20 / 71

6-③

「ねぇ、震えてんじゃん。大丈夫? 顔も真っ青だよ。なんでそんな怖いのに、コンテストなんか出ようと思ったの」 「うるっさいな。私も昔は、自分で応募したくせに本番で引くほど緊張してる先輩見て、『何やってんの』って思ったよ。でもさぁ、実際結果出して注目されたら、怖くなるんだよ。千人以上いるアパレルデザインコースの生徒の中から選ばれた時は、夢みたいって浮かれてたのに。でもすぐに、『甘ったれんな』って現実にぶん殴られた」  笹沼が舌打ち混じりに言い捨てた。小柄で可愛らしい見た目に反して、中々に口が悪い。今まで蓄積してきた不安や不満を一気に解放するように、啓介相手にまくし立てた。 「コンテストの出場権を獲得して舞い上がってたけど、準備してると嫌でも思い知るじゃん。あのコ私より上手いなとか、私ってホントは才能ないんじゃないのとか。しかもさぁ、優勝だ準優勝だなんて一喜一憂しても、しょせん大学内のハナシで、ここってまだ井戸の中なんだって気づいちゃって。気が遠くなるよね。この後、大海に放り出されるのかと思うとゾッとする」  笹沼は震えながらも作業の手を止めない。痛々しくて見ていられないと思いつつ、啓介は目を逸らせずにいた。  奇妙な既視感があった。  進路調査票に書いた桜華大の名を、怖気づいて消した自分の姿と重なる。  ふわふわした憧れが、急に具体的な進路となって圧し掛かってきた。あの時感じた恐怖の先に、この人はいるんだ。現実を突きつけられた怖さを克服して先に進んでも、また新しい恐怖と戦わなければならないのか。 「気持ちが解る」など、口が裂けても言えない。先ほど笹沼が言った通り、自分はまだスタートラインにすら立てていないのだから。  その代わりに啓介は、純粋な疑問をぶつけてみることにした。それはもしかしたら、とても残酷な問いかもしれない。それでも先を行く人の答えが欲しくて、身勝手だと自覚しつつも躊躇いがちに口を開いた。 「どうしてそれでも止めないの。これからも、続けるの?」 「続けるよ」  軽くいなされるか怒鳴られるかの二択を予想していた啓介は、笹沼が「続ける」と即答したので絶句した。 「続けるって言うか、多分、やめられないって言う方が正しいのかな。頼まれた訳でもないのに、作りたい服が後から後から湧いてくるの。だから、きっと作っちゃう。そうすると誰かに見て欲しくなって、こうやってコンテストに挑戦しちゃうんだろうな。馬鹿だよね。でもさ、まだ『服作りが趣味です』って言うには、私の野心は生々しいの」  笹沼の本音を聞きながら、息を止めて唇を噛み締めた。そうしていないと今度は、叫び出してしまいそうだったから。自分の内側から、制御できない感情が湧き上がる。  例えようがなかった。  怒りや嫉妬にも似ているし、歓喜にも似ている。 「茨の道だよね。私もまだまだ入り口を覗いたくらいで、なのにこんな有様。でも、この道を進んだからこそ会える仲間がいるような気がしてさ。だから、まだもう少し進みたい。これで答えになってる? さてと、出来上がったよ。さぁ、行こう」

ともだちにシェアしよう!