16 / 16
ガラスの靴
小山はアクセサリースタンドからリングをひとつ手に取ると、それをジッと見つめた。
「コレ、かわいいよねえ」
小山が手に取ったのは、大きなブルーのカメオがついたリングだった。
カメオにