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第3話

「大丈夫?車で送ろうか?」  玄関で靴を履きながら背中をさすられて、亜弓は首を振った。 「いいです」 「泊まってけばいいのに」 「いや、そういうわけにも」 「…ここ一ヶ月くらい、泊まっていかないよね。何かあるんじゃないの」  訝しげに、しかしほとんど確信を持って問われて、亜弓はぎくりと頬を強張らせた。こういうときに隠し立てするとためにならないことはよく知っている。懐疑的な中村が一ヶ月も追及しなかったことの方が不思議だというべきか。 「…今、家に人がいて」  亜弓は視線を逸らして口を開いた。 「家族?」 「や、他人」 「同居してるの」 「一時的にですけど」 「いつまで?」 「…わかりませんけど」 「女?」 「男です」 「きみは僕以外の男を部屋に連れ込むの!? 浮気する気か」 「浮気って。そんなんじゃないですよっ」  だいたいいつ自分が中村の恋人になったというのか。浮気も何もないだろう、とは思ったが、そんな火に油を注ぐようなことを言うほど亜弓もバカではない。 「きみがそんなんじゃないと思ってたって、向こうはどうか分からないじゃないか。こんなかわいいきみと一緒に暮らしてたら、その気がなくたって誰でも手ぐらい出るよ!」 「かわいいって…あのねぇ。俺は中村さんより年上ですよ。あと三ヶ月もして二月になれば三十一なんですよ。だいたいね、誰でもってことがありますか。そこまで人類廃れちゃいませんよ」  そうまで言っても中村は嫉妬を露にした形相で口を挟んでこようとしたが、させず、亜弓は畳み掛けた。 「その前に受け専同士で何ができるって言うんですか!」  中村のバカな杞憂に苛立ち、怒気をはらんだその台詞に、中村はきょとんと目を瞠った。端正な、と評するのがやはり一番適切な面差しが、妙に幼く見える一瞬だ。 「…受け専なの」 「そうですよっ」  反芻されると、口にした言葉の恥ずかしさに頬が赤らむ。 「でも…」 「もう、帰りますよ」  言いながら、亜弓は中村に向かって手を差し出した。亜弓を帰らせまいと中村の手に握られたコートを寄越せと。中村は仕方なくため息をついて、亜弓にそのコートを着せ掛け、くちびるに口づけた。 「…じゃ、また明日」 「はい。おやすみなさい」  亜弓の首にかかったマフラーを名残惜しげに放して、中村は閉まったドアを見つめていた。

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