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第8話
と、今度はインターホンが鳴った。こんな時間に誰だろうと思いながら、玄関に向かう。
「どちら様…」
言いながら、ドアを細く開け、声が止まった。
そこに、中村が立っていた。
「話があるんだ」
感情の見えにくい顔で、中村は言った。
「上がっていい?」
亜弓は少しためらって、ドアチェーンを外した。
上がり込んだ中村と、ダイニングの秀明の目が合う。中村はふっと目を眇めると、奥の寝室の方へ入っていった。亜弓はそれに続き、ドアを閉めた。
「あれが噂の売り男26歳?」
中村は寝室に入れられたソファベッドを一瞥していった。
「さすがにいい顔してるね。きみが彼にかかりっきりになるのも頷ける」
「…どういう意味ですか」
険を含んだ声で問うと、中村は口元に優しげな笑みを浮かべ、亜弓をそっと抱き寄せた。そのままベッドへ押し倒そうとする。
「何してんですか、やめてくださいよ、隣に人がいるのにっ」
囁きの音量での抗議を、中村は無視した。
「かわいい声を聞かせてやれよ。隣の浮気相手にさ。きみは僕のものなんだって、見せつけてやればいい」
痩せぎすな見た目からは想像の及ばない力で押さえ込まれ、亜弓は慌てて抵抗した。
「なんで抵抗するんだよ」
低い声が威嚇する。
「だって…隣に人が」
「なんでいまさら抵抗するんだ、いつも抵抗なんかしないじゃないか。なんであいつに知られたくないんだよ、なんであいつがいるときだけ…」
「やめ…痛いですって」
「僕以外の男を見る亜弓が悪いんだろう!?」
一方的に責任を負わせるようなことを言われ、さすがに亜弓の頭も血を上せた。
「俺には中村さんからそんなこと言われる筋合いないですよ! 浮気なんて言われる仲じゃないはずだ」
それは、言ってはならないと思ってきた言葉だった。
「中村さんが職を盾に俺を脅迫して、俺は望み通り抱かれてやってるじゃないですか。それ以上を望まれても、俺には応えられませんよ」
いつになくきつい亜弓の双眸を冷ややかに見つめて、中村は亜弓の肩を掴んだ手に力をこめた。そのまま服を脱がそうとするのに、ようやく亜弓は声を荒らげた。けれど中村の腕は動じない。
「痛っ…何すんですか、やめてください!」
抗いながら、中村の手の意図を感じて恐怖に竦む。
「いやっ、いやだ…秀明! 秀明!!」
叫ぶと、扉の向こうでガタンと椅子が鳴った。
しかし、中村の振り上げた平手が亜弓の頬に炸裂するまでには間に合わなくて。
ひどい音が部屋に響いたのと同時に、ドアは開いた。
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