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第44話

レッスン室を出て廊下の突き当たりのエレベーターホール。 その脇に非常階段が設けられている。 蒼真と綾人は未来から呼び出され、そこで詰め寄られていた。   「蒼真君と綾人君のおしゃべりっ。話さないでとは確かに言わなかったですけどでもっ。ってか他に誰に話しました?」 むすっと頬を膨らませ、大きな瞳で睨みを効かせ言う未来に、二人は肩を竦めた。   「は、話してないよっ。大和君にしか俺らは話してないからっ」 「うん、そんな誰彼構わず言ったりしないよ」 蒼真に続き、綾人もそう弁明した。 二人の様子から嘘ではない事を悟ると、未来はわざとらしく大きくため息を吐いた。   「はぁ~。ならいいですけど」 「ごめん、未來。勝手に話したのは悪かったけど、でも大和君の言う通り俺も止めた方がいいと思うよ?」 本当に申し訳なさそうに眉を下げて言う蒼真に、未来の剣幕も鎮まっていく。 「俺もそう思うよ。誰かに見られたら大変だし、そしたら俺らが話さなくたってそういう噂はすぐ広まっちゃうから」 綾人にもそう諭される様に言われ、未来は少し眉根を下げて二人に向き合った。 「そう、ですね。でも大丈夫です。僕もよくないなって思ってますから」 もうしませんしさせませんよ、キスなんて。 と、未来は二人を安心させるように柔らかい笑みを浮かべた。 ※※※   週末のロケ撮影。 未来は本日の撮影を終えてホテルに帰ってきていた。 華美ではないが清掃の行き届いたホテルの廊下を歩きながら、未来は大和や蒼真達に言われた事を考えていた。 斗亜とのキスの練習。 あの時はどうにも焦っていたからあまり深く考えないようにしていたが、でもよく考えたら、いや、よく考えなくても大和達が言う様に良くない事なのは未来にも理解できた。 自分だってそういう行為は好き同士でするべきだと思うし、それに自分はゲイではない。 普通だったら絶対に男とキスなどしないのだが、あの時は本当に切羽詰まっていた。 だから斗亜とキスをしてしまったのだが、しかしもうキスシーンは撮り終わったし練習する必要もない。 だから大和達に言われなくとも、斗亜とキスなんてする事はない。 そんな思いを胸に、未来は辿り着いた部屋のドアをノックした。 「斗亜君、いる??」 ドアを数回叩き呼びかけていると、がちゃりと鍵が開けられた。 「ん?未来、どうしたの?」 ドアを開き小首を傾げて立っていた彼に、未来は少し頼りなげな笑顔を向けながら話した。   「今ちょっと話せるかな?」     斗亜に快く招き入れて貰えた未来は、どうぞと促されたベッドに腰掛けていた。 そして自分の気持ちを隣に座る斗亜に話した。   「…ふ~ん、成る程ね。先輩達に好きじゃない人とキスしたら駄目って言われたから、もう僕とはしたくないって?」 未来の話を一通り聞いた斗亜は、そう話を簡潔にまとめて未来に伺いをたてた。 「その、勿論練習付き合ってくれて凄く助かったんだけど…。でも僕にそういう趣味はないから…」 少し罰が悪そうに話す未来に、斗亜は薄い笑みを浮かべた。   「そっか、そういう趣味はない、か…。嫌だった?僕とキスして」 「え?」 唐突な斗亜の質問に、未来は思わず言葉を詰まらせてしまう。   「気持ち悪かった?」 肩を落とし頼りなく笑いながら言う斗亜に、未来は慌てて否定の言葉を口にする。   「いやっ、そんな風には思わないけどっ」 「じゃぁ、僕の事嫌い?」 「なっ、そんな事ないよっ。好きだよっ」 最初こそ少し苦手意識を抱いていた未来だったが、斗亜と話すうちに彼と過ごす時間は悪くないと感じていた。   「本当?僕もね、未來の事大好きだよ」 「え、あぁ~、ありがとう…」 満面の笑みでとても嬉しそうに言う斗亜に、未来は少し気恥しい気持ちになり頬をほんのり赤く染めた。   「だからいいじゃん?」 「は?」 だからいい。え、何が?と、未来の頭の中には疑問符が浮かぶ。   「だって好き同士がキスしたら何で駄目なの?僕には全然解らないな。未來はそうは思わないかな?」 言われた台詞に少し面食らった未来だったが、にこりと綺麗な笑顔できっぱりとそう言われると、なるほどそうだよなと、あっさり納得させられてしまった。

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