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9-⑦

「それ、今月号の『ハミエル』の切り抜きじゃない? えっ、凄い。僕、自分以外でハミエル読んでるヒト初めて見た! その雑誌、超マイナーだけど良いよね」  ハミエルは一般的なファッション誌と違い、ゴスロリ専門誌だった。薔薇や十字架のモチーフに黒を基調とした洋服たち。そこに赤や白の差し色が入る。凝りに凝ったマニアック過ぎる雑誌で需要が低いせいか、啓介は今まで一度も店頭で売られているのを見たことはなかった。それでも、内容の良さと付属されているブラウスや小物の型紙が目当てで、毎月わざわざネットで購入している。  今までハミエルについて誰かと話す機会など皆無だったので、啓介は嬉しくて興奮気味に話しかけた。  少年が驚いたようにノートから目線を上げる。髪をセットされている最中で頭を動かすことのできない少年は、鏡に映る啓介を見た。数秒のあいだ無言が続き、鏡越しに見つめ合った状態で固まる。つい勢いで声をかけてしまったが、マズかったかなと思い始めた頃、少年がようやく口を開いた。 「……こっちのページは、甘ロリの『パステル』」  少年がページを捲って鏡にノートを写す。それはハミエルよりも更にマイナー雑誌で、ノートにはレースを贅沢に使ったピンクや水色の甘めなロリータ服が並んでいた。 「パステルも読んでるんだ、僕もその雑誌たまに見る。ねぇ、そのノート、気に入った写真切り取って貼ってるの? 自分だけのカタログみたいで面白いね」  啓介は身を乗り出して凝視する。無地のノートに小物や服の写真が貼られていて、所々文字も書きこまれていた。 「私、ファッション誌の編集になりたいから、誌面作りの真似事してるんだ」 「私」という一人称が引っかかり、啓介は小さく首を傾げる。少年と思ったが女の子なのだろうかと、改めて隣を見た。  丸みのあるショートヘアで肌は白く、ガラス玉のような瞳をしている。白いブラウスの襟元には大きな黒いサテンのリボン。ジャケットを羽織り、ひざ丈のパンツを合わせている姿は、まるで上流貴族の令息のようだった。声は女の子かもしれないと思えばそう聞こえるし、変声期前の男子のようにも思える。 「キミ……」  女の子? と聞こうとして慌ててその言葉を飲み込んだ。まさかそれを自分が言う側になるとは思わず一瞬狼狽えた後、誤魔化すように言葉をつづける。 「えっと、中学生?」  取り繕ったが、こういうのは敏感に悟られてしまうものだ。自分がそうであるように。しかし特に気分を害した様子もなく、少年か少女かわからない子は、頭を動かさずに目だけ伏せて頷いた。 「うん、中二。お兄さんは?」 「僕は高二」  ふーんと答え、その子は再び自作のノートをパラパラめくり始める。

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