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第1話 ヤケ酒とおねーさん

「お仕置き?」  あーヤバい、頭がぐるんぐるんしてる。 「お前が? オレに?」  酔ってるなぁという自覚はあった。というか前後不覚になりたくて、オレ史上稀に見る量の酒を煽ったのだ。 「面白いこと言うなぁ」  でも、忘れたかったからなのに。だからこういうとこに来たのに。  オレは今頃このふっかふかのベッドの上でプロの女の子とどうこうなってるはずなのに。  それでもお前のこと考えちゃってるなんて笑えてくる。  お酒の力を借りたって忘れられなくて、未練がましくて、こんな妄想して。  ギシリ、ベッドが重みに耐えかねるように音を鳴らした気がした。オレの妄想力はなかなかに細やかなところまでこだわっている。 「面白いかどうかは、その身で経験してから考えろ」 「うんうん、なるほどね。確かにね、何事も経験がだいじ、だいじ」 「…………はぁ、何も理解してないなこれは」  それにしてもホント、この幻覚はよく喋る。 ◆◆◆ 「だからぁ、もうホントにダメで。望みなしで」  なんかちょっと思ってた感じと違うな。  そうは思いつつも、オレはもう何度目の動作か分からないが手の内のグラスをぐいっと煽った。  琥珀色の液体が喉から胃の腑へ滑り落ち、直後カッと熱を持つ。その感覚を飼い慣らそうと鳩尾の辺りに意識を集中してみるのだが、如何せん既にかなりの量をこなしているせいですぐに頭がぽわぽわしてしまう。  でもまぁいい。この調子でもっと頭の中を軽く軽くしてしまえれば狙い通りだ。 「そんな顔しないで」 「そうよぉ、綺麗な顔が台無しよ」  管を巻くオレの右から左から甘くて柔らかい声音。  豪奢な調度品に囲まれた、高級感溢れる空間。  明かりを受けて燦然と輝きを零すシャンデリア、甘い花の香り、しっかりと身体を受け止めてくれる座り心地の最高なソファ。そして本来客が待つ間にだけ使う一階のこの広間では、何故かオレを中心にしてぐるりと女性陣が集っていた。  ここは娼館。  ご利用するのは実は初めてなのだが、同僚達がしている噂から評判の良いところを選んで訪れてみた。  空いている者から指名をと言われ、特にこだわりがなかったので一番初めに名前を聞いた子をと思ったら、通りがかったお姉さんに私にしないかと声を掛けられ、そうしたらまた通りがかった子がいや私とと言い出し、話し声を聞きつけて奥からわんさかわんさか出てきた女の子達がずるい、それなら私の方がと言い出したのだ。  さすがに全員はご指名できない。懐的にも倫理的にも身体の限界的にも。  牽制し合う彼女達の迫力にこちらから口を挟む余地はなく、どうしたものかと困っていたら、とにかく希望者全員とお喋りしてみて一番気に入られた娘が今宵の相手になれると話がまとまっていた。  客のオレの意見は全力で横に放置して。  いや、まぁいいんだけど。こだわりないし、こういうとこに来ておいて何だが、セックスが主たる目的でもなかった。  ただ、オレはちょっとヤケを起こしたかっただけなので。 「綺麗な顔は役に立たなかったんだな。というか、それを使うような真似をしたことなかった。効くとも思わなかったし」  女性の前で自分の顔の造形について言うのもどうかなと思ったが、今日くらいは許されるだろう。彼女達も仕事だから、ある程度は我慢して聞いてくれる。  それに、否定しようのないところだった。  確かにこの顔は綺麗だと形容されるもので、それにより散々厄介な目にも遭ってきたのだ。 「あら、そうかしら。むさ苦しい騎士団の中でその美しい(かんばせ)、きっとすごく目を引いたと思うわ」  そう、騎士団。  オレ、シオン・ルブランの職業は花形とも言われる憧れの“王立騎士団の騎士“である。  それも(悪く言うとお飾り的な意味で)華やかさが目立つ第一師団、第二師団ではなく、最前線へ送られることも多い実力主義の第四師団所属である。 「そうよ、女の身でも嫉妬を通り越して、溜め息が出ちゃうもの」 「そうそう、逆に心配になっちゃう。あんなむさ苦しいところにいて、よからぬことをしてくるヤツはいないの?」 「あぁ~確かに。それは心配~」 「そうなんだよなぁ」  ぐびっとまたグラスを煽って空にする。  向かいの席にいた子がそろそろやめておけば? と目で訴えてきたが、首を横に振ると溜め息を吐きながらお代わりを注いでくれた。 「この顔でいいことってないよ、舐められるし、嫌味言われるし。色目使って入団したとか、騎士団辞めて俺の嫁になれとかさぁ」 「やだ~、気のない相手に言われる“俺の嫁になれ”発言とか最悪~」 「いやホントだよ、最悪だよ」  舐めてかかってきたヤツには端から決闘を申し込んでやった。騎士団には決闘制度がある。条件は色々あるのだが、大抵の奴がオレを舐めてるからそれを嬉々として受けて、そんでバチボコにやられていった。  