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第66話
「陽!早く来てくれ!!」
「分かってるって!あ、月ごめんな。ちょっとこれ頼んでいい?」
「いいよ!早く行ってあげなって!」
背中を押されごめんと言って先輩の側へと走る。
大きなベッドに先輩と泣き喚く小さな赤子。
俺の姿を見てため息と共にすまないと困り顔で俺を見た。
「はい、こっちにおいで?よしよし。はは、もう泣き止んじゃった。」
そう言って抱いた赤子と共にベッドへと座る。
「俺はダメだなぁ。今日こそはうまくいくと思っていたんだけど……はぁ。」
大きいため息にベッドそばに来た月と空が笑った。
「さっさと陽に渡せばいいのに、毎日よく頑張るよねぇ?」
「秀君も親として頑張ってるけどねぇ?」
「αとしても親としても俺は陽には敵わないなぁ。」
そう言ってしょげる先輩に俺と月と空が吹き出した。
「それはさぁ、産んだ人には敵わないって。ねぇ?」
「うん。俺もあっちにはダメ出しばっかりで泣かれるし。」
そう言ってちょこちょこと手を繋いでやって来る二人の子供を見る。
「こっち来るか?」
声をかけた俺に見向きもせず、二人はそれぞれの産んだ親の元へと走り寄った。
「な?」
そう言って振り返った先輩の唇が俺へと合わさる。
「んっ!」
「ちょっと、子供たちの前で何やってるの?!」
子供の目を手で覆いながら怒る月の声に、先輩がハハッと笑い再びキス。
「あー!!」
「まったくうるさいな、月は。キスくらいは別に普通だろ?それ以上のことはちゃんと子供たちが寝てから……な?」
「今夜はどうするの?」
空の言葉にそうだなと先輩が首を傾げ俺を見た。
「Jにせっつかれてんだよな。次の子供を作れって。」
「えぇ?だって陽は半年前に産んだばっかりだよ?」
「仕方ないよ、陽と秀君の子供なら高確率でαになるってことだし、それに陽のΩ化がどういう状況で再び変化するかわからないみたいだから、Jはできるだけたくさんの子を陽に産ませたいんでしょ?」
「その通りですよ、空君。」
突如聞こえてきたJの声にも誰も驚かず、月が文句を言うのもいつものこと。
「そうやって、家族の会話にいきなり入り込まないでよねっていつも言ってるんだけど?」
「ここは一つの家、私達は大きい意味では家族のようなモノですよ?それはともかく、そろそろ空君と月君のヒートも来ます。それが終わり次第、陽君と秀君には子作りに励んでもらわなければなりません。」
「もうちょっと言い方……」
大きいため息と共に月が呆れ声を出す。
「仕方ないよ、これも実験だから。でも良かったよ。俺の体が全部Ω化しなくて。そんな事になっていたら月をヒートから楽にしてあげられなくなっちゃうからね。」
「陽君?俺だっているんだけど?」
「ああ、空もちゃんと愛してあげるよ?」
「はぁ、俺を忘れてイチャイチャしないで欲しいんだけど?」
「はは。そんな拗ねないでよ。」
笑い声と共に7人でベッドに寝転ぶ。
あの後、俺は頸を噛まれてΩ化した。報告ではΩ化してもαとしての機能は残るとあったらしいが、実のところヒートになった月を鎮めることができるのかJにもそれは分からず、不安だったらしい。それを知った月はJに怒りをぶちまけ、そのことを知っていたのに何も言わずに俺をΩ化した先輩をしばらく完全無視していた。
「本当にαとしての機能が残っていて良かったよ。もしなくなっていたら、月に殺されそうな勢いだったもんな。」
月のヒートを鎮められたと知った先輩はそう言って盛大なため息をついた。
「ごめんな、陽。お前みたいな優秀なαを俺のモノにするためにはああやって俺の方が優位に立たなきゃならなかったんだ。だからあんなひどい抱き方をするしかなかった。本当にごめん。でも、俺はやっぱりお前が好きだ。愛してるんだ。これは空さんへの想いとは違う。お前を離したくなくて、このままずっと抱きしめていたいって、ただそれだけの感情が湧いてくるんだ。」
「俺、あんなふうに抱かれたんだけど、それでも嬉しかった。月が俺にどんなふうにされても嬉しいって言うの、なんか分かった気がする…‥でも、もう嫌だよ?俺も月や空を大事にしなきゃな。先輩にされるように優しく抱きたい。」
「ああ、もうしない。あんなのは俺ももうごめんだ。でも、あんまり月や空さんを大事にしたら俺、嫉妬でおかしくなっちゃうかもな?」
「先輩の嫉妬なら、受け止めてあげるよ。だって、どんな先輩でも好きだから。」
そうして俺達は家族になった。月と空にそれぞれ子供が産まれ、俺と先輩の間にも子ができた。Jは早く次を産めと俺たちをせっつくが、自分の番にはもう作らないと言っているらしい。
「何それ?」
案の定、それを聞いた月がむくれて文句を言う。
「なんか、相手が子供につきっきりになって自分のこと世話してくれないって怒ったらしくて。まぁ、馬鹿馬鹿しいって相手にもされなかったらしいけど。」
「あの人、見かけはアレだけど優しそうだもんね?Jの番には勿体無い。」
「で、Jがこれ以上子供ができたらもっと自分が蔑ろにさせれるって……それでもう子供は作らないってなったらしいよ。」
そう言って苦笑いしていた顔を思い出す。
「Jらしいね。」
そう言って皆で笑い合う今の日常。少し前までは考えもしなかった。
俺がΩ化してもそれまでと変わりなく、俺と先輩はαとしてJのαの為の世界作りをしている。それでも自分がΩ化した事でそれまでは考えもしなかったΩの暮らしやすい世界も考え始めていた。
それはαの理想郷では難しいかもしれないが、少しでもいい世界にしたいと先輩と話し合っている。
「今夜はこのまま寝ようか?」
俺の言葉に皆が目を合わせ頷く。そこに響くJの声。
「時間は有限なんですよ!」
「はいはい、おやすみ、J。」
そう言って手を振って子供を抱きしめ目を瞑る月。空が微笑んで子供の額にキスをして目を瞑った。
「おやすみ、先輩。」
「なぁ、先輩はそろそろやめないか?」
「え?」
「子供もできて、こうやって家族になったんだからさ……呼んでよ、名前。」
「でも……」
赤くなって俯く俺の脇腹を月の肘が突く。
「言ってあげれば?秀って。それより秀君?」
「言ってあげたら?」
「空まで?」
「だって、いつまでも先輩じゃあ……ねぇ?秀君?」
「うぅ……」
「ほら、俺たちは耳に栓しててあげるから!」
そう言って月と空が耳を手で蓋をする。
「絶対聞こえてるやつだろ、それ?」
「陽……言って欲しい。」
ぐるんと体を転がされ、先輩の顔が目の前。
「っ!」
「陽?」
そう言って先輩の顔がくっつくほどに近付く。脇腹を突く月の顔が見なくても笑っているのがわかる。
「うぅ……言わなきゃ、ダメ?」
「本当に嫌なら無理しなくていいけど、言って欲しいな。」
そう言って微笑む先輩にぐっと言葉が詰まり大きくため息をつく。
ひ……秀……くん
耳に近付けた口。囁くように絞り出した声に先輩の顔が赤くなる。
「空さん、お願いします!」
「え?!」
そう言って俺の抱いている子供を取り上げて空に渡すと、俺の手を引っ張り両腕に抱き上げた。
「ちょっと、先輩!!ずるいーーー!!」
背中を追いかけて来る月の声を締め出すように先輩が別室の扉を閉めた。
ベッドに寝かされ、跨った先輩が俺をじっと見つめる。
「せん……ぱい?」
「もう一回言ってよ。陽?」
「秀……君。」
「君はいらない。」
「秀……」
「陽!!」
抱きしめられ合わさる唇。
「陽は俺の運命だよ……空さんって言う体が抗えない人がいても俺の心は陽を諦められなかった。こうやってお前を抱きしめてると、愛しいって言う想いが溢れてくる。」
「俺も。二人に感じる気持ちとは違う。心の奥から先輩……秀が愛しいって気持ちでいっぱいになるんだ。」
そう言って抱きしめ合う二人の体が一つになる。その心までもが溶け合い、運命という言葉が二人の心に湧き上がる。
第三の性によって繋がった二人の運命とは違う俺自身の心が掴み取った運命の人。その背中に抱きついた腕に力を込め、俺はそっと瞼を閉じた。
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