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第5話

「なんだったの」  ぽつりと呟いた広夢の手をホウが取り、優しく握って歩き出す。 「狐に化かされたんだよ。忘れなさい」  手を引かれるままに歩いていると、行く手に大きな月が見えた。 「ああ、きれいだね。道がよく見える。広夢、ここからは一人で帰れるかい?」  見回すと、そこはよく通る路地で、家まで五分とかからない。だが、なんとなく手を離しがたく、広夢はホウを見上げた。月の光に照らされたホウは神々しく、触れたらいけないものだと思えた。だが繋いだ手は温かく柔らかく、広夢の心を抱きしめていてくれるかのようだ。  そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。ホウはくすりと笑うと広夢の家の方に足を向けた。 「もう少し、一緒に歩こうか」  こっくりと広夢は頷く。ホウはどうして自分を助けてくれたんだろう。今日あったばかりの僕なんかを。 「広夢が一生懸命だからだよ。眠っていた私を起こすほどに」  ホウが広夢の手を口許に寄せる。 「願いを今すぐ叶えようか?」  なんだっけ、願いって。広夢がホウに見惚れてぼうっとしていると、ホウの唇が手の甲に触れた。なんて柔らかくて心地よい。広夢はうっとりと目を瞑った。 「明日もおいで。待っているから」  そう言ってホウは優しく微笑み、消えた。  広夢は茫然と立ち尽くす。これこそ狐に化かされたというやつではないだろうか。自分勝手に見た夢だろうか。ぽろりと涙がこぼれた。嫌だ、夢だなんて嫌だ。こんな気持ちは初めてだった。もっと近くに、もっと一緒に、もっと自分を見て欲しい。  お百度参りをしよう。もう一度ホウに会えるように願おう。ぼろぼろと零れ続ける涙を袖で拭いて、広夢は硬くこぶしを握る。  鳳というのはホウという伝説の生き物のことだと広夢が知るのは、まだずっと先のことだった。

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