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第30話

この日の撮影は未来と努の二人で、場所は天文台で行われた。 「うっわぁっ、凄いっ。でっかいっ」 未来は中に入るやいなや、初めてみる大きな望遠鏡に興奮し瞳を煌めかせた。 そんな未来の元へ努がやって来た。 「なんだ~?お前プラネタリウム行った事ないのか?」 「うんっ。これで星を見るんだよね?」 望遠鏡をキョロキョロと観察しながら未来は言う。 「あ~、そうだな。夜の撮影が今後あったら、多分覗かせて貰えると思うぞ」 「本当っ?やったぁ~っ!楽しみっ」 努のその言葉に一層テンションの上がった未来は、その日を待ち遠しく思い、家に帰ったら図鑑を開き、見たい星の目星をつけなくちゃと思った。 そんな様子を遠巻きから見ていたのは、長い黒髪の背の高い青年、笹本拓也でこのドラマのADを務めている。 「ははは。はしゃいじゃって。見た目も中身も本当に可愛らしい子ですね、未來君。必死に神崎社長に頼み込んだかいがありましたね」 豪快に笑い未来を微笑ましく見ながら、拓也は自分の隣にいる、壮年の無精髭を生やした黒髪短髪の細身の男、遠山康夫にそう投げかけ。 「あ~、そうだな。でも俺は別に未來の見た目に惹かれてドラマに出てほしかった訳じゃないよ。勿論性格なんて全く関係ないし、俺はあの子の」 「才能に惹かれて、ですよね?確かに未來君の演技力は高いと思います。ブランクも一切感じないですし。ですがディレクター、あのレベルの子なんて沢山います。実際長谷川君達とそんなに変わらないと思うし、僕的には深谷君の方が上手いしオーラだって強く感じてしまうんですが…。それは僕に見る目がないからですかね?」 眉を下げて笑いながらそう言う拓也。 彼の言い分は一理あると康夫も思う。 なので康夫は拓也にすぐに返事をする事が出来ず、曖昧な笑みを浮かべながら言葉を探った。 「…確かに、今の時点ではあの子もそう思われて仕方ないだろう。だけどまだ撮影は始まったばかりだ。俺は今の未來が本来の未來だとは思わない。じゃなかったらきっと天才なんて呼ばれない。特に子役は可愛いだけで注目は集められないからな」 康夫は昔、未来の演技を一度だけ直接見た事があった。 まだADだった頃、勉強の為先輩ディレクターの現場を見学に行った先に未来はいた。 既に天才子役として世間から騒がれていた彼の演技は、その名の通りとても優れたもので、康夫は思わず目を奪われた。 だが今の未来からは拓也の言う通り、そこまで強く惹かれるものは感じない。 それはブランクのせいでまだ本領発揮出来ていないだけか、はたまた自分の思い出が美化されてしまったのか。 康夫は後者でない事を強く願いたい、そう思いながら相変わらず興味深そうに望遠鏡を眺めている未来を見つめた。 ※※※ 天文台での撮影の後、学校風景を撮る為とある小学校に移動した未来。 撮影開始までの間を、未来は一人教室の自分の席にて台本を眺め、そして思い悩んでいる。 う~ん、と心中で唸りながら、自分の台詞箇所にアドリブを入れるべきかどうかを考えているのだ。 アドリブを入れた方が役が引き立つのは間違いない。 だが、それに対する百花が、自分の突然のアドリブに対応など出来ないだろうなと未来は思っていた。 だからと言って逆に前もってここでアドリブを言うよ?と伝えてしまったら、リアリティのない白々しい返しを彼女がしてきそうで、どうしたもんかと未来が頭を捻っていた時。 「あ、未来君っ。こんな所にいたんだ」 教室の入口付近で、未来の姿を見つけた百花は無邪気な笑顔で未来の元へかけてきた。 「百花ちゃん。どうしたの?」 嬉しそうに自分の隣に腰を降ろした百花に、未来はなにか用事があったのかと声をかけた。 「うん。あのね、私未来君に聞きたい事があって」 「聞きたい事?僕に?何?」 そう未来が質問した後で、もしかしたら百花も自分が思い悩んでいたこのシーンについて考えてたのかもしれないと未来は思った。 だから撮影が始まる前に、自分を探していたとなれば合点が行く。 未来は俳優として見下していた百花がそうではなく、意外と真剣に仕事に取り込めるタイプなんだと彼女を評価しようとしていたのだが。 「未來君ってさ、どんな子がタイプ?」 「は?」 思いもよらない百花の質問に、未来は瞳を丸くしてしばし固まった。 「あ、あとっ、彼女とかっていたりする、かな?」 少し顔を赤らめて、照れくさそうに上目遣いで自分を見つめてくる百花に、未来は先程よりも大きく瞳を開き、そして盛大に肩を落とした。 見直しかけて損したと、未来がそう思ったのは言うまでもないが、百花がそれに気づく事もまたないだろう。

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