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実らないとは言うけれど 2

いや、やり過ごせる可能性はもう既に随分と昔からなかったのかもしれない。 正直そんなに長く生きているつもりも全くないし、若い方だとは思っているけれど。 少なくとも相手には漏れ出ていたのかもしれない。 もしかしたら影響を与えたのかもしれない。 思っていたよりも随分と往生際が悪いなと思いながら、自分自身の初恋に結論を出す事にする。 「じゃあさ、友人としてまだどうなるか分からない訳だし『試しに付き合うってのはそんなに悪い事か?』」 冗談めかして言ってみると、両手をそのままの形でおろして相手が目を見開いた。 もう一度言うのは気が引けるので、微妙に繕いきれていなさそうな笑顔を保って返事を待つ。 片眉を下げながらぽつりと呟いた。 「……俺の事、『本当に好きなの?』」 「それは『まだわからない』って言ってるだろ」 「じゃあ、望みはあるかもしれな……」 頬に触れて距離を詰める。 相手は一切の抵抗なく従い、そこにオレは唇を重ねようとする。 お互いの眼鏡がぶつかりあってカチ、という音がした。 「……へたくそ」 「どっちが?」 互いに少し離れてから、それぞれ自分の眼鏡を外す。 一秒だって逃したくない相手の顔が、それだけでほとんど見えなくなるのは癪だけれどこればかりは仕方がない。 そして改めて向き合って、静かに唇が触れるだけのキスをした。 これだけ近づけば見えなくはない。 「なあ、今は俺とお前って友達なの?」 「んー、『友達以上恋人未満』って奴じゃないか?」 「未満なのかよ」 「……試用期間だと思って貰って」 正直覚悟は出来てないし、どうなるかまだ分からない。 ずっと一緒に居るとも思えず、人の心は変わるものだ。 オレ達は半年前に流行って聞いていたはずの音楽のタイトルすら思い出せない。 変わらないものはないし、そうなれば試用期間も終わる。 初恋は実らない。 どこで聞いたのかは覚えてないけれど、それを聞いた時。 オレがどれほどショックを受けなかったか。 望みはなんてない、最初から対象外の存在だと思っていた。 例えるならそう、恋愛ゲームで助言をしてくれる主人公の友人。それも地味で、教室でもさして目立たない普通の眼鏡……それがオレ。 それでも自分の好きな人が、好きになる人と幸せになる相談に乗れる友達でいられるならそれでいいじゃないか。 いや、実際は頬に紅葉を色づかせただけだから、友人としては良くなかったのかもしれないけれど。 「試用期間、こっちから終わらせることはないから」 「……そうかな? わからないぞ。人生は長いし、人は変わる」 「お前は転生した主人公かなにかなのか?」 「ははは、そこまで達観出来たら楽だろうなぁ」 ショックは受けなかったはずなのに、にやけるのが止められない自分の顔が本心をにじませていた。 心のどこかで傷ついていたのかもしれないし、夢を見ていたのかもしれない。 実るかもしれないじゃないか、と。 「……オレも」 「ん?なんだ。欲しかったのかごまだれ」 「違う、タイミングが悪かった」 その片手には900mlのごまだれが握られていた。 自転車を止める時に傾いたのでリュックに仕舞おうとしていたらしい。 「んじゃ、なんだ?」 「試用期間終わらせることはないかな」 「それって……試用期間いらないんじゃないか?」 「いるよ。いつでも手放せる」 手の中のごまだれが入ったペットボトルが若干へこんでべこっという音が鳴る。 おもむろに鞄の中にしまいこんで、チャックを閉めながら不機嫌そうに言う。 「試用期間を終わらせないってのは別れる気はないって意味だったんだけど」 「そのままなら気が変わっても許されるんだけどな」 「……別に許さなくて良いよ」 「お前の愛、重くない?」 「言っとくけど言うまで結構悩んだからな」 「そっか、それは知らなくて悪かったな」 リュックを背負ってから上げた顔と目が合う。 相手は眼鏡をかけ直していたが、オレがまだ手に持っているのを見ていた。 お互いに数秒見つめ合った後、もう一度顔を近づければ、ゆっくりと目を閉じる。 毎日通っているから、この時間随分と誰も通らないのをオレ達は知っている。 最初よりもほんの少しだけ長いキスを終えて離れた。 「……カレーか」 「カレーだね」 近くの一軒家から流れてきた料理の匂いを互いに口にしてしまう。 それだけでいつもと同じなくても良い会話が始まって、オレは眼鏡をかけ直した。 「あそこんち毎週やってるよな」 「帰り道お腹空くよな」 ほんの少しの間が開いた後、隣からため息が聞こえた。 「何にしても、マジでムードとか余韻とかないな俺ら」 「え? ムード欲しいんだ?」 「まぁ、ちょっとは?」 泣いていたのも嘘のように引いているが、少しだけ赤くなっているのを見て、何か言いたくなった。 「ずっと一緒に歩いてきた帰り道で、初恋がお互いに発覚するのはロマンチックでムードがあるんじゃないか?」 「お前、時々急に詩人になるよな」 「そう? そんなことないと思うんだけど」 ガコン、と自転車を止めていたのを外すと、一緒に何事も無かったかのように歩きはじめる。 いつもはもう少し話をしていたくて、ゆったり歩いているのに。 今日はどことなく足取りも軽いような気さえする。 気分の良さに任せて、鼻歌を口ずさみそうになった時だった。 「ところで、お前も初恋なのは聞いてないんだけどな?」 「……え?」 自分で白状してしまった事に気付いて、顔が真っ赤に染まる。 夕陽のせいにするには空は紫色に染まり出していて、思わず顔を両手で覆った。 指の隙間から見えた顔は、口の端だけを上げて楽しげに笑っていた。 「お前、数分前まで泣いてたのにその顔はないだろ……」 「実ったんなら話は別だ。楽しむべき所で泣いててどうするんだよ」 「いつも切り替え早過ぎるんだよ」 「お前が引き摺り過ぎなんだよ」 それはいつもと何も変わらない帰り道。 何も変わらない会話をしながら、ほんの少し関係の変わった俺達は他愛もない会話をする。 当たり前のように流れていく日々に、流そうとした感情を胸の奥でそっと噛み締めた。

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