2 / 5

第2話 乱入

「あるぇ?」  おねーさんの胸の内でぽやぽやしていたオレは、野太い声の正体に気付いて首を傾げた。ら、更におねーさんの胸に深く頬を沈めることになった。柔らかい。  娼館の扉を蹴破る勢いで突破してきたのは、一人の男。  なんと、見覚えがある。 「アレク、お前、なんでここに?」  何でもクソもない。ここに来るということはそういうことを目的にしているのだろう、そうだろう。  だけどけしからん。そう思う。  だって、コイツは。 「お兄さん、お知り合い?」 「やだぁ、こっちも男前!」 「お兄さんとはまた違ったタイプ」  こちらはアレクセイ・ウィストン。 「そうそう、コイツはどーりょー」  同じ第四師団に所属していて、同僚であると同時にオレの親友でもある。  刈り込まれた燃えるような赤髪、エメラルドの瞳、鍛え上げられた筋肉で覆われた恵まれた体格。同期の中でも出世株で。 「おっとこまえだろ?」  女の子達が色めき立つ気持ちは分かる。だけど。 「でもざんねん、コイツはこの度結婚が決まってしまったのです」  オレが言うと、えー、ざんねーん、それでもいいわよう、それもそうねぇ等々ご意見は様々だった。  オレもあれくらい、気負いなく言えるような間柄だったら良かったのに。性別が女なら良かったのに。  冗談めかして残念の一言やそれでもいいなんて、せめて言えたなら。 「シオン」  オレのご紹介に与った男前は、何故か眉間に深いシワを刻んでおられた。 「お前、こんなところで何を」 「野暮なこときくなよ」  わざわざ確認するようなことじゃない。 「お前はこういうところに出入りするようなヤツじゃないだろ!」 「そういう、決めつけは、よくない」  オレの返答が気に食わなかったのが、アレクの声は益々渋みを帯びた。が、オレもオレでイライラしてくる。 「なに、せっきょーか?」  まさか、なんで、よりにもよってコイツに口出しされなきゃいけないんだ。  そもそも結婚までの道のりが決まったクセに、こんなとこに来てるお前の方こそ説教される必要がある。 「他の模範となるべき騎士が、こんな人目につくところで酒と女に溺れている姿を晒すとは。風紀が乱れる元だろうが」 「しょーがないだろ、お店のみんなが、一番気に入ってもらえた娘がひと晩一緒に過ごせる権利を〜とか言いだしたんだから」  オレが望んでこうなったんじゃない。  それに、そもそも。 「ニグラスもアロンもアベルだって、きし団の男はどいつもりよーしてる」 「それは……」 「…………なっとくいかない」  不公平だ。差別だ。それに過干渉! 「あっ、お兄さん」  オレは酒瓶の残りを全部グラスにぶちまけて、イライラを飲み込むために一気に煽った。  限界なんてとうに超えている。今更一杯二杯で何も変わらない。 「ふじゃけんな」  ダン! とグラスの底がテーブルを叩いた。 「おまえはオレにせっきょー垂れる資格があるのか。ないだろ。じょーかんの娘と見合いもといほぼ結婚がきまってるクセに、今日だって二人で茶ぁしばいてたクセに、自分は女といちゃこら宜しくしておいて、にゃにが風紀がみだれるだよ、いーかげんにしろ」  酒の飲み過ぎか視界がぼやける。いや、涙でも滲んでいるのだろうか。  涙? なんで? 泣き上戸になった覚えはないのに。  この時点で数名のお姉さんが状況を察してあぁーなるほどーという顔をしていたことに、当然オレは気付いていなかった。 「おまえに、オレのじんせーに口出しする資格とか、ない。他のもはんやらふーきの乱れが気になるなら、つぎの登城のときに、すきに処分すればいいだろ。どうせ、もうすぐ」  お前は昇格してオレより上の立場になるだろうし。 「――――なるほど、よく分かった」  これ以上する話はないと、オレはアレクから視線を外した。 「オーナーは」 「はい、こちらにっ」 「上は空いているか」 「えぇ、御覧の通りの状況ですから」  向こうもこれ以上は絡んで来るつもりはないらしい。部屋の確認をするということは、どの子かご指名して一晩過ごすのだろう。  未来の奥さんが気の毒だな、と思う。こっちはいい具合に幻滅できて良かったけど。 「一番いい部屋に案内してくれ」 「ふぁっ!?」  が、何故か次の瞬間、オレの身体はぐわりと持ち上げられていた。

ともだちにシェアしよう!