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6-④
笹沼の震えはいつの間にか収まっていた。晴れ晴れとした表情で舞台袖に向かって歩き出す。その背中を眩しそうに見つめ、啓介は「ありがとう」と告げた。
「ねぇ、教えて。今の僕に何ができる? あなたの足を引っ張りたくない」
「あんた、質問ばっかりだねぇ。いいよ。今はもう、その服着てくれただけで八割満足。あとの二割はそうだなぁ、転ばないでランウェイ行って戻ってきたら、もう充分」
再び会場内に流れる音楽が変わる。
その瞬間、笹沼の表情が引き締まり、「始まった」と小さく呟いた。
「良かった、間に合った!」
舞台袖に到着した笹沼と啓介を、里穂は泣き出しそうな顔で出迎えた。もう既に二人目が舞台に出ていて、かなりギリギリだったのだなと胸を撫で下ろす。笹沼が、啓介の背中に手を当てた。
「私が背中を押したら舞台に出て。大丈夫、あんた向いてるよ、こういうの。あんたが抱えてるモヤモヤしたやつをさ、置いてくるつもりで行っといで」
「わかった」
大きく息を吸った。
少しの間を置いて、笹沼がそっと啓介の背中を押し出す。
その手は驚くほど優しかった。
不思議な高揚感に包まれる。
まるで暗い海に船出するような気分だ。
白くてまっすぐ伸びているこの舞台の先は、どこに続いているのか見当もつかない。痛みと引き換えに進み続けるのかと思うと眩暈がする。
それでも、誓いを立てるような気持で一歩一歩踏みしめた。
どれだけ進んでも、どこにも辿り着かないかもしれない。
才能のある者たちが、更に努力を積み重ねて戦う世界。
誰の目にも留まらないかもしれない。
凡庸な自分に絶望するかもしれない。
必死にあがいても溺れるかもしれない。
そんな姿を笑われるかもしれない。
一人寂しく朽ち果てるかもしれない。
だけど。
それがどうした。
「望むところだ」
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