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第25話

 李仁は検査入院も含めて数日で退院した。特に後遺症も無く、頭の傷も問題ないとのこと。二人はほっとした。  入院中にお見舞いに来てくれた人たちからのプレゼントがいくつかあり、中にはひまわりがあった。  湊音はそれをテーブルの上に飾ってニコニコと眺めている。2人にとってひまわりはとても重要なものである。  6年前、夏の終わりに訪れた北海道の富良野のラベンダー畑のある施設で湊音は李仁にプロポーズされた。  しかし李仁はラベンダー畑もひまわりも時期が終わってしまうことを調べておらず、ラベンダーはちょうどスタッフたちに刈り取られ、近くにあるひまわり畑に移動したが、たくさんのひまわりたちがうつむいて枯れていた。  李仁は普段オネエな喋りに仕草なのだが、こういうふうにカッコつけた時に限ってうまくいかない、ある意味残念な人である。  枯れた花たちの前でのプロポーズになってしまったのを李仁は今でも悔やんでいる。だからこの時期になると枯れない造花のひまわりを置いて飾っているのだ。  だがそれでも湊音はすごく嬉しかった。ずっと恋人同士でいた2人、男同士の結婚はどうなのか。結婚せずこのままズルズル一緒にいていいのか、モヤモヤと湊音は悩んできた時期であった。  自分からプロポーズすることは全く考えていなかったが、李仁からのプロポーズにはすごく驚いていた。 『同性同士の結婚、これから色々と乗り越えなくてはいけないけど2人なら、ミナ君となら乗り越えられる。だから一緒に歩みましょう』  その時の言葉、湊音は思い出す。普段李仁がしないとても真面目な眼差し、今でも思い出すと惚れ惚れしてしまう。 「みーな君」  李仁に後ろから抱きつかれて驚く湊音。首筋に無数のキスをする。 「やめてよぉ」  李仁はやめない。腰に手を回して服の中に手を入れてくる。 「あの頃も夜激しく愛し合ったじゃない」 「あの頃はあの頃! もう寝るよっ」  と振り向くと、李仁がキスをする。湊音は堪忍してそのキスに応える。 「しょうがないなぁ……」 「ふふふ」 「明日はお互い早いんだから」 「はいはい、わかりました」  二人は大きめのベッドで寄り添って寝る。李仁が倒れてからは湊音はより引っ付く。心臓の鼓動を聞いてホッとするのだ。 「李仁、生きてる……」  湊音がここまで李仁に依存してしまうのは、彼が子供の頃に母親を自死で亡くしていることも大きく関係している。自死の理由は今も知らない。  彼にとっては最愛な人が急にいなくなることには不安に感じてしまうのだ。  つい最近も恩師である上司も若くして事故で死んでしまった。  少しでも李仁が寝返りを打つと湊音はしがみつく。 「もういかないで、どこにも……」  でも気づけば彼は眠りにつく。  数日後の夜、2人は宅飲みをしていた。李仁が業者からもらったサーバーから出るビールと、つまみは焼き鳥とか皮とかネギマとか砂肝とかにんにく刺しなど。仕込みは全部李仁である。  湊音はビール片手に口は焼き鳥をもぐもぐ、左手にペンを握って2人の日記帳に今日のことを書いていた。 「ねぇ、ミナ君。日記書けた?」 「うん、あと少し」 「食べながら書くとは、行儀悪いわよー湊音先生っ」 「ハイハイ」 「ハイは一回よ、湊音先生!」 「ごめんなさいっ」  いつも通りのイチャつき。2人で一冊の日記帳を使うことにした。書店営業マンである李仁が選んだ日記帳、1日1ページ、半分線を引いて一人一人自由に書く。  剣道部顧問で高校教師もやってる湊音、サラリーマンとバーテンダーを兼務してる李仁。  互いに忙しく2人でいられる時間も限られている。すれ違いをなくすために、そして二人の思い出を残すために用意した日記帳。先日李仁が倒れたことで何かを残したい、その気持ちが高まったのである。  今はスマホやネットでなんでもできるがあえて手書きがいいと李仁は言う。  丸くてクセのある湊音の字、綺麗で力強い李仁の字。SNSには拡散はしない、2人だけの世界。  その夜も下戸な湊音が酒をたくさん飲み、酔い潰れながらも李仁をベッドに誘い布団の上で2人は乱れた。 「ミナ君、変態」 「もっと言って」 「変態っ」  重なる唇、何度も組み換える手、絡み合う脚……。やはり湊音はまだ不安なのだ。 「李仁……李仁……」  以前よりも積極的になった湊音を見て李仁も何か変化を感じていた。強く抱きしめて 「大丈夫、ずっと一緒だから……」  そう湊音に囁くと湊音の顔は安らぐ。 「もっと、もっと……」  その日は酒の勢いもあったのか日をまたいでも行為は終わらなかった。湊音は李仁を求め続けた。  朝。湊音の隣で寝ていた李仁はいない。 「李仁ぉっ」  湊音は慌てて体を起こしベッドから降りると机の上にあった日記帳は開いていた。  ふと前の日のページをめくる。李仁の書いた文字を見て湊はハッとする。 『ミナ君がここ最近不安定で心配。何度抱きしめても何度声をかけても寂しそうな顔をする。今まで嫌がってた体位も無理してやって……わたしに好かれようとしてる。