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実らないとは言うけれど 1

「……俺さ、お前の事好きかもしれない」 「はぇ?」 それはいつもと変わらない帰り道。 小中と続いて、まさか高校まで歩くとは思っていなかった川沿いの道。 自分は自転車なんだからさっさと帰ったっていいのに。 わざわざ押してまで俺の隣を毎日、一緒に歩いて帰る友人の口から零れ落ちた言葉だった。 オレ自身「今日の晩飯はなんだろうか」なんて考えていたのもあって、言葉の意味がすぐには理解出来なかった。 「……今、なんて言った?」 「好きかもしれない」 「えーっと、今日さっき自販機で買ってた新作の炭酸?」 「今日さっき買ったのは母さんに頼まれたごまだれ。炭酸を買ったのは昼の購買」 「あ、そうだったっけ」 笑ってごまかそうとしても、そうはいかないらしい。 「そうだよ。信じられないならお前の口に流し込んでやろうかごまだれ。それとも空のペットボトルがお好みか?」 「やめてくれよ。飲み物じゃないんだから」 「ごまだれは飲もうと思えば飲めるぞ?」 「それはそうだけど。大体、この道にあるのって確か900mlだろ?」 「ちゃんと覚えてるんじゃないか」 「あー……」 視線が泳ぐ。今日は風も穏やかで天気が良い、見上げれば雲一つない。 土手の上にある道からは、夕日の光を美しく反射する穏やかな流れの川が見えた。 すぅっ、と息を吸って落ち着かせてから隣を見る。 川と同じように夕日の光で反射してきらめくそれが、瞳から静かに流れ落ちていた。 「あっ、え、お前っ……ちょ、べ、別に泣かなくてもいいだろ?」 「その、言っといてなんだけど、怖くなったというか……」 驚いてどうしようかとうろたえるオレに対して、相手は思った以上に落ち着いていた。 静かに自身のポケットからハンカチを――お前それ昨日も同じ柄だったぞ――を取り出して自分で拭っている。 そこは普通オレが慰めたりするのを待ったりするもんじゃないんだろうか。 「えっと、そのなんだ。今ならまだ『聞き間違い』とか『気の迷い』で済ましたってオレは良くて、いや、お前はよくないだろうけど」 「うん、全くもってそうなんだけど」 相手は自転車をその場で止めると、俯きながら両手で顔を覆った。 まだ指の間からこぼれる雫が、止まりそうにないのを隠そうとしているらしい。 何を言えばいいのか迷っていると、急にとんでも無い事を言いだした。 「なんかさー、『初恋』ってこう、実らないって言うだろ」 「は、初恋……?」 「そう、初恋」 「誰が?」 「俺が」 「誰に?」 「お前に」 「今日エイプリルフールだっけ」 「だったらハマってるゲームの公式サイト、一緒に見てるはずだけど?」 告白されたはずなのにやりとりはいつも通りスムーズで、本当にあったんだろうかと思いかける。 軽口を叩きながら笑う友人の瞳に、涙が無ければそれこそ忘れたように振る舞う所だ。 別に嫌だとかそういう感情は特にない。 本当にただ驚いているだけなんだけど、そうは受け取られなかったらしく相手はそっぽを向いて小さく呟いた。 「お前はどうしても俺の告白を聞きたくないんだな」 「いやそうじゃなくて」 そのまま俯いて、全力で落ち込もうとしているらしい相手に、真正面からツッコミをいれた。 「お前普通に他の人と付き合ってたしオレに相談してたじゃん?」 ビクッ、と一瞬反応はしたけれど顔を覆ったまま相手は俯いている。 初恋相手を目の前にしてはたしてそんな相談したりするんだろうか。 いや、まあ、するのは自由だとは思うけれど。 「……それは」 「うん?」 「俺が好きで付き合ったわけじゃないし……」 「今しれっと最低極まりない事を言ったな」 「正直大して知らない相手なんて好きでも嫌いでもないから、試しに付き合うってのはそんなに悪い事か?」 「それは……まあ別に俺は関係ないから悪くはないけど、結末が良くなかったのは知ってる。毎回大きな手形作っちゃって」 「『私の事、本当に好きなの?』って聞かれたら嘘はつけない」 誠実なんだか絶妙にわからない答えに吹きだしそうになるのをこらえる。 「最初っから断ったって良いじゃないか」の言葉を飲み込む。 相談される度に、「まあ、付き合ってみたらいいんじゃない」と言っていたのはオレだ。 親友の頬に浮かぶ鮮やかな紅葉の一端を担っていたのは自分だったのだ。 なんとも言えない感情は自分で後で消化するとして、少しずるい提案をしてみる。 「普通に友達してたじゃんオレ達」 「……うん」 「戻れない?」 「戻る気なら言わない方がいいだろ、それぐらいわかる」 「そっか、それもそうだよな」 サラッと言った風を装っただけで、相手はそれなりの覚悟を決めていたらしい。 どうも淡泊な反応に見えはするけれど、これが相手の精一杯なのも分かる。 飄々としていそうで全然そうじゃない。 勝敗に興味なさそうでめちゃくちゃ負けず嫌い。 でも勝っても負けても大して感情を出しはしない。 長く遊んできた分、今の態度がただの強がりだと分かってしまうのが非常に困る。 傷つかないで忘れてしまいましょう、は確実に無理なので着地点を探す。 「……また例えば、なんだけど、オレが断ったらお前どうする気なの?」 「高校やめて山の寺に引きこもろうと思ってる」 「即答の割に決断が重いぞ。大体、近くにあるから全く冗談に聞こえないんだけど」 「冗談だと思うか?」 目が全く笑っていないのを全身で受け止めて、はあ、と短く息を吐いた。 ああこれはもうどうしようもない。 ―― やり過ごせると思ったのに。

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