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第26話
後日、李仁はバーの店長から退職届の受理された。辞める際には盛大なパーティーをしたいとのこと。
「結婚したことは伝えたけどパーティーがお互い忙しくてできなかったしミナくんのこと紹介してない人もいるから結婚パーティーも兼ねてやろうってさ。だからスーツ新調しに行こう」
と、数日後にいつもスーツを作っているテーラーへ。
そこには190センチ超えの初老のベストスーツを着た男が待っていた。
「いらっしゃい。話は聞いたよ、バー辞めるって」
あの時病室の外にいたシゲさんだ。湊音が見上げるほど大きいシゲさんに会うたびドキドキしてしまう。
高身長だけでなく、いい香りのコロン、低い声、きっと昔はイケメンであったろう顔立ち……だが彼も実は李仁の元カレでもあったりするのだ。
李仁からまず採寸。
「退職パーティーで着る服だけど普段でも着られるスーツがいいなぁ」
「生地も良いものにアップグレードして……あ、生地代は餞別で安くしておきますよ」
「さすがぁ、シゲさん」
湊音はこの2人のやりとりを見てジェラシーを感じてしまい耐えきれなくなって外へタバコを吸いに行く。
「僕と一緒に生きてくとかなんだの言いながらも元カレとイチャつくなんて最悪」
独り言と煙を一緒に吐く。
「李仁がタバコやめたのに僕もタバコやめなきゃなぁ」
と二本目を吸おうとしたところで李仁がきた。
大きな鏡台を前に採寸を始める。湊音は168センチと身長は低めだが剣道部の顧問になってから昔よりかは筋肉がついている。
李仁に会う前は身なりには無頓着でサイズに合わない安物のスーツを着ていたが、シゲさんを紹介してもらってから体格に合ったスーツを作っている。
それからは普段から着ている服も気を使うようになった。
髪型もだ。大輝に湊音に合う髪型を提案してもらってから自分でも気にするようになった。鏡を見る回数も増えた。それもこれも李仁とであってからである。
と、湊音は採寸をしてもらいながらふと思う。
棚にはいろんなお客さんの写真が置いてあるがその中の一つに李仁とシゲさんの写真もあった。
まだ当時ホストでもあった金髪時代の李仁とこれまた若くて黒々とした髪の毛にリーゼントのシゲさんのツーショットの写真。湊音はそれを見るたび胸が痛むのだが最近はかっこいい2人だ、と思うようになった。
そして自分の体型、長身の2人には劣るなぁと鏡の自分を見た湊音であった。
店を出て二人はシゲさんからもらったワインに合うおつまみをお店で選ぶ。
「なんかいつも悪いなぁ……こんないいワイン」
「私たちだけよ、こんなにしてくれるの」
「そうなん?」
「シゲさんは娘さんしかいなくて、私たちのことを息子のように思ってるとか言ってた」
「そうなんだ。跡継ぎがいないのも寂しいよね」
ふとそう湊音が言った後、自分たちもだなと思いながらも前みたいに気まずくなりたくないのかアレコレおつまみを物色する。
「ミナくんの遺伝子は残ってるんだからさ……跡継ぎはあるじゃない、あなたには」
「ん、まぁ」
「今度会うんだって?」
「うん……なんか息子が剣道教えてほしいって」
「いいじゃないー。きっと腕いいわよ」
「李仁は嫌じゃないのか」
「なんで? 生ませたら会わずにおしまいよりかはいいけど」
「養育費も払ってないし、今更父親ヅラしてもさ……」
湊音は動揺して普段食べないブルーチーズを手に取る。
「それに父親が同性愛者だって知ったら……」
「そんなこと気にしてるの。まだ教えるのは先の話でしょー」
「だよな、まだ小学生のチビにはハードモードすぎるか」
ブルーチーズを戻した。
「私のことはなんて紹介するの?」
「……それなんだよな」
普段は互いに人から聞かれたらパートナーと答えている。
ベッドの中もどっちがどっちとは決まってないわけだと思いながらも。
「まぁ仲良くしていたら父親の大切な人、て思ってくれるんじゃない?」
「なのか……?」
「父親が幸せにしてたらそれでいいのよ。ねっ」
李仁がそう言って微笑んだ。湊音はハッとして
「てかさ、何気に僕の話にシフトしてシゲさんの話を流そうとした?」
「え、なんのこと?」
「絶対シゲさんは李仁の好きなワインだってくれたんでしょ、これ」
「そうかのかしら?」
「絶対そうだって」
「まぁ昔からご贔屓してますから。て、ミナくんーヤキモチ? ふふふ」
「もう嫌ーっ!」
「かわいい、ミナくん」
重苦しい話も最後は笑って終わる。不思議な2人である。
それから数ヶ月後。スーツも仕上がり、それを着て店を出る。
「いつもありがとうシゲさん」
湊音も新しく仕立てたスーツを気に入って店の外の窓ガラスの反射越しに見える自分の姿を何度も見入ってしまう。
「湊音さんもお似合いで」
「またよろしくお願いします」
目を細めてシゲさんは手を振ってくれた。
その足で大輝の美容院へ。
「僕も後でお店に行くね」
湊音はよりカッコよくなった李仁を見て惚れ惚れする。そして他にも人がいる前で湊音は李仁の右手を握る。
「大輝くん、ありがとう。また後で」
そしてそのまま湊音は手を握ったまま街を出る。それには李仁も驚いた。
「珍しいじゃない、あなたから手を握って街中歩くなんて。もう気にしないの?」
「うん、気にしない」
とさらに湊音は李仁の腕にしがみつく。それには李仁もたじたじだがすぐ笑った。
「もぉ、ミナくんったら」
その足でバーに向かう。
「そいやバーテンダーの李仁はしばらく見てないや」
「しばらく仕事忙しかったもんね。久しぶりにミナくんに見られるから恥ずかしいや」
「遠くからこっそり見てようかな」
「その方がいいかも……でも懐かしいわ。あなたが何回も通い詰めて私の目の前で座って口説き落としてくれた時のことがつい最近のよう」
「僕が口説いたっけ……」
と昔話に花が咲く。
「そうよー、お酒飲めないあなたはノンアルで粘って最終的には仕事明けを出待ちしてキスしてきた時のこと」
「やめろよ、恥ずかしい」
「でもこうやって手を繋ぐのは?」
とさらにギュッと李仁は手を握る。周りの人がまた男同士の2人を見て何か話をしている。だがもう気にしない湊音は李仁を見上げて目を細める。
「恥ずかしくないよ。だって他の誰にも渡したくない、僕だけの李仁だから」
「まさかさっき大輝の前で手を繋いだのも……」
ひひっと湊音は笑った。
「ミナくんったら……」
「いつも李仁が僕を困らせてるから、トントンでしょ」
「そうねー」
2人は夜の街に消えていく。そしてバーの扉を開いた。
終
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