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突然耳に入ってきた学生の騒がしい声とともに俺は目を覚ました。
勢いよく顔を上げて辺りを見回すと、講義が終わったらしく生徒たちがばらばらと教室の出口へと向かっていた。
俺はうっかり出ていたヨダレを拭いながら、全てが夢だったのかと焦って自分の周りを確認した。
すると手元には今朝買ったばかりの雑誌があり、表紙には俺の漫画のタイトルとペンネームが印刷されていて、深く安堵する。
「よかった……」と俺はため息と共に胸を撫で下ろした。
「よかったって、大丈夫か? お前何回も教授に名前呼ばれてたぞ。特別課題出すから後で部屋へ来いってよ」
真隣から知らない男の声がして、俺は驚いてガタリと尻が飛び上がった。
それは知らない筈の声……なのに──どこかで聞いた声だった。
俺は恐る恐る声の方へと顔を向け、声の主を確認した。
彼はラフなシルエットのグレーのパーカを腕まくりし、右手で頬杖をつきながらこちらを眺めていた。
その姿に俺は目を瞬かせた。人生でこれ以上はないくらいに見開いた気もする。
「ああっ!!」
──彼だ。
髪の色は少し暗く変わっているけれど、薄茶色の綺麗な瞳に薄い唇、白い肌。
間違いない! あの闇夜の彼だ! 俺を助けてくれたあの彼だ!!
目の前で突然叫ばれ、当然ながら彼は驚き、広い両肩を竦めた。
「あの時のッ!! あっ、あの、えっ? 同じ大学ッ? 本当に?!」
「本当。あと俺は前からお前を知ってたよ。中庭で一人宙をボケーと見てて、突如スマホに向かって凄い速さでメモを打ちまくってる姿を何度も見かけた」
「あっ……それ、は」
それは、漫画のストーリーが浮かんだのを忘れないようにメモしている普段の俺だ。あれを見ている人間がいたかと思うとちょっと恥ずかしい。
「なぁ、その雑誌に載ってた漫画。主役の雰囲気にどことなく既視感があるんだよな。でも俺の知ってる誰かさんはツンデレJKじゃないし、男は狼男でもないんだけどさ──」
「へっ、あっ、ふぇっ?!」
俺は顔から血が一気に引いて、そしてまた一気に昇るのを感じた。もう昇り切った血が耳や鼻から今にも吹き出そうなくらい熱いし、何よりも恥ずかしい。
彼の薄茶色の瞳が柔らかく弧を描きながら俺の目前まで迫る。心臓が今にも口から飛び出そうにバクバク体の中で弾んでいる、もう死にそうだ。
「こ、これは……その……」
「その、何?」
彼に会って漫画のことを自慢したかったはずなのに、彼について聞きたいことだってあんなにたくさんあったはずなのに、今は何一つ頭の中で整理出来ない。
なにか、なにか、何か──!
「好きです!」
──間違えた。
彼はポカンと口を開いて、薄茶色の瞳は今にも落ちそうなくらいまん丸だ。
そして俺が再び口を開くより早くに彼は大きく笑い出して、ゲラゲラと腹を抱えながら背もたれへのけ反った。
「アハハッ! こんな再会は想像してなかったっアハハハッ、腹痛ぇっ」
「そんな笑うことないだろっ、ちょっと間違えただけだっ!」
「そんな間違え方あるかよっ、アハハッ」
「わっ、笑うなよっ! 人が真剣にっ……」
「──その口ぶり似てるな」
急に彼の声が冴えるように温度を変えた。
「……え?」
「お前、あの漫画のヒロインみたい」
彼はそういうと微笑みながら、俺の頬を大きなあの節高い手でするりと撫でた。
俺を救ってくれた、あの強く優しい手で──。
それが余計俺の心拍数を上げて、俺はますます声を失い、唇を噛んで勝手に上がってきそうになる涙を飲みこんで耐えた。
「どうして……あの時……俺を、助けてくれたの?」
「──気まぐれ、かなぁ?」
「気まぐれ……」
俺は自然と声が萎んだ。何故だか小さく心にヒビが入った気がした。
なのに彼は笑顔を崩さず、あの手で俺に触れたままだ。
「お前と交わったら──俺の世界はどう変わるのかなって」
「まじわ……る? どういう意味?」
「さあ、どういう意味かな? 漫画家先生、想像しろよ。妄想は得意だろ? 狼男は次にどうする? ヒロインはヒーローとどうなりたい?」
彼が俺の髪をかきあげ、手の平が頬をかすめ、長い指先が俺の顎を持ち上げた。
それだけで俺は、体の全てを彼に支配されたような感覚に陥った。
彼の綺麗な薄茶色の瞳から少しも視線を逸らすことが出来ない、心臓が痛くて痛くて堪らない。
開いた唇は震えるばかりで、声が掠れてうまく言葉を紡げない。
知らない、わからない、こんな自分を俺は知らない──。
──俺は、俺は……
「俺、は……君と──」
──そして、彼は俺の望みを聞き終わると、ゆっくり満足げにあの唇で微笑んだ。
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