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9-⑤
「良かった、やっぱり男の子だよね。いや、男の子って聞いてたけど見た感じが思った以上に華奢で綺麗だったから、女の子なのかなって焦っちゃったよ。用意した衣装はメンズだしさ」
二十代半ばに見える松永は、近所の親しみやすいお兄さんといった雰囲気があった。「男の子だよね」と言う言葉に悪意はないだろうし、啓介も不快に思ったりしない。
ただ、そう問われると「どっちなんでしょうね」と聞き返したくもなってしまう。その答えを、誰よりも自分が一番知りたいのだから。
「男の子でも女の子でも、どちらだっていいじゃないの。梅田君なら、どんな服でもちゃんと着こなすわ」
啓介の隣に並んだ緑川が、何でもない事のようにそう言った。啓介を庇うわけでも励ますわけでもなく、純粋に言葉通り「どちらでもいいじゃないの」と思っているらしい。啓介は大きな瞬きを繰り返す。そんな風に言われたのは初めてで、新鮮な感覚だった。
男でも女でも、どちらでもいいのは凄く楽だ。
「梅田君、衣装のことは気にしないで。むしろ、そちらに気を取られて自由に動けないんじゃ、良い写真も撮れないわ。大丈夫よ、もし思いっきり破ってしまっても、編集長が買い取ってくれるから」
あははと豪快に笑い、行ってらっしゃいと啓介の背中を押す。松永に促され、啓介は更衣室に足を踏み入れた。
そこには先客がいて、スタイリストの手を借りながら男性モデルが既に着替えている最中だった。年の頃は啓介と同じくらいで、明るい栗色の髪とグレイを帯びた青い瞳が印象的だ。
目鼻立ちの整った顔が、こちらを向く。
「もしかして、ブレイバーのモデル? 俺もそう。今日はよろしくね」
その容姿から外国人かと思ったが、日本語のイントネーションは完璧だった。
「……こちらこそ、よろしく」
「ん、何か引っかかった? あぁ、外国人だと思ったのか。こんな見た目でも俺、日本人だから。まぁ母親はアメリカ人だけど」
啓介の返答が一拍遅れたので、彼はそう解釈したらしい。啓介はゆっくり首を横に振る。
「あー。ううん。それもあるけど、さっきモデル二人のバチバチしたのを見ちゃったから。ずいぶんフレンドリーだなぁと思って」
「アンタにそんな露骨に嫌な態度はとらないよ。腹ん中じゃ色々思ってたとしてもさ。表面上は仲良くしといて損はないでしょ。問題児だと思われて撮影に呼ばれなくなってもヤだし」
着替えを終えた彼はその言葉を残し、早々に控室から出て行った。
ささくれ程度の小さな棘が、チクリと刺さる。つまり彼は、腹の中で色々思っていると言うことか。そしてそれを隠そうともしない。
モヤモヤしながら啓介は、松永が広げてくれた白いワイシャツに袖を通す。
「うわ、コレ肌触りいいね。コットンポプリン?」
「そう。よくわかったね」
苛ついていたことも忘れ、啓介は感嘆の声を上げた。サラサラした肌ざわりなのに、ハリのある生地が心地いい。「だけどなぁ」と、啓介は松永が手にしている残りの衣装を見て、惜しそうに唸る。
「もしかして今日のコーデって、スーツなの」
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