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10-③

「よし、快と永遠は抜けていいぞ。名無しはそのまま残れ」 「えーっ。なんでコイツだけ一人で撮るんだよ。ズルいだろ」 「お前たちは他の場所で少しはモデルの経験があるんだろ。名無しは事務所も決まってない、今日が初めてのド素人なんだよ。少し場慣れしてもらわにゃ困るだろうが」  啓介は眉をピクリと上げる。全くその通りなのだが、何だかイチイチ癪に障る言い方だ。  快は加勢の言葉に軽く目を見開いた。 「は。コイツ今日が初めてだったの? 態度デカすぎない?」 「ねえねえお兄さん。名前決まってないなら『刹那(せつな)』にしなよ。永遠とペアっぽくていいでしょ」 「おい永遠。それじゃ俺が除け者みたいだろ、ダメだそんなの」  快が人差し指で永遠の頭を軽く小突く。「良い案だと思うけど」と、不満そうに永遠が口をへの字に曲げた。 「ありがとう、永遠。でも、刹那なんて、すぐ消えちゃいそうな名前じゃない?」 「そんなことないよ。刹那って、永遠よりも永い時間な気がする」 「へぇ。哲学的ね」  啓介が感心しながら唸ると、快は「さっすが中二病」と揶揄うように笑った。頬を膨らませる永遠を慰めながら、ことごとく快とは気が合わないなと啓介は思う。 「ほら、お前たちはいいからもう行けって。名無しはそこで好きなポーズとってみろ」  追い払われた快と永遠が照明の下から()けて、啓介は一人取り残された。好きなポーズと言われても。はて、と少し考えた後、スーツの形が綺麗に見えるように思い付くまま動いてみた。 「んー。悪くねぇけどつまんねぇな。もっとイイ顔してみてよ」 「良い顔って、どんな顔?」  啓介は息を吐きながらぐるりと首を回す。加勢の言うことは、何だか抽象的でピンとこない。加勢がシャッターを押すのを止め、カメラを降ろした。   「さァな。俺がそれを一言で説明できりゃ、何の苦労もねぇんだけど。お前、顔は綺麗だけど人形みたいなんだよな。なんにも伝わってこねぇ」 「服さえよく見えれば良いんじゃないの」 「そんならマネキンで済むハナシだろ。そうじゃねぇんだよ。もっと感情を乗せてくれよ。カメラの向こう側にいる人間の心臓を、握り潰すつもりでさ」  啓介は考え込むように顎に手を添える。 「つまり、加勢さんの心臓を握り潰すつもりでってコト?」 「俺も含めて、もっと先まで」  漠然とした例えに、啓介は困ったように首を傾げた。ヘラヘラしていた加勢の顔から笑みが消える。 「お前が今立っている場所に、辿り着きたくて死ぬほど努力しても叶わない奴がゴマンといる。そんな奴らが雑誌を手に取ってお前を見た時『何でこんなヤツが』と失望するのか、『いつかこんな風になりたい』と憧れられるのか。お前は何になりたい? どんな風に見て欲しい? 誰に何を届けたい? お前はどんな武器を手に入れたいんだ」

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