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顛末

「こういうの、もう終わりにしない?」  安っぽいホテルの一室。一人先に身支度を整えたミズキが、此方を振り返る。対する俺は裸でベッドに転がったまま。顔だけ上げて見れば、ふっと視線が逸らされる。 「何だよ急に」 「ほら、奥さんにも悪いし、さ」 「んなもん今更だろ」  ひらひら揺らす俺の左手には指輪がある。一年と少し前、コイツと会って初めてホテルにしけ込んだ日も、薬指に銀色が嵌っていた。  ミズキは言いづらそうに唇をもごつかせ、口籠る。俯いた拍子、薄い色した髪の隙間から耳朶が覗いて、ピアスが鈍く光った。ブリーチした派手な頭にいくつも開いたピアス。見た目はホストのようだが、一応会社員だと聞いたのはいつのことだったか。  ミズキ曰く、俺達は同じ高校に通っていたらしい。が、俺はまったく記憶にない。学年も二つ下だ。接点もろくになく、実際、会話したことはないという。なら何故俺のことを知っていたのかと尋ねたら、 『宏崇さんは有名人だから』  なんて笑っていたが。まあ、高校の頃は多少荒れていたから、悪名が聞こえていたのかも知らん。  俺が覚えているミズキとの初対面は、ゲイバーで向こうから声を掛けてきた時だ。  後腐れの無い相手を探して何度か訪れた店だった。男を対象にしたのは、中出ししても妊娠の心配が無くて楽だとか、我ながらクズな理由。自分で言うのも何だがツラは整ている方だし、肉体労働でガタイが良いからか、その手の店に行けば手ごろな相手が寄って来た。指輪を外さなくとも釣れるのだから楽なものだ。  ミズキも釣れたうちの一人だった。たまたま声を掛けて来たから、男にしては綺麗な顔だから、抱いただけ。それが二度三度と回数を重ねて今日まで続いたのは、偏にコイツが連絡を切らさなかったからだった。体の相性も良いし、女みたいにベタベタ鬱陶しくされることもない。都合の良い相手。気が乗らないからと断っても次の誘いは無くならず、日を開ければ何事もなかったかのように連絡してくる。此方も気が向いた時声を掛ければ、拒まれることは殆ど無かった。  そんなこんなで気付けば一年越えの付き合いになる。大体会ってセックスするだけの関係でも、回数を重ねれば、それなりに相手のことが解ってくる。例えば、口数多く派手な外見のわりに根は真面目だとか、そのくせ妙なところで抜けていて隙があるところだとか―――俺に向けられる、無垢な子供みたいな思慕が混じった熱っぽい視線だとか。 「……おい」 「え?……っ、!」  ベッドから起き上がり、俺より一回り細い手首を掴む。部屋から出ようとしていた筈の体は、ほんの少し力を籠めるだけで簡単に引き戻せた。そのまま、シーツの上に押し倒し、圧し掛かる。細い眉が顰められ、眉間に皺が寄る。 「……何?もう終わりって言ったじゃん」 「知らね」 「はあ!?勝手なことばっか言うなって……んむっ!」  声を荒げて文句を垂れる口を、キスで塞いで黙らせる。両手で肩を押し返してくるが、生憎、コイツの抵抗なんぞ簡単に押さえ込めてしまう。筋肉がつきにくい体質なのか、ひょろりと細い身体は腕力も俺の半分位しかない。マウント体勢になった時点で勝敗は決していた。  往生際の悪い男は最後の抵抗とばかりに唇を引き結んでいる。が、ぴたりと閉じた袷目を何度も舌でなぞり、唇を啄んでいると、次第に力が緩んでいく。駄目押しに、膝で股間をぐりぐり押し込めば、間近に見える目がかっと見開かれる。たぶん「やめろ」と抗議したかったのだろう。その開いた隙に舌を捻じ込む。 「んんんんん――――っ!!?」  くぐもった声が咥内に響いた。無視して舌を絡めとり、好き勝手に蹂躙してやる。舌肉を掬って舐り、じゅるじゅる啜っては扱いて、逃げようとする度に甘噛みし。コイツが好きな上顎や舌裏を擦り撫でてやれば、微かな抵抗もすぐに止む。 「んん…っふ、ぅ、う…っ」  漏れ聞こえる声のまあ甘いこと。目の前で揺れる睫にも涙が溜まって滴を作る。力の抜けた両手がシーツに落ちたので、指を絡めて繋いでやれば、眉間の皺もすっかり解けた。恋人繋ぎ、なんて野郎二人でお寒い限りだが。毎回律義に照れたり喜んだり、反応が面白いので、セックスする時は大抵こうしている気がする。  吸っては舐り、啜り、飲み込んで。互いの唾液と粘膜の境目をどろどろに溶かしていく。俺が満足いくまで貪って、ようやく唇を離す頃には、ミズキはすっかり食べごろになっていた。  生白い肌を赤く色づかせて、涙で濡れた両目はとろりと蕩けている。はふ、と熱っぽい息を吐き出す唇も濡れて腫れぼったくなって、赤い口腔粘膜と舌をちろちろ覗かせる様が大変いやらしい。 (キス一つでこんな有様のくせに、)  何が『終わりにしない?』だ。  そんな一言で、あっさり幕引きなんて、本気で出来ると思っているのか。  無性に腹が立って、俺はミズキが折角着込んだシャツを引っ掴む。そのまま力尽くで毟り取れば、流石に我に返ったのか、細い手足でじたばたもがいているが黙殺する。元より、腕力でコイツが俺に敵う筈も無い。  そうして薄っぺらい胸板に顔を寄せ、天辺の飾りに齧りつく。粒を引き伸ばすみたいに歯を立てれば、組み敷いた体がぎくんと強張る。 「いった!?やめ、ッ、何すんだよ、痛いって…ひッ!う、やだぁ…っ!」 「うるせえ、黙って喘いでろ」 「ひぃんっ!♡」  思いっ切り歯を立ててから、唇で挟んで吸い付く。乳輪ごと引っ張ってやれば、ミズキのひょろい体は軋んで揺れ、上擦った甘い悲鳴が響き出す。 「や、あっ♡ やめ、乳首吸うなって…ぇ、ひんっ♡ や、やらぁ、あ、吸わないでぇっ♡♡」 「吸いやすいトコにあんのが悪い」  平らな胸の頂でぴんぴんに勃起したエロ乳首。最初より明らかに大きく卑猥に育ったそこを甘噛みしただけで、びくびく腰が跳ねては内腿を擦り合わせている。もぞり蠢く脚の間に膝頭を挟んで妨害しつつ、俺は乳首を虐め倒すのに没頭する。  左右どちらも卑猥に成長した乳首だが、いつも右の方が反応良い。ので、右側は口で執拗にしゃぶって噛み潰してやり、左側は指で弄り回す。指の腹で捏ね、軽く爪を立て。 「ひゃ、う、やら、やぁ…ッ♡♡もぉイくっ♡イっちゃうから離してぇ…ッ!あ、ぁ、ひぁあぁあっ♡♡♡」  ごりゅ、と噛み潰すと同時、きつく爪を立てた直後。ミズキの身体がぴんと伸びて撓った。びくっ、びくっ、と痙攣し、やがてゆっくりと弛緩する様をつぶさに観察する。  乳首だけでイかせるのももう何度目か分からない。以前はここまで淫乱じゃなかった筈なんだが……一度興が乗って前を放置で乳首だけ虐め倒した所為で、すっかりイキ癖がついたらしい。 「はぁ…ふ……うう……」   絶頂の余韻に肌を震わせるミズキは、半ば放心状態で荒い息を吐いている。その胸元に赤い痕がついているのを確かめた俺は、相手がぐったりしている隙に、脱力した両脚からパンツを下着ごと引っこ抜く。  折角シャワーも浴びて、下着も新しいのに変えていただろうに。おざなりに脱がせた下衣は精液塗れでべちゃべちゃだった。ボクサーパンツの前立てに指を乗せれば、粘液が糸を引く。随分薄いそれを指先でねちゃねちゃ弄んでいると、ミズキが両腕で顔を隠し呻いた。 「うう……もーやだぁ!宏崇さん、なんでこんなことすんの?おれ、もう終わりって言ったじゃんかぁ!」 「俺は了承してねえ」 「は?ええ…?いや、流石に自分勝手すぎません?傍若無人か?」 「ほっとけ。おら、ヨくしてやるからさっさと足開け」 「ちょ、やだって、おい!マジで横暴すぎんだろアンタ!」 「うるせえなァ」 「ッ、ひ」  一回出して幾分頭が回るようになってきたのか、ぎゃんぎゃん噛み付き始めたので、黙らせるためにむき出しの性器をぎゅっと握る。途端、ひゅ、と息を飲んで怯える様は可愛いと言えなくもない。まるで肉食動物を前に震える小動物だ。そういえば、『可愛い』の語源は『可哀想』らしい。こうして見るとよく理解できる感覚だ。  可哀想なコイツを無性に可愛がりたくなって、ぬるつく精液を指に絡めて扱けば、手の中のペニスはみるみる膨らみ勃起していく。口で拒絶しても身体は素直、なんて陳腐な事だが。  擦るうちに、ミズキのそれから先走りがどんどん溢れて水気が増す。わざとぐちゅぐちゅ派手な音を立てれば、その音にすら感じてしまうのか、固く目を瞑ったミズキが首を横に振りたくる。脱色された安っぽい髪が踊る度、照明が白く反射して眩しい。 「ん♡んゃ、んんっ♡やだっ、やぁ…っ」 「……」  先より控えめな音量にはなったが、相変わらず嫌だいやだと訴える声。つい舌打ちが零れる。 「…分かった、やめてやるよ」 「っ…ほんとに……?」 「おう」  握った一物を解放すれば、心底安心したように溜息を吐くのがやけに耳につく。勃起したまま放置される方がマシだと。そうか、そうか。  だから俺は、脱力しきってひくつく窄まりに躊躇なく指を捻じ込んだ。 「ひぅんん゛っ!?♡やっ♡ゆび、なんでぇ…ひっ!?♡やめる、て、ゆったぁ…ッ!♡♡」 「チンコ扱くのは止めてやっただろ」  目を白黒させるミズキに構わず中をかき混ぜる。さっきまで繋がっていたお陰で、肉輪は簡単に拡がるし、内部は柔らかい。歓迎するみたいに指を飲み込んできゅうきゅう吸い付いてくる。  まあ、騙し討ちのような真似をして可哀想な気持ちが無いワケでもないが。俺に押し倒されたまんまの体勢で油断したコイツが悪い。  吸い付き媚びる肉襞を指で掻きつけ、前立腺のしこりを撫でて甘やかす。何度となく虐めた弱点はぷっくり膨らんで解り易い。もう目を瞑っても見付けられるくらい、何度も暴いては教え込んできた場所だ。 「あッ♡あぁっ♡らめ、そこダメだからぁっ♡」 「よーしよし、駄目になっちまえ」 「ふぁああぁっ!?♡♡♡」  前立腺ばかりを可愛がっていると、早々に泣きが入ってぐずり出した。ので、適当に宥めてやる。右手は肉孔を穿り返しながら、左手で性器を撫でてやれば、ミズキは悲鳴じみた嬌声と共に背を仰け反らせる。 「だ、めッ♡ちんこすんの、両方…っだめ、出ちゃう、出ちゃうからぁっ!♡♡」  相変わらずダメだダメだと煩いが、ひんひん鳴いているしペニスもフル勃起で涎を垂らしている。悦んでるんだろ。だから止めない。本気で嫌なら噛み付くなり蹴飛ばすなり、方法はあるのだから。  ぐじゅぐじゅ中を抉る指を増やし、肉壁を撫で回しては攪拌する。濡れ解れた胎内は温かい。俺は、ぎゅ、と二本の指でしこりを挟む。 「きゃうんっ!♡♡♡♡」 「はは、トコロテン」  途端、ミズキが子犬みたいな声を上げて精液を吐いた。ぴゅくぴゅく溢れる精液は半透明で、殆どカウパーみたいな薄さだ。尻で絶頂した所為か、快感がいつまでも続いているんだろう。焦点の合わない目をして余韻にぴくぴく震えている。生白い肌は真っ赤に色付いて美味そうだ。 「はー…ぁ……♡♡♡」  惚けている顔を覗き込む。男くささの薄い整った顔は、涙と涎と汗でどろどろに濡れている。おまけに鼻水まで出ているのが面白い。頬も、目元も、ピアスで飾られた耳朶も、どこもかしこも赤い。開きっ放しの口からは甘ったるい吐息と掠れた喘ぎ声。  平素コイツを覆っている強がりをとっぱらった姿。じっと眺めていると、ふらふらと彷徨っていた瞳が数度瞬き、俺に焦点を結ぶ。途端、ふにゃりと。小さな子供が親を見つけた時のような、それか、きらきらしい宝物を見つめるような、凡そ俺なんぞに向けるには相応しくない目で。 「ひろたか、せんぱい」  ソレが俺の名前だなんて信じられないくらい、大切そうに、柔らかい声で呼ぶものだから。 (ホント性質悪ィなあ)  自覚がなさそうなのが尚悪い。盛大に舌打ちして、ずるんと指を引き抜く。それだけでまた甘ったるく鳴くものだから、本当に、心底、性質が悪い。  そうして。追い縋るみたいに収縮する蕾に、すかさず亀頭を宛がい。ずぷん、と。手ずから拓いた肉孔を、ぬかるんだ温かい雄膣を、一気に貫いた。 「お゛ッッ♡♡♡♡」 「っ……は、またイってんのか」  俺が腰を進めるのに合わせて、くったりした半勃ちの性器からぴゅっと汁が溢れる。精液だかカウパーだか潮だか分からない透明な体液。押し出されるようにとろとろ吐き零されるソレと、中がぎゅんぎゅんうねって絡む感触で、またコイツが絶頂を極めているのがよく解る。  熟れきった胎内はあつくて柔らかかった。それでいて、ぎゅうぎゅうキツく締め付けては、俺を奥へ奥へと引き摺り込むように蠢く。蠕動する肉襞に誘われるまま、繋がりを深くしていけば、やがて先っぽが突き当りの曲がりに届く。 「お゛ッぐぅう゛っ♡♡♡ら゛め、らめ゛ぇ゛…ッ、やら゛ぁあっ♡♡♡」 「ッ、だから…何がダメなんだよ!」 「う゛あ゛、あ゛♡♡ああ゛ぁあッ!♡♡♡」  細い腰を引っ掴んでバツンと打ち付ける。亀頭で結腸口を小突いてやれば、潰れた嬌声。けれど、ここまでシてもミズキはまだ頑なで、拒絶の言葉ばかりを繰り返す。いい加減、俺の忍耐も切れそうだ。まあ、最初から我慢なんぞしていないが。 「ら゛め゛、やぁ゛、あ゛ッ♡♡♡」 「……チッ」  苛々する。このまま強引に奥まで嵌めてやろうかと、両手で腰を鷲掴みにしたところで―――ひぐ、と喉が鳴る音。  ミズキが泣いていた。ぽろぽろと零れる涙に面食らう。泣き顔なんざ幾らでも見てきたが、これは、明らかに種類が違う。 「ぅ、う゛うう…う゛ぁあああぁあああんッ!!」  見る見るうちに泣き声が大きくなり、俺は思わず動きを止めた。快楽や羞恥に溺れる、見慣れた泣き顔ではない。幼児もかくや、有り体に言えばギャン泣き。火が付いたように声を上げて泣き出したミズキは、両手で目元を乱暴に拭っては泣きじゃくる。  真っ赤になった顔をぎゅっと顰め、ひぐひぐ不格好にしゃくり上げながら、身も背もなく泣いているのだ。苛立ちも興奮もどこかへ飛んで、柄にもなく面食らってしまう。 「お、おい、どうした?なんで泣いてんだ」 「う゛う…ひぐっ……だってせんぱいが…ッ、うわぁあああん!せ、先輩のバカぁっ!」 