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 ―― 桜の頃(4)

「別に……、あんなの慣れてるから、あれくらい構わない」 「……慣れてるって、お前……何言ってんだ。あんなの普通じゃないだろう?」 「まあ、僕も、あそこで最後までしてくるとは思わなくて、ちょっと焦ったけど」 「何言ってんの? お前、変だぜ」  俺がそう言うと、そいつは俺の袖をクイっと引きながら、「変って何なの?」と言って、クスっと笑った。  俺が、引かれるまま隣に腰を下せば、そいつは耳元に唇を寄せ囁く。 「ねえ、試してみる?」 「試すって、何を?」 「僕が、変かどうか」  そう言うと、同じ男とは思えないような、華奢な手が俺の手を掴み、自分の股間へ誘導する。  ズボンの上からでも、そこが主張しているのが分かって、俺は顔が熱くなるのを感じた。 「さっき、あそこまでされて治まらないんだ。このままじゃ入学式になんて出られないし」  有り得ない。いくら女みたいだからといって、俺が男となんて有り得ない。  そう思っているのに。  さっき電車の中で見てしまった光景が頭の中に過ると、気持ちとは裏腹に身体は正直に反応してしまっていた。  一度、身体の奥に火が点いてしまえば、もう後先なんて考える余裕もなくなってしまう。 「想像しただけで、感じた?」  クスっと笑いながら、そいつは俺の股間に手を伸ばしてきた。  華奢な指に中心をふわりと撫でられて、ゾクゾクとした痺れが身体を駆け巡る。 「っ……」 「どうすんの? 試すの? 試さないの?」  妖艶で挑発的な瞳に至近距離で見つめられて、中心に溜まっていく熱を自分ではどうにも止められなかった。 「……試すって、何処でするんだよ」  此処は駅のホームなんだぞ。  俺がそう言うと、そいつは当たり前のように応える。 「そんなの、駅のトイレくらいしか無いんじゃない?」  ――なんだこいつ! どういう性格してんだ? て言うか、いつもこんな事してんのか?  普通はそう思うよな。こんな奴とは関わらない方が良いんじゃないかって。  だけど気が付けば、俺はそいつの手を荒々しく掴み、立ち上がっていたんだ。  ******  桜が咲き始めると、あの時の事を思い出す。  それが、伊織との出会いだった。  弱いものは、強いものにねじ伏せられる。  伊織は、決して弱くはなかったけれど、強くもなかった。  いつもどこか危うい儚さを感じていた。  あいつが俺に助けを求めるのなら、いつでも力になってやりたいと思っていた、あの頃。 「明日からは、俺がお前のボディガードになってやる」  そんなことを言ったような気もする。  大切だと思っていたのに、どうして傷つけてしまうのか、自分でも分からなかった。  ――だけど、本当に俺は、  お前を守れる存在になりたかったんだ。 【番外編】桜の頃/ー I will protect you. ー  …end

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