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1-②

 土手を登りきり、両手を挙げて伸びをする。遠くから「おーい」と言う声が聞こえて、啓介はそちらに目をやった。 「二人ともなにやってんの……って、うっわ、泥だらけ。ってか、もしかしてそれ血?」  自転車に乗って近づいてきたクラスメイトが、血の付いたシャツを見るなり驚いて急ブレーキをかけた。甲高い音が鳴り響き、啓介は思わず耳を塞ぐ。 「なに、またからまれたの?」 「そう、聞いてよ。僕、一人で帰ろうとしたらね、椚高校のヤツがここで待ち伏せしてたの。これで三回目だよ、酷いでしょ?」  拗ねたように口を尖らせて、首を軽く傾ける。華奢な見た目と綺麗な顔のせいで、制服を着ていなかったら女子に見間違えられそうだ。  クラスメイトは一瞬、啓介に見惚れたように息を呑んだが、ハッとして言葉を続けた。 「何でそんな絡まれるようになったんだよ」 「んー。初めて会った時にカラオケ行こうってムリヤリ誘われたんだけど、それを力づくで断ったから?」    直人とクラスメイトが「うわぁ」と同時に顔をしかめる。同情めいた眼差しを向けられたが、啓介はにっこり微笑んだ。 「僕は可愛いからね。しょーがない」 「まぁ、そうだけどさぁ、気を付けろよ」  心配そうに啓介の肩を叩き、「じゃあ、またな」と、クラスメイトは自転車のペダルに足を乗せる。 「ばいばーい」  走り去る自転車に向かって、啓介は大きく手を振った。それから意味もなく辺りを見回し、山しかない風景に改めてうんざりする。 「ほんっと、いつ見ても代わり映えしない景色。あーあ、東京行きてー」 「行きゃいいじゃん」 「わかってないなぁ。遊びに行くんじゃなくて、住みたいんだよ。そんで、僕にしか出来ない仕事がしたいの」 「ふーん」  北関東三県のうちの一つ。古くから織物で有名なこの町は、山と川に囲まれ、田舎と呼ぶに相応しい自然に恵まれていた。  かと言って不便かと聞かれればそんなこともなく、全国的に普及している飲食店や量販店は大体揃っていたし、小洒落た店も少数ではあるが存在する。なにより特急列車に乗れば、二時間余りで容易に都内に行くことも出来た。  普通に生活する分には全く問題ないのだが、なんとも中途半端で常に物足りなさを感じる。  啓介にとってこの町は、兎にも角にも退屈だった。 「あー。そっか」  無造作に停めた自転車のカゴに鞄を放り込みながら、ふいに思い付く。 「直人はこのチャリ見て、僕が高架下にいること気付いたのか」 「そうだよ。こんな土手の真ん中に唐突に停めてあったら、どうしたんだろって思うじゃん」  直人は自分の自転車にまたがると、舌打ちを一つ残して啓介を待たずに漕ぎ出した。絡まれる度に喧嘩に応じてしまうことに腹を立てているのかと思い、啓介は直人に追いついて「ごめん」と告げる。 「心配してくれて、ありがとね。これからは、なるべく喧嘩しないから怒んないでよ」 「喧嘩? あぁ、うん。ホント気を付けろよ」 「あれっ。怒ってる理由、喧嘩じゃないの?」 「は? 俺は別に怒ってないし」  いやいや、怒ってるでしょう。と、啓介は直人の自転車を足で小突いた。ぐらりと自転車が揺れて、直人は慌ててハンドルを切る。 「危ねぇな。ばーか」 「直人って口悪いよね」 「すぐに手と足が出るお前もどうかと思うけど。あと、自分のこと『僕』って言っても違和感ない見た目なのに、俺より喧嘩つえーとこもコワい」 「つまり僕は、強くて可愛くて最強ってこと? 直人、褒め過ぎぃ」  返事の代わりに、直人は大きなため息を一つ吐いた。

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