そんなことしなくてもいいのよ。わたしはミナ君から離れないよ。心配しないで』  湊音は日記をそっと閉じた。  台所からいい匂いがする。朝ごはんを李仁が用意している。焼き魚と目玉焼きであろう。 「李仁に心配かけちゃダメだね……」  湊音は部屋を出た。台所では李仁が待っていた。ちょうどトーストを入れるところであった。 「おはよう」 「おはよう、ミナくん」  湊音はすぐにでも抱きしめたかったがさっきの日記を見てしまうとそばに行けなかった。だが李仁が近づいてきて湊音を抱きついた。 「もぉ、ほんとミナ君は甘え下手……」 「だってぇ」 「今からトースト焼くから早く身支度してきなさいよ」 「うん」  湊音は微笑んだ。 「でもあと少しだけ抱きついてていい?」 「もちろんよ、ミナ君」  次の日。李仁は仕事、湊音は美容院へ。  美容院に入ると湊音たちの友人でもある大輝が待っていた。 「李仁はどう?」 「うん、お見舞いありがとう。快気祝い、本当は李仁が渡したかったらしいけど予約が取れなくて」 「わざわざありがとう。また僕から連絡入れておくよ」  実は大輝は李仁の元彼である。元彼と知ってながら大輝のところに行くのもわけがある。彼は腕が良くてセンスもあり、きめ細やか。 「もみあげのところ少し刈るのも良いかも」  支障のない程度に、と湊音は言おうとしたらかなり刈られた。  お洒落に無頓着な湊音はほぼ大輝に任せているのだ。自分のパートナーの元彼に髪を整えさせる、普通なら嫌がるのだろうが湊音はどうってことはないし、李仁もどうも思ってもない。 「ねぇ、こないだ言ってた自宅でも簡単に白髪染めできるキット売ってる?」 「あ、うん」 「ねぇ、染め方のコツとか教えて」  湊音は大輝と談笑する。なかなか友達のいない彼にとっては少し気の知れた話し相手になっている。たまに李仁の悪口も言い合うこともあるが不思議な関係である。  湊音は家に帰り、鏡を見るとやはり切りすぎじゃないかと気になる。  仕事から帰っていた李仁が   「すごくセクシーね」  って褒め、湊音は照れた。 「李仁ほどじゃないよ」 「あら、わたしのことセクシーだと思ってた?」  湊音が李仁の髪の毛を撫でる。少し混じる白い髪。そこまで目立たないが数本生えている。互いにもう40才間近。 「ねぇ、白髪染めてあげる」 「なによ急に」 「染めたい……李仁の髪の毛」  李仁は湊音よりもこだわりがある。だから大輝にずっと髪の毛を切ってもらっている。  李仁と大輝は10年以上前はカップルだった。ゲイダンサー時代からの仲で周りからも美男子同士のカップルだと言われていたが李仁の奔放さに傷ついた大輝も寂しさを埋め合わせるために同僚の美容師の女性と一晩過ごした結果妊娠、結婚することになった。  そのことで二人は別れたという……。李仁には未練がある状態での突然の出来事でショックを受けたらしい。  湊音も何度かその時のことをものすごく酔っ払ってグダを巻く李仁から聞いていたが心の中では李仁が浮気してたからだ、自業自得だと思いつつも彼が騎乗位を求め、上でオイオイ泣くから本心は言えなかった。  湊音にとって李仁から大輝の過去の恋心は忘れて欲しい、正直もう大輝には彼の髪の毛を触って欲しくないという嫉妬心がある。 「大輝くんから染め方のコツ教えてもらったから今日染める。一度だけやらせて」  と強気で湊音は李仁にお願いした。李仁は苦笑いして頷く。  湊音は準備をして慣れない手つきながらも染める。 「お上手ね、ミナくん」 「ありがとう、相変わらず褒め上手だ」 「そうかしら。ちゃんと教わってきたのね」 「うん。大切な人の髪の毛を染めるんだから」  大切な人、湊音がそういうと李仁は目尻を垂れた。 「わたしもあなたのことはとても大切な人だよ」  耳に付けていたカバーを外す。李仁の両耳には無数のピアスの跡。李仁の過去の奔放さが露わになる。  付き合った人ができるとピアスをすぐ開けていた李仁は湊音と出会った頃には大量のピアスを付けていた。  その姿に湊音はドン引きしていたが李仁にとっては一つ一つに思い出があった。  だが湊音と出会い、付き合うことになり、夫夫になることによってたった一人の大切な人のためにと、気持ちが変わっていく。  そして今は湊音からもらったピアスのみ、両耳たぶに一つずつしかつけていない。 「私、決めた。バーテンダーの仕事辞めるわ」 「えっ、どうして?」 「どっちも好きな仕事だけどミナくんともっと一緒にいたいし長く二人で生きたいから」 「李仁……」  湊音は李仁の頬を触った。 「もう心配かけたくない。悲しい顔してるミナくんを見たくない」  珍しく李仁が涙を流した。湊音がティッシュで李仁の涙を拭き取る。 「ありがとう……カッコ悪いところ見せちゃったわ」  湊音の目からも涙が流れた。  シャンプーをし、髪を乾かし、李仁の髪の毛を乾かす。  2人は互いの髪の毛を触り合ってソファーの上で夢の中へ。    

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