一応貴族の一員ではあるが、こちとら正規の試験を受けてしごきにしごかれた上で第四師団の所属となった身である。顔も顔だし体格もそれほど恵まれてはいないが、舐めてかかるとどうなるか、分からないヤツには腕力で以て教えてやった。 「騎士団の同僚がオレに一方的に惚れ込んで、婚約者だったご令嬢が乗り込んで来たこともある。他にも泥棒猫扱いされたり、身に覚え名のない噂流されたり、実家に圧力かけられたり……」 「災難ねぇ、あなたが悪いと言うよりは、勝手に惚れ込んで来た男に問題があるんじゃない」 「逆恨みって怖いわよねぇ」  嫌なことも沢山あった。でも就きたい職業だったし、やりがいのある仕事だった。それに。 「……でも、アイツにはこの顔のことどうこう言われたことなかった。それが嬉しくて、それだけじゃないんだけど、それで……」 「好きになっちゃったのね」 「でもフラれて失恋しちゃったと」 「ミカ! アンタ、言い方ってもんが」  ぐさり、事実が胸に突き刺さる。 「……ちがう」 「ごめんなさいね、この子、言葉選びが悪いって言うか」 「フラれてなんか、ない」 「そうそう、フラれたとかそういうのじゃないわよね」  ぐびり、またグラスの中身を煽ったら、本格的に頭の中身が揺れる気配がした。 「告白すらしてないのに、フラれるなんて」  そう、オレはヤケを起こして娼館なんかに来た。  好きなヤツがいたけど、失恋が確定したから。 「オレがなんにもしなかっただけ」  見ていただけ、憧れていただけ、仲間として信頼されていたけれどそれ以上はないと知っていて、だから。 「どうせ眼中にないって、フラれた後がキツイし、今あるカンケーを壊したくないって。そうしたら」  相手に見合いの話が来てしまったのだ。そんで今日、街中で見合い相手と二人並んでいるところを目撃してしまって、オレの心は本格的に粉砕してしまった。  お見合い、来週末って言ってたじゃん。  なんでもう会ってるの、なんでそんな仲良さそうなの。――――なんて、そんなこと言える立場でも何でもないんだけど。 「それだけ大切な恋だったのね」 「……やさしい」  金を払う客だからか、オレのこの顔目当てか、何でもいいけど優しくされたら嬉しい。逃避だって分かってるけど、もう今オレは人に優しくされたくてされたくて堪らないのだ。 「あら、嬉しいこと言ってくれる。それじゃ今夜は私とイイコトする? ヤなこと全部忘れさせてあげるわよ」 「ちょっと! 抜け駆けしないで!」 「そうよそうよ、丸め込もうったってそうは行かないわ」 「ね、私の方が天国見せてあげられると思うわぁ」 「やだ、はしたないわね」  あぁ、それにしても彼女達はこんなところでオレ相手に時間を空費していていいのだろうか。  オレが来店した時点で指名のなかった子達が集まってきて、指名争いが勃発して、下がりなさいとお怒りの様子で出てきたオーナーに今夜分の給金はいらない、出るだろう損益はこっちで折半するからと言い出して押し勝って今のこの状況である。  儲かっていそうではあるけれど、だからこそこんなことして大丈夫なの、と思わなくもない。 「お兄さん、私にしましょうよ」 「あたしの方が好みに合うんじゃない?」 「そうだなぁ」  あぁ、頭がぐらぐらする。難しいことは考えたくない。それにいい加減、誰か決めなきゃ。  一同を見回そうとして、それより先にオレの頭の中がぐるんと強い力で回った。  傾いた身体をお隣のお姉さんが受け止めてくれる。顔面が柔らかなのに弾力がある何とも形容しがたい感覚に包まれた。 「あ~! アンナ、ずるい!」 「それは卑怯よ!」 「んえ?」  もぞもぞと顔を起こすと、豊かな黒髪美人の微笑みが。  どうやらオレは破廉恥なことにお姉さんの胸元にダイブしてしまったらしい。これはマズいか? と一瞬思ったが、居心地が良くて動く気になれない。  それにお姉さんもオレの頭を抱えてよしよししてくれているので、まぁ合法の範疇だろう。 「オレ、あんまおっぱいにきょーみなかったんだけど、このふかふかには優しさが詰まってんだね」 やっぱり女には勝てないんだなぁ。オレにこのふかふかがあったら違ってただろうか。 「ふふ、私でお役に立てるなら目一杯慰めてあげる」  うん、もう状況も泥沼化してきてるし、こちらのおねーさんに決めてしまおうか。  彼女、さっき大切な恋だったのねって言ってくれたやさしーおねーさんだし。 「おねーさん」 「なぁに?」 「オレ、今夜は」  おねーさんと一晩過ごすことにするよ。  その一言は、 「シオン! シオン・ルブランがここに来てるだろう!」  野太い声に搔き消されてしまった。  やめろよ、こんなところで大声なんて。品がない。それに酔った頭に響くだろ。

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