1 / 3

第1話

「そういえば」 水滴の滴る紫陽花を見つめながら口を開く。どんよりとしていた空にも微かに日が差しやんだばかりの雨つぶがきらりと光る。先生の庭はいつ見ても季節の花で彩られていた。きっと梅雨の今は雨で花の匂いも強まっているのだろう。 「紫陽花と言えば桜と似たような話がありましたよね。」 反射で窓にうつる先生に目をやる。ぼーっとこちらの方を見ていたのであろう。視線が窓ガラスごしに交差する。 「誰の小説だったかな?前に1度読んだことのある気がする。」 窓に映る先生から視線を逸らし、紫陽花のふもとに目を向けた。のろのろと蝸牛が進んでいるのが見える。塩をかけると消えてしまうのは蝸牛だったか、蛞蝓だったか。 「僕、ここに来る前にちょうど読んでいたんですよ。ヘンリー・スレッサーの【花を愛でる警官】」 ぎしりとソファが軋む音がした。うん、それで?優しく問いかけながら先生がこちらへ向かってくる。 ぎゅうぅと後ろから抱き寄せられる。まだ少し慣れないけど安心する。先生に甘えるようにゆっくりと力を抜く。先生は僕よりも頭一つ分背が高いから、顎がちょうど頭にのるかたちになるから窓に映る僕たちは一つになったかのようだ。 「続きはソファで。運んでくれます?先生」 真上に顔を向けて彼を見つめる。優しく見下ろしてくる先生の瞳に吸い込まれてしまいそうな不思議な感覚。抱っこぉ、甘えて上にぐーっと手を伸ばして先生を求める。  仕方ないなぁと言いつつ応じてくれるのもいつものこと。そして、ひょいっと抱きかかえられソファへと運ばれた。 「何でお姫様だっこじゃないんですか」 いっつも子供みたいな抱っこしかしてくれない。それがちょっと不満だったりする。 「せっかくのふたりきりなのに君が“先生”なんて呼ぶからでしょう。誘い方は教えたはずなんだけどな。」 「意地悪」 膝の上で対面に抱えられるが、不満は不満だ。のぞき込むようにこちらを見る視線から逃げるようにぷいっと横を向く。そらした視線の先にある窓の外にはふたたび降り出した雨とそれに打たれる紫陽花が。……あ、 「ねぇ、先生。紫陽花の話でしょ。忘れないでよね」  「そんなこと言って君だって忘れていたくせに。」 「そんなこと無いですぅ〜。忘れてませーん。」 図星を指され少しだけどもる。 ふっ、と吹き出す音が聞こえ先生を横目で見るとかすかに肩が震えている。笑いを抑えきれてないけど?声漏れてるし。 「あんまり笑わないでください。」 すごいバカにされた気分。ごめん、ごめんと言いながら頭ポンポンするな!胸キュンしちゃうだろ。もっと惚れちゃうだろうが。こほんっ、気を取り直して… 「先生、紫陽花の下何埋めたんですか?」 少し顔を上げて軽い感じて聞く。だって、あの話だと埋まっているのは殺人の証拠となる凶器だったから。先生が人を殺すことなんてないだろうけど、一応。  ウソです、だって気になるんだもん。去年までとは紫陽花の色が違っている。前に先生に教えてもらった紫陽花の色の変化について。育てる土のph度で色が変わるって言うから下に何かを埋めたのかなって。 「君はなんだと思う?」 先生はズルい。はぐらかす様に聞き返すなんて。最初から答える気なんて無いように。 「僕には教えられないんですか?」 何か僕には言えないこと?やっぱり誰か殺っちゃったのかな?そこでふと思った。 僕たちの関係って何なんだろう。どこまでなら干渉しても良いのだろうか、と。

ともだちにシェアしよう!