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第4話
打ち込んであった短い文章にひばりは何度も何度も目を走らせる。
「もしかして…」
ひばりはハッとして顔を上げた。
一星 がぶつかり続けていた壁はひばりの自宅がある方角だ。
確かな証拠があるわけじゃない。
ゾンビになっても意識や思考が残っているなんて、これまで一度たりとも聞いたことがない。
だがひばりにはわかった。
一星があの日からずっとひばりを思っていてくれていたことが。
世界が変わっても、自分が変わってしまっても、一星はずっとひばりに会いに行こうとしてくれていたのだ。
ひばりの目からポロポロと涙が溢れ落ちる。
涙は一星の乾いた肌に吸い込まれて消えていった。
「ごめん…」
ひばりは一星を抱き締めると声を震わせた。
胸に抱えていた想いが堰を切ったように溢れ出してくる。
「本当はあの時あんな事言うつもりじゃなかったんだ。ごめん…一星…ごめん…ごめん」
遂に動かなくなった両腕の代わりに口を使って、ひばりは締め切っていたカーテンを開いた。
数年ぶりに浴びた日光に、壁が、天井が、本棚が笑っている。
窓際にあるベッドに横たわるひばりは、春の穏やかな日差しに目を細めながらその時を待っていた。
間もなくひばりは死ぬ。
映画やドラマの世界ではそうならないだろうが、これは紛れもない現実。
その運命だけは絶対に変えられないものだ。
不思議と恐怖や焦りは感じなかった。
一星はあーうーと唸りながら、ひばりのいるベッドの周りを行ったり来たりしている。
「なぁ、一星…」
ひばりは口を開いた。
一言話すだけで、まるで全力疾走したかのように体力が消耗されていく。
ふう…と小さく息を吸って、ひばりは続けた。
「俺がゾンビになったらさ、もう一回やり直さないか?俺たちの恋。ゾンビ同士で恋愛とかあり得ないって思うかもしれないけど、ほら、…やってみなきゃ…わかんないだろ?あ〜つまり…これが…人類最後の恋で、今から始まるのがゾンビ同士の初めての恋?みたいな…。大丈夫、俺…ゾンビになっても…一星のこと好きになる自信、あるからさ…」
その時、どこからともなく声が聞こえてきた。
『俺もだよ…』
ひばりはふふ…と微笑む。
その目はもう光を捉えてはいない。
「ヤバ…めちゃくちゃ恥ずかしい…でも…うれ…しいな」
翌日、ベッドの上で一体のゾンビがむくりと起き上がった。
ベッド脇を往復していたゾンビがそれに気づき、歯を剥き出しにして威嚇する。
だが、二体のゾンビは攻撃することなく互いの顔をじっと見つめ続けた。
数分後、ゾンビはそろそろと相手に向かって片手を伸ばす。
ちょん、と指先が触れると手を引っ込め、また伸ばす。
何かを確かめるように何度も何度も指先を触れ合わせると、やがてどちらからともなく手を繋いだ。
足を引きずり、傾いたからだをトントンとぶつけながら、二体のゾンビはふらふらと部屋から外へ出る。
その手はしっかりと繋がれたままだ。
そして、退廃した街の中へと消えていったのだった。
end.
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