「うぐっ…マテ、落ち着け、とりあえずケツ締めんのやめろ…っ!」 「らって、らってぇ゛…っひっく、う、う゛う!」 「わかった、分かったから…いったん抜くぞ?」  しっかり繋がったまま泣き喚かれるものだから、中が締まって俺もキツい。仕方なしに腰を引いてずるりと肉杭を抜く。その際、漏れ聞こえた喘ぎ声には気付かなかったふりをして。俺はベッドに転がると、ミズキの細い身体を抱き締める。 「あー……取り合えず、落ち着け。な?」 「うう゛…ひっ、ぐ……う゛ー……」    極力優しく声を掛け、ぎこちなく背中を撫でる。泣く子の宥め方なんぞ全く分からない。それでも、泣き声は次第に小さくなり、しゃくり上げていた呼吸もだんだんと穏やかになっていく。 「…落ち着いたか?」 「……ん、」  腕の中で静かになったのを見計らい、恐々と撫でる手を止め様子を窺えば、ミズキは鼻をすんと鳴らして頷く。胸元に摺り寄る様は良く懐いた猫のよう。素っ裸で勃起したまま何してんだろうな。一寸ばかり遠い目になりながら、俺は手慰みにミズキの頭を撫でる。  脱色を繰り返したのか、傷んだ髪はパサパサして軽い。元はどんな色をしていただろう。同じ高校だったなら、すれ違うくらいはしていただろうに。まるで記憶にない。それが、少しばかり勿体ないと思う。 「ミズキ」  呼びかければ、抱き締めた肢体がびくりと震える。弾かれたように此方を見上げてくる顔は、ぎょっと目を見開いた間抜け面だ。名前を呼んだだけでこの反応。が、ようよう考えてみれば、声に出して呼んだことは殆ど無かった気がする。 「……宏崇さん」  おずおずと、此方を窺う目はたっぷり水気を含んでいる。涙の膜がきらきらと反射して、睫に溜まった滴が今にも零れそうで。その目がなんとなく甘そうに見えたので、無意識に舌を寄せていた。べろり、表面を舐め上げれば、抱えた身体がぎしりと硬直する。 「ひゃあっ!?な、な、なにしてんの?」 「ん?……あー…味見?」 「人の目玉食べる気か!?」 「うるせえ」 「ぎゃあ!やめ、舐めんな!なんかゾワゾワするぅ…!」  どうやら目玉を舐めるのは性感よりも恐怖が先立つらしい。さっきまで泣いていたかと思えば、ぴいぴい喚いて、忙しいヤツだ。調子が戻って来たとも言える。  喧しい抗議は全部聞き流して、額を合わせ瞳を見据える。 「なんで終わらせてえの?」 「っ」 「逃げんな。答えろ」  目を逸らそうとするミズキだが、両手で頬を挟んで阻止すると、視線だけがうろうろと左右に泳ぐ。  暫しの沈黙。が、逃がすつもりは毛頭なく。やがて小さく息を吸うと、みるみるうちに涙の膜が厚くなり、長い睫から滴がころり。ぽろぽろ、ぽろぽろと、後から後から落ちる涙が頬に流れ、筋道を作る。ひどく静かで、綺麗な泣き方だった。思わず見入ってしまうほど。  そうしてまたどれほど時間が経ったのか、やっと観念したミズキが、薄い唇を震わせる。 「だって…おれ、男だし」  ぽろり、口火を切ったとたん、言葉は涙と同じく立て続けに零れだす。 「男の俺じゃ、どうやったってアンタの奥さんには勝てないじゃん。優しくされても、どうせ一番じゃないんだって、虚しくなる…他の不倫相手にまで嫉妬すんの、もうヤだ、疲れた……宏崇さんのこと好きで居るの、辞めたい、もう嫌だ」  嫌だ、と何度も吐き出す声は細く震えて頼りない。ほとほと静かに泣きながら、視線が俺の左手に向く。口から出て来るやかましい言葉よりも、コイツは視線が何より雄弁で、分かりやすい。そういうところが子供っぽくて、可哀想で、可愛かった。  ぼろぼろ泣く姿も、泣かせているのが自分だと思えば好ましく、気分が良い。  とはいえ、だ。誤解は解いておくべきだろう。 「ミズキ、聞け」 「……何?ここまで白状させといて、まだ何かあんのかよ」 「まず、俺独身。三年くらい前に離婚したからバツイチ」 「は?」  ぽろぽろ落ちてた涙が止まった。 「あと、この一年はお前以外抱いてねえし、他の女も男も居ねえ。今後作る予定も無えよ」 「へ?…え、いや、じゃあなんで指輪してんの…?」 「女避け。職場に鬱陶しいのが居るんでな」  ひらひら左手を揺らして見せる。薬指に嵌る指輪は言葉の通りただの虫除けだ。職場内恋愛なんぞ拗れた時に面倒くさいし、好みでもない女に付き纏われても鬱陶しいから、着けっ放しにしているだけなんだが。こいつがそこまで気にしているとは思ってもみなかった。 「いや…あの……マジで言ってる?」 「おう」  一先ず、勘違いを訂正してスッキリした。一方ミズキは未だ混乱しているのか、ぽかんと口を開けたまま固まっている。見開いた両目は、泣いた所為かぽってり腫れた瞼がなんとも稚い子供みたいで。  無垢な表情に、情事の最中の蕩けた顔が重なる。そういえば途中で中断されたんだったな、と、下を見れば、話している間にやや萎えはしたもののまだまだ元気な己自身。お互い裸で、抱き締め合った身体は密着している。 「よし、ヤるか」 「えっ?ちょ、ちょっと待って、俺まだ頭ぐるぐるしてるんですけどぉ!?」 「待てねえ。勃った」 「さ、最低だ…!解ってたけどホント最低だこの人…マイペースにも程がある…!」 「でも好きなんだろ」 「好きですけどぉ!?じゃなきゃ男に股開いたりしねえわ!」  自棄を起こして叫ぶミズキが愉快で、つい笑いが漏れる。この状態で元気に喚けるんだからつくづく面白い男だ。  くつくつ喉を鳴らしながら、抱き抱えた肢体をぐるんと裏返し、項に顔を埋めた。短い襟足が鼻筋に当たりくすぐったい。ホテルのシャンプーの匂いに混ざり、汗の匂いがした。もぞもぞ身じろぐ体を両手で掻き抱き、脚を絡めてやれば、呆れたような溜息が聞こえてくる。 「あーもう、分かった、分かりましたよぉ。終わりにしようって言ったの撤回するから」 「ん、よしよし」 「はー……ま、惚れた方の負けって言うしな…10年も片想いしてんだから、そりゃ負けるわ……」  ため息混じりの言葉に、思わず目を瞬かせる。  十年前。俺が微塵も覚えていない高校生の頃から、ずっと想われていたのか。 (勿体ねえなぁ)  いくら記憶を浚っても思い当たらない、高校生のミズキは、どんな顔で俺を見ていたんだろう。想像しか出来ないが、きっと今と同じく、子供みたいな目をしていたんだろう。嗚呼、きっと可愛かっただろうに。ちっとも覚えていないのが惜しかった。  十代の姿を想像した所為か、なんだか優しくしてやりたい気分になって、抱き締めたまま目の前の肌にキスを落とす。項、耳元、旋毛。触れるだけのキスがくすぐったいのか、身動ぎするミズキを抱き締め、薄い尻臀に勃起を擦りつける。  ず、ず、と擦らせて、硬くなった肉棒を、ぬかるむ肉孔に押し当てる。そうして、殊更ゆっくり潜り込めば、トロトロの媚肉に歓迎してしゃぶりつかれた。 「ん…っ♡ふ、ふふ、もっとガンガンやっていいのに…ぁ、うん♡」 「いーんだよ、これで」 「そ?我慢しなくていいよ?俺、男だし…、ん♡もっと、激しくされてもヘーキぃ♡」 「だからいいって。ゆっくりの方が好きだろ、お前」 「ぁ、んぅ♡♡」  耳朶を吸いつつ、綻んだ肉筒を進んでいけば、柔らかな屈曲点へ辿り着く。ゆるゆると腰を使い、亀頭で何度かノックして。やがて、ふわふわと口を開けた結腸が先端を迎え入れてくれる。 「あぁあ…っ♡♡♡♡」  ぐぽん、と雁首まで嵌め込んだ瞬間、抱いた細身が大きく仰け反った。蕩けた肉筒もきゅうきゅう締まって肉棒を愛撫してくる。下っ腹に手を伸ばしてみれば、ミズキの性器は中途半端に勃起したまま、何も吐き出さずに震えていた。射精せずメスイキしたらしい。密着した肌が堪らないとばかりに震え、蕩け切った甘い声が耳を打つ。 「ふぁ、あぁ♡♡♡すご…ひろたかさん、これ、すごいぃ…ぁ、あぁんっ♡♡ふぁ、あ、イく、ずっとイってぅ♡♡♡♡」 「ん、気持ちイイか?」 「ぅん、ん、きもちぃ♡♡♡いいの、あたま、ふわふわするぅ♡♡♡♡」 「ふは。俺も馬鹿ンなりそー」  とろとろになったミズキが気持ち良さそうに喘ぐ。声を出す度、中が絶妙な塩梅で締まって気持ち良い。最奥に潜り込んだままじっとしていても、肉襞が絡み付いてはしゃぶってくる。何処も彼処も硬い男の体が、けれど誂えたようにしっくりくるのが可笑しい。  ミズキも自分で中を締めては達しているらしく、腕の中で引っ切り無しに緊張と弛緩を繰り返している。ぴんと背中が反り、短い髪が俺の喉元をくすぐる。ので、摘まみ易くなった乳首ごと胸を揉んでやったら、またぞろ甘くて柔い嬌声と共に中が締まった。 「ッ…ミズキ、射精()すぞ」 「ん、っ、だしてぇ♡♡♡ひろたかのせーし、びゅーってぇ…ナカ、いっぱい、はらませてぇ?♡♡♡」 「っバカ、煽るなっての…ッ」  イキすぎてろくに頭が回っていないのか、舌足らずな声で強請られて、一瞬目の前が赤くなる。一気に駆け上る射精感に息を詰め。両腕に力を込めて、細い身体を思い切り抱き締める。そして、望み通りに一番奥へ、精液を勢いよく噴き付けた。 「ふぅぁぁああぁあぁあぁ…っ♡♡♡♡しゅご、ひぃ♡♡おにゃか、あついの、でてぇ…ふ、ぁ、あ~~~っ♡♡♡♡♡」  ドロドロに融けた飴玉みたいな、恍惚とした声が脳天に響く。快楽に歪む視界を閉じ、ぐりぐりと腰を使って最後一滴まで結腸に注ぎ込んだ。男のコイツが孕む訳がない、なんて解っていてもそうしたくなるのは、本能なのか、何なのか。  びゅく、びゅる、と数度目にも関わらず濃い精子を出し切った俺は、大きく息を吐いて脱力する。ミズキの方はと言えば、深いオーガズムにどっぷり浸っているらしい。ひくひくと痙攣しながら『あつい』と譫言を繰り返すばかりで、正気には程遠い。 「ぁ…ぁぁ♡……ん……♡」 「ミズキ、おい、ミズキ……、寝たか」  やがて微かな嬌声が途絶え、抱き締めた肉体から力が抜けていく。眠った、ではなく気絶というのが正しいのかも知らん。意識を落として重たくなった身体を抱き締めたまま、射精後の気怠さと心地好さに身を沈めると、俺もだんだん瞼が重くなってくる。 「おやすみ、ミズキ」  そうっと耳に吹き込むついで、耳殻の裏に吸い付いて痕を残す。コイツ本人からは見えない、し、よほど注視していなければ他人も気付かないだろう。誰も気付いてくれるな、と思う。知っているのは俺だけでいい。  ぴたりと抱き添う体は温かく、繋がった下肢は泥濘に包まれて快い。そのまま目を閉じる。寝息に誘われるようにして、俺の意識も暗がりに溶けていった。

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