1 / 4

第1話

 昔、空は青かったという。  高梨(たかなし)和希(かずき)の空は、紗がかったシルバーだ。スクリーンが切り替わるみたいに、青空だったり、夕焼けだったり、星空の映像が、一定の時間で切り替わる。  20XX年。  オゾン層の壊滅的な破壊になり、人々は生活環境を根底から見直さざるをえなくなった。  街は空にまで届く超高速ビルが林立し、それは街一角を呑み込むほどの巨大さだ。ビルの中には居住スペースはもちろんのこと、商業スペース、学校や病院、オフィス街や運動施設などがすべて入っている。ひとつのビルにすべてが揃っているので、ビルから出る必要はない。  大広場は吹き抜けになっていて、ときどきイベントがわりに、本物の雪だったり桜の花びらが降ることもある。「本物」というのは、あくまでもそうだという話だけだ。なぜなら和希は生まれてこのかた一度だって「本物」の雪も、花びらも、見たことなんてなかったから。  ビルの外には有毒ガスが充満しているので、人間は暮らすことができない。ビルとビルの間は固いゲートで閉ざされ、通行には政府が発行する許可証が必要だ。  そんな人々の不自由な生活を助けるために開発されたのが、アンドロイドだ。アンドロイドはいまやすべての家庭に普及されているくらい、身近な存在だった。  和希の家にユキが来たのは、和希がまだ小学生のころだった。  アンドロイドには名前がない。個体を識別するための数式がそれぞれつけられているだけで、だからユキが和希の家にきたときは、「CW9000ー13T」とチップには書かれていた。  アンドロイドに名前をつけるのは禁止されている。それは、アンドロイドが人間社会に普及し始めたころ、アンドロイドと人間の区別がつかなくなった人が多くいて、禁断の恋の行く末に絶望し、心中する事件が多発したからだ。 「初めまして。CW9000ー13Tです。どうぞよろしくお願いします」  だけど、和希はこっそりと彼に「ユキ」と名前をつけた。前にスクリーンで見た雪景色が美しく、強く和希の印象に残っていたからだ。 「ユ、……キ」  アンドロイドは不思議そうにまばたきをした。そうすると、和希たちとなんら違いなんてないように思えた。 「そう、ユキ。きみの名前。でも、父さんたちにバレると叱られるから、内緒でね」 「なまえ……。わたしの……。ユキ」  突然、まばたきの回数が早くなった。 「ユキ。わたしのなまえは、ユキ。ユキ」  うれしいのか、何度も繰り返しながら呟く。 「そうだよ。きみの名前は、きょうからユキだ」  こうして、ユキは和希との間でだけ、CW9000ー13Tでなく、ユキになった。

ともだちにシェアしよう!