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第53話
スタジオでの撮影日。
未来は今しがたまで一緒に撮影していた護と百花と共に、待機場所で声がかけられるのを待っていた。
「OK出ましたぁ~。なので百花ちゃんと護君はお疲れ様。未來君は次のシーンの準備お願いしまぁす」
そう言って忙しそうに去って行くADの後ろ姿を視界に入れながら、未来は護と百花にお疲れ様の言葉を言うと、一人スタジオ内の方へ向かった。
大きなソファーにテーブル、そしてTVなど。
三浦家のリビングルームを模したスタジオ内。
未来は一人ソファーに腰をかけて、次の撮影が始まるのを待つことにした。
早朝からの撮影に、無意識に疲れたため息がこぼれる。
それにしても早く終わったなと、部屋の壁に掛けてある時計を視界に未来は思った。
予定より2時間も早く終わった先程のシーン。
終わったと言うより、あれは見切りをつけたという感じだなと、いい出来だとは全くもって思えないのにOKが出た事に対し、未来はそう察していた。
だけどそれも仕方のない事。
あれ以上長く撮影をした所で、あれ以上のものはきっとあの二人とは出来ないし、何回撮ったって同じだと未来は思う。
しかしそのお陰で次のシーンの備えが出来る。
未来はその事に安堵のため息を一つ吐き、そして次のシーンで絡む寛也と谷口の事を思った。
二人ともとてもアドリブが好きなようで、撮影当初は少しばかり戸惑いを感じていた未来だが、今では二人のアドリブに応えるのが楽しいと思える程。
だが、先程みたいに気を抜いていたら完全においていかれ、そして振り回されてしまう。
あの二人に台本なんてあってないようなものだしなと、未来が内心で苦笑いしていると
「さっきのはもう少しアドリブあっても良かったんじゃねぇか?」
「っわっ!?た、父さんっ。びっくりしたぁっ。早いね、来るの」
ぬぅっとソファーの後ろから顔を出した谷口に、未来は驚きの声と共に腰を浮かし、声の方に振り返った。
「あぁ、偶々な。ってかでもそれはこっちの台詞だ。早すぎじゃね?撮り終えんの」
ドキドキと早打つ心臓の未来を他所に、谷口は未来が座っていた隣にどかりと腰を下ろした。
「あぁ、うん。でも何回撮ったって同じだから」
未来も再びソファーに座ると、そう言って谷口と向き合った。
「同じ?同じって何が?」
「何がって、芝居がだけど?」
「芝居が?それはないだろ?だって同じ芝居は二度は出来ねぇぞ。機械じゃあるまいし。そうだろ?」
確かに谷口の言う通りだと常なら思う。
だが今回はそれに当てはまらないと未来は思った。
「でもあの子達は機械みたいなもんだよ。だって台本にある台詞しか言わないんだから」
アドリブなんて出来ないし、もししたとしたら動揺しまくるだろう事が安易に予想出来た。
「成る程なぁ。だからアドリブをしねぇのか。した方がいいけど上手く出来なさそうだからしない、そういう事か?」
責める様な谷口の物言いに、未来は言葉を思わず飲み込んだ。
「っ…、そうだよっ。だけどそれが一番ってかそうするしかないでしょ?」
「そうか~?俺はそうは思わねぇけどな」
ニヤリと笑って言う谷口に、未来の眉間に僅かに皺が寄った。
「っ、じゃぁどうするの?父さんだったらっ」
むっとした表情をあらわにする未来に、谷口はくすりと笑いそして軽くため息を吐いた。
「お前ね、あんまり人を見くびっちゃいけねぇよ?」
「え?」
「あと、綺麗な丸を目指しすぎだ」
「は…?」
谷口の言わんとする事が未来にはまるで分からなかった。
人を見くびる?綺麗な丸?一体なんの事だと、未来の頭には疑問符ばかりが浮かんだ。
「だってさ、お前も台本通りの台詞しか言ってねぇじゃねぇか。あいつらが使えないからお前も使わないんじゃ、それは使えないのと一緒。そりゃお前ぐだぐだになるだろうよ、訳わかんなくなるよ。でもそれならそれで良いじゃねぇか。だってそれがお前達だろ?」
谷口の意見は間違ってはいない事は未来にも分かった。
「っそうだけど、でもっ」
「びびってんじゃなぁいっ!」
言い訳を口にしようとした所を谷口の大きな声で遮られ、未来は瞳を丸くし驚いた。
「いいんだよ、失敗したって。何事もやろうとする事に意味があるんだから。な?解ったな?」
未来の頭をくしゃくしゃと撫で回しながら言う谷口に、未来は口先だけの分かりましたを返した。
※※※
撮影を終えて家に帰った未来は、早速谷口との事を斗亜に電話で相談していた。
「まぁ、確かに谷口さんの言ってる事は正しいと思うけど…。でも中々出来ないよね。あの子達って本当に素人と変わりないから…」
自宅の自室にて寛いでいた斗亜は、未来からあらかたを聞いた後でそう言った。
「そうだよねっ?でも、そんなの谷口さんだって解ってると思うから、だからそれを踏まえた上でお前がちゃんと引っ張ってって教えてやれって事だと思うんだけどさ、正直めんどくさいって思うんだよね。だって遠山さんに要求されるなら話は別だけど、でも遠山さんからは何も言われてないし、だったら何で僕がそんな手間かけなきゃなんないの?って思っちゃう。あの子達の事別に嫌いじゃないけどさ…」
一気にそう言って不満を述べる未来に、斗亜は時おり相槌を入れながら話を聞いた。そして
「解るよ。そこまでしてやりたいとは思わないし、してやる義理もないしね」
「そういう事。それに僕らだってまだまだじゃん?そんな人の世話してる余裕ないし、そんな時間あるなら自分の為に使いたいじゃん?」
軽いため息と共に言う未来に、斗亜もその気持ちは凄くよく分かった。
未来の言う通り自分達はまだまだ発展途上だ。
時間は有効に使いたい。
「そうだね。でもまぁさ、だからって谷口さんの事無視は気まずいでしょ?」
「うん、気まずいよそれは」
フランクな関係を好んでいる谷口だとしても、芸能界の大御所的ポジションにいる彼を蔑ろには出来ないし、したくないと未来は思う。
「なら適当にアドリブ増やしてやってるよって見せといた方がいいよ。当たり障りない感じならあの子達だって大丈夫だと思うし」
「はぁ~っ、そうだよね。一先ずそうしようかな…」
斗亜のアドバイス通りにするのが一番だと未来も思う。
だがしかし、ぶっちゃけそれすらもなんだか面倒臭いなと思ってしまう。
自分よりレベルの低い人と仕事をするのは、これだから嫌なんだと未来は思う。
だってなんの利益も得られないし、何よりやはり本当に面倒臭いなとげんなりとし、深いため息が未来の口から出た。
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