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第27話
肌を刺すような寒さは無くなった2月の末。
未来が玄関でお気に入りの赤いスニーカーを履いていると、頭上からありさが声をかけた。
「いい?ちゃんと内藤さんの言う事聞くのよ?我が儘いっちゃだめよ?」
ハンカチやらティッシュを鞄の中に詰めながら、ありさは未来に念を押しそう言った。
「も~っ、解ってるよ母さん。僕もうそんな子供じゃないし」
朝からと言わず、ここ数日何度となく言われたこの台詞。未来はもううんざりだと、あからさまに大きなため息をついた。
「はぁっ?子供じゃないってどこがよ?全然子供でしょうがっ」
そんな未来のため息と台詞に、ありさの眉間に深い皺が寄る。
年齢もそうだが、今日の準備もしかり、朝も一人では起きれない、片付けも出来ない、上げたら切りがない程、何一つ自分の事が出来ない癖に、子供じゃないなどとよく言えたもんだと、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「ま、まぁまぁありささん。大丈夫ですよ。ちゃんと自分が見てますから」
そんなありさの心中を察し、健二は苦笑いを浮かべながら彼女を宥め、そう約束の言葉を述べた。
「はぁ~、宜しくお願いします」
深い深いため息と共に、健二に頭を下げたありさだったが、まだ心配な気持ちは全く晴れなかった。
意気揚々と家の門まで駆けて行く未来の後ろ姿を、ありさは不安な面持ちで見つめた。
※※※
クランクインとなる撮影は郊外の堤防で行われる。
その為健二とそこまで車で迎い、そして今はロケバス内で共演者と共に、未来は待機をしていた。
「未來君、お肌とっても綺麗ね。色も白いし羨ましいっ」
「俺、未來君に憧れて芸能界入ったんだっ。だから共演出来るなんて夢みたいっ。これから宜しくねっ」
一通りの自己紹介を終えた後、まず初めに未来に弾む声で話掛けてきたのは、ツインテールの可愛らしい顔立ちの少女、こと野村百花《ももか》で、それに続き羨望の眼差しを未来に向けているのは、坊主頭の素朴そうな少年、こと長谷川護《まもる》だった。
「うん、こちらこそ宜しく。年も近いし皆で仲良くやろうね」
二人からの賛辞を笑顔で受け止めるも、早速ちやほやと接してくる二人に、ほらやっぱりと、自分の読みが正しかった事を内心でくすりと笑った。
しかし次に投げかけられた台詞は先の二人とは違っていた。
「でも意外。まさか君が復帰するなんて。もう戻ってこないと思ってたのに。何で?」
探るような視線を未来に向け、そんな質問をしてきたのはショートカットの気が強そうな少女、こと白石優香で、未来はその言葉に思わず意表をつかれた。
「え?何でって、好きだからだよ。こういう仕事が。それに僕はあの時も引退しますなんて言ってないよ。お休みしますっていったのは確かだけど」
僅かに眉を下げながら、しかし笑顔で優香の問に答える未来に、百花と護はそうなんだ〜と、なんの曇もない眼差しでそのままに受け止めてくれたのだが。
「でも、普通はそういう子って大概戻ってこないから。戻りたくても戻れない子だって多いと思うし」
優香に加えもう一人、未来を好奇の目で見つめる癖のない黒髪の綺麗な顔立ちの少年、こと深谷斗亜《トア》の物言いに、未来は少し不満気な表情を浮かべ、どう返そうかと思案していると。
「あ、ごめん。感じ悪く聞こえた?でも誤解しないで?僕も君が戻ってきてくれて本当に嬉しいって思ってる一人だから。僕も加藤未來に憧れてたから、だから今回共演出来て凄く嬉しいよ。これから色々宜しくね?」
未来より先に声を発したのは斗亜だった。
彼は綺麗な笑顔で謝罪と友好を示す言葉を述べ、未来に握手を求めた。
「ありがとう。こちらこそ宜しくね」
斗亜の握手に笑顔で答えながらも、未来は果たしてそれは本心なのだろうかと疑わしく思った。
斗亜の独特な雰囲気は他の子役達とは明らかに違っていて、自分は知らない名前だったが、そこそこキャリアのありそうな子だなと感じた。
深谷斗亜と白石優香。
この二人は少し厄介そうだなと、未来は2人を視野に入れながらそう思った。
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