3 / 71

1-③

「前から思ってたんだけど、その女っぽいキャラ疲れねぇの?」  ゆっくりペダルを漕ぎながら、直人が呆れたような声色で言う。  ノロノロしたスピードで並走していた啓介は、「は?」と顔をしかめ、次の瞬間、勢いよく速度を上げて一人先に行ってしまった。  置き去りにされた直人は、ポカンとしたまま遠ざかる背中を眺めていたが、我に返り慌ててペダルを踏み込む。 「オイ、何だよ急に。啓介っ」 「先帰る。じゃーね!」  啓介は振り返って直人を睨み、すぐにプイッと前を向いてしまった。直人は舌打ちしながらも、更にペダルを漕ぐ足に力を込める。 「待てってば! 何で啓介は短時間でジェットコースターみたいに機嫌良くなったり悪くなったりすんだよ」  追いついた直人が啓介の肩を力任せに掴んだ。その拍子にバランスが崩れて自転車が傾き、啓介は「うわっ」と悲鳴を上げる。何とか転ばず持ちこたえ、漕ぐのを止めて惰性で走り続ける自転車の上で冷や汗を拭った。 「ちょっと、馬鹿なの? 走りながら引っ張んないでよ」 「じゃあ逃げんなって。なに、俺どの地雷踏んじゃったの。教えて」 「どーせ直人は僕のこと、こいつキャラ作って痛いなーとか思ってたんでしょ」 「そんなこと言ってねぇだろ」  また啓介が走り去らないように、直人は肩を掴んだまま諭すように言葉を続けた。 「お前が無理してんじゃねーかって、心配になっただけだよ。学校の人気者で皆からもそのキャラ求められてて、疲れるんじゃないかって」 「なにそれ」  鼻で笑った啓介は、直人から視線をそらした。幹線道路を走る車を眺めながら、さてどうしたもんかと思案する。「これが素だよ」と言ったら、直人はどんな顔をするだろう。  啓介の女性っぽい仕草や口調は、『キャラ』と言えばそれで全て片付けられた。小中高と、今まで茶化されることもなく平穏に過ごせてきたのは、見た目の良さと喧嘩が強かったお陰かもしれない。  女子に囲まれて賑やかに雑談していたとしても、それで男子に妬まれることはなかった。啓介が「ガールズトークなの」と言って微笑めば、そんなもんかと納得してくれる。女子は女子で「啓介はみんなのもの」という認識らしく、抜け駆け出来ない状態なので、面倒な告白に煩わされることもない。  啓介の心と体の性別が一致しているのか、いないのか。  その辺は曖昧にぼかしたまま誰も直視せず、それこそ「そういうキャラ」としか思われていなかったとしても。  それでも今の状況は啓介にとって、とても楽で有難かった。 「別に無理してないよ」  本心だったが、高校から知り合った直人がどういう風に受け取ったかは、解らない。何となく「本当に?」と言いたげな視線を感じたが、啓介は川に架かる橋を無言で下った。相変わらず肩には直人の手が置かれたままで、頬を撫でる風は生暖かくて湿っぽい。 「今日バイトだよな。じゃ、また後で」 「うん、じゃあね」  橋を下り切り、分かれ道に差し掛かると直人が軽く片手を挙げた。啓介もそれに応えるように手を振る。  一人になっても先ほどまで直人の手が置かれていた肩が熱くて、それを振り切るように自転車を漕ぐ速度を上げた。

ともだちにシェアしよう!