李仁は強く抱きしめる。それも数日前に大島からとある話を聞いていたからだ。
大島が一人でバーに。
たまに大島が一人で飲みに来ては李仁に、ぐだぐだ話をしていた彼だがこの日だけは様子が違った。
「まさかおまえらができてたなんてな」
「そう?」
大島は頼んでいたビールを飲み、つまみも食べる。しばらくは客が数人いたため黙っていた二人だが、客も少なくなってようやくいつものように話をし始めた。
「湊音はああ見えて繊細なやつだ」
「うん、わかる。手のかかる子だなって」
「付き合うからにはちゃんとそれなりの覚悟しろよ」
「なんで?」
いつもとは大島の態度が違うのに気づいた李仁。
「あいつから聞いたか? 過去の話とか、家族の話とか」
「うーん、ご両親のことはちらっと」
「……母親のことは?」
「お母さん……お父さんが再婚されたってのは聞いたけど」
「そうか、生おかわり」
李仁はジョッキを持ったまま大島を見る。
「その母親は育ての母だ」
「えっ?」
「本当の母親は彼の子供の頃に目の前で死んでいる。自殺だったらしい……学生時代は安定してたが教師をして2、3年目に自分の生徒の親が亡くなったときにその生徒の気持ちにつられて過去のこと思い出してフラッシュバックして一年休職したんだ。当時仕事もきつかったのもあるが」
「……」
李仁は黙ってビールをジョッキに注いで大島に渡す。
「たまにボーッとしてる時があってな。大丈夫か心配になる。支えられるのか? でも李仁さんはポジティブすぎるからなー。そこが湊音のネガティブさといい塩梅になってるかもな」
「そーだったんだ……」
◆◆◆
李仁はこの時の大島との会話を思い出した。とても脆くて弱い湊音。失いたくない、それが湊音の、思いなんだろう。
セックスができなくて李仁を満足させられない、だから離れてしまうのかと。
つい最近も明里に振られてしまった。そしてすぐその後に付き合った李仁とも離れてしまうのではと。
「大丈夫、ミナくん。わたし、セックスできなくても大丈夫」
「他の人が代わりにいるだろ? その人の方いきなよ」
「嫌、ミナくんがいい。ミナくんじゃなきゃやだ。離れたら、ミナくん……」
「……」
湊音は李仁の手を握る。
「十分心満たされてるわ。体は……何か他の方法を……二人で見つけましょう」
湊音は泣きじゃくった顔を李仁に見せた。李仁には子供の泣き顔のように見えた。そして思いっきり再び抱きしめた。
「愛してる、ミナくん」
「李仁……」
「こんなに可愛くて優しい子……他にはいないもの」
「ありがとう、李仁……」
李仁は湊音の涙を拭う。李仁も涙を浮かべている。
「こんな顔グシャグシャにしちゃって。お風呂で洗ってきなさい」
「うん、お風呂入るね」
二人は見つめあって笑った。
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