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第40話
互いに裸になった身体を隙間なくぴったりと合わせる。それに安堵したように、どちらともなく吐息が漏れた。
万里は雷音に跨って座り、戯れるように首筋や頬に軽いキスを落とす。雷音も同じように頬に口付けると、背中に腕を回して万里を抱きしめた。
「好きです、ずっと前から」
「…は?」
「好きです」
「ちょ、何やの」
万里が驚いたように身体を離して雷音の顔を覗き込んだ。雷音は困惑しながらも頬を染める万里の額に口付けを落として、ぎゅっと抱きしめた。
「好きになっちゃいけないって思ってたから。明神組だし、若頭だし、何か全部めちゃくちゃだし」
「めちゃくちゃやて失礼やあらへん?」
言われ慣れているとはいえ、まさか雷音にまで言われるとは思っていなかった。万里は不貞腐れたように唇を尖らすと、そこに雷音が軽く噛み付いた。
「だって、めちゃくちゃでしょ。一人で稲峰組の連中相手にするとか」
「下手こいて捕まったやん」
「だからめちゃくちゃでしょ…。殺されてもおかしくなかった」
おかしくなかったのだ。稲峰にその根性がなかっただけで、稲峰でなければ万里は確実に殺されていた。だからこそ今、自分の腕の中に居ることは奇跡だと思っている。
雷音は万里を抱き締めると、首の後ろに見えたタトゥーを指で撫でた。十字架の周りの文字のようなものを一つ一つなぞると、万里が擽ったさから身を捩った。
「ごめん…。これ、文字ですよね」
「え?ああ…クメール文字やて、カンボジアの」
「へぇ…なんて書いてるんですか?」
雷音は万里の髪をあげて頸に口付けた。万里は雷音の肩に頭を置いて、うーんと口籠った。
「え?まさか知らないとか?」
万里のことだから有り得ると蛾眉を顰めると、万里が首を振った。
「そんなわけあらへんやん。…youkoとmisato。あとは日付」
「ようこ?みさと?」
人の名前なのかともう一度見てみたが、まったく馴染みのない文字はどれが”yoko"でどれが”misato"なのかは分からなかった。
「女性の名前…ですよね?」
「ちゃうっちゅうか…俺の、ほんまのおかんとおとんの名前と、その…命日や」
雷音の身体が一瞬、強張ったのが万里には分かった。万里はそれに息を吐くと雷音の目を見た。
それ見たことかと言わんばかりの顔で、赤い目が困惑しているように見えた。
「あんた、この話好かんやん?」
「そりゃ…好きな人は居ないでしょ」
自分が大事にしている人間の辛い過去の話を好きな人間なんて、世の中のどこを探しても居るわけがない。
好きな人には幸せに過ごして欲しいし、辛い思いをして欲しくない。それが普通に抱く感情だと思う。
それが変えられることのない過去だとしても、やはり、思い出して辛いと感じて欲しくはないものだ。
「せやけど、俺…悔しいとか怖いとか悲しいとか思うてへんもん」
「え?」
まるで心の中を読まれたかのような返答に、雷音は驚きを隠せなかった。
「いや、確かにおかんとおとんが死んだっていうんを理解した時は悲しいって思うたで。焼き場でちっさい骨壷に入った親を見た時は、間近に死を感じて恐ろしいなった。自分の生活がいきなり変わってもうて、日常が崩壊していくんが子供ながらに分かったんや。親がおらん自分がどへんなるんやて不安なったわ。やて、そないなんはすぐに杞憂やて思えた」
「明神組ですか」
「せや。善も悪も見た目で判断するにはガキすぎて、それに幸いなことに俺は昔からこないな性格やから極道ん家に連れて行かれて今日からここが家やて言われても安堵はしても困惑はせんやった。かーかはべろべろに甘やかしてくれるし、365日代わる代わる組員が遊び倒してくれた。そないな中で育ったからって言うわけやないけど俺は明神ん家が好きやし、極道も性に合うてると思うとる。それに、俺がここでこうして雷音と抱き合うてれるんも、明神万里やからやもん」
万里は雷音から離れると、そのままベッドに上体を倒した。雷音は複雑そうな顔をしながら万里の太ももを撫で、腰を掴むとそのまま引き寄せた。
「確かに、そうだけど…」
腑に落ちないのかぶつぶつと言いながら万里の片足を肩に掛けて、まだ柔らかい蜜壺に育ちきってない雄を捩じ込んだ。
「あ、うわ…、ちょ…」
万里が驚いた声を上げたが、雷音はそのままぐんぐんと奥へと進む。不思議なことに育ちきっていないペニスは万里の中に入り込んだ瞬間に、その悦楽に応えるように芯を持ち熱の塊へと姿を変えた。
「はぁ…、ん」
万里が熱の篭った吐息を漏らす。話の途中なのに!と言うにしても、それよりも快感に漏れる吐息しか発せない。
ゆるゆると腰を振られて、万里のペニスも頭を擡げた。腹のすぐ裏を突かれると、足が勝手に跳ね上がる。
中から無理矢理、快感を与えられている刺激に唇を噛んだ。
「ら、雷音…あ、まて、待って…」
腰が浮き上がる。次第に雷音の動きが緩やかなものから強いものに変わる。ずんずんと奥を突かれて、万里は自分の腰を掴む雷音の腕を掴んだ。
ぐっと力が入り、爪が雷音の腕を傷つけても雷音は万里を攻め続けた。
「あぁ、おく…、あ…んっ…、ああ…、あ…あかん……」
万里は自分で震える雄を掴んで、ゆるゆると扱き始めた。肌を粟立たせ短い呼吸を繰り返し、子犬のように鳴く。
強く攻めずに万里が快感に溺れていく様を舐めるように見ながら、雷音は浅い呼吸を繰り返した。
「すごいね、気持ちいい?」
快感に惚けた万里は浮かされたように何度も頷いた。頬の赤い傷も赤い左目もいつもより一段と色付いているように見える。
雷音は上体を倒して、頬の傷を舐め左目に口付けを落とした。
「あ、キス、キスして…イキそ、いく」
腕を回してくる万里に答え口付ける。舌を絡ませながら、限界の近づいた万里の熱を代わりに掴んでゆっくりと扱きながら先っぽを撫でると、中に居る雷音を強く締め付けた。
そのせいで腸壁のヒダが雷音を中で擦り上げ、思わず身体を震わせた。
舌を絡ませながら絶頂の近い万里が全身を強張らせた。だがその時、雷音は万里の中からペニスを引き抜いた。
急に空虚となったそこに万里が驚くと、雷音は万里の身体を引っくり返して膝立ちにさせ腹に腕を回すと一気にペニスを突き刺した。
「うぅ、あぁ!…あぁ!!」
一瞬だけ、目の前が白くなったような気がした。崩れ落ちそうになった身体を支えられすぐに強く腰を当てられ、万里は飛びかけた意識を掴んだ。
「ら…、雷音、あぁ!ちょ…ぉ、まって、ああ!!」
「気持ち、いい?」
「あ…、ああ…っ!いい、ぃ…っちゃぁ、イく!イかせてっ…!」
万里が懇願すると、雷音は万里のすでに達しているかのようにべちょべちょになったペニスを強く扱きだした。そしてピンっと立った乳首を指先で弾き、ぎゅっとつまみ上げた。
「ひ…っ!!あぁ…あ…!!あ…、イく…っ!!!」
途端、今までで一番の強い締め付けが雷音を襲った。だが雷音はそれに争うように腰を穿ち、そして再奥に思う存分、熱を吐き出した。
二人してベッドに倒れこみ、息を整えながらゆっくりと口付けを交わしぎゅっと抱き合った。
「一新一家若頭補佐…なぁ」
万里はバスタブに浸かり向かいに座る雷音を見て、自分も人のことは言えないがお前も大概どうだと思った。
乳白色のお湯と同じような色をした髪を撫で上げて微笑まれても、凄み全然ないですよと笑ってしまう。やはり造形が異常に良いだけのイケメンとしか言いようがない。
「にーちゃんの雨音はわりかし格闘技は齧ってるみたいやけど、大丈夫なん?」
「俺も、ある程度は出来ますよ。ただ、あまりそういうの好きじゃないんです。俺の場合はホストって仕事やってたから、コミュニケーション能力だけは培われたから。その点、兄はそこがどうしても苦手なとこがあって」
「雷音って雨音が好きよな」
「……え?」
雷音は妙なことを聞いたと言わんばかりの顔をして万里を見た。聞き間違いかと、形の良い眉を歪めたくらいだ。
だが万里はゆっくりと雷音に近づくと、雷音の上に跨るように座った。
「ちょっと、そんなんしたらまた入れたくなる」
「絶倫かいな」
「じゃなくて、今の…」
「え?好きやったんやろ、ずっと雨音のこと。兄弟とか家族とかやのうて、惚れとった」
万里が言うと雷音は身体を強張らせた。万里はそれに笑って頬を撫でると、軽くキスをした。
「雨音は気ぃ付いたあらへん。あんたを見てる俺やからこそ分かっただけや。俺に初めに惹かれたんは、雨音に似てるからや」
「え、ちょ、待って…。に、似てる?え、何…」
「中身はちゃうけど、雰囲気は似とるかなって。ああ、責めてるわけやないで。今も雨音のことが好きや言われたらあれやけど」
雷音の目がぐらっと揺らいだ。今までひた隠しにしてきたことが、いとも簡単に暴かれてしまったことへの戸惑いからだろう。
万里は少し泣きそうに見えた雷音に口付けると、ゆっくりと抱きしめて頭を撫でた。それに雷音はゆっくりと深く大きな息を吐き出した。まるで、腹のなかにある全てを吐き出すように。
「確かに、俺は兄がずっと好きでした。でも兄は俺をどうしても受け入れられないみたいで、拒絶されてるのは分かってて。どれだけ愛があっても何にもならないんだって、ずっと思ってました。ホストし始めたらそれがもっと強くなって、見た目だけ褒められても何かそれしかないって言われてるみたいになってきてしんどくて。BAISERに移ってもそれは同じだったけど…万里さんに逢った」
「初めは逃げ回られたな」
「そりゃ逃げるでしょ。俺は一新一家の人間だし、それを知られるのだけは避けたい。なのに家に転がり込んでくるわ殴られそうになってるとこを助けに来るわ、攫われるわ…」
雷音は万里の首筋に口付けを落として身体を離すと、万里の額に額を合わせた。
「似てるから好きになったとかじゃないですよ。あなただから好きになったんです」
「ふふ…せやないと困るわ。兄ちゃんの代わりやて言われたら悲しいやろ?」
「そんなわけないでしょ」
言って、二人して笑った。
バスルームから出て、バスローブを纏うと二人でベッドに雪崩れ込んだ。時間はあっという間に過ぎて、次はいつ逢えるのだろうかと思うと切なくなって雷音は万里の手を握った。
「一新一家の若頭補佐を就任したのは、そうすることで兄が納得してくれるのもありましたけど、少しでも万里さんに近づきたかったからなんですよね」
「え?俺?」
「同じ極道の世界に身を置けば、今回みたいに力を貸せることがあるかもしれないし何かあった時にすぐに分かるでしょ。あなた無謀な人だから」
「無謀て」
「邪な理由ですけどね、でも、あなたと同じ位置に立ちたかったんです」
「かいらしい子やねぇ。あ、せや、俺、携帯なくしてもうてん。あの騒動でどっか行ってもうて、番号…」
万里はナイトテーブルにあったホテルの名前の入ったメモを一枚取ると、メモスタンドに立ててあったペンを取った。
そして名前と番号を書くと雷音に渡した。
「俺のプライベートな番号やらか、誰や他に出らんから」
「……」
「なんやの見た目に違って、綺麗な字を書くんですねーて言うたらええやん」
メモを受け取った雷音の顔を見て、万里が不貞腐れた顔をしながら言った。
「いや、だって…」
綺麗というよりも、字の練習帳のお手本に載っているような完璧な字だ。確かに万里の見た目からは想像が出来ない字だ。
名前と数字だけしか書かれてはいないが、その少しの文字だけで美しい書体だというのがよく分かる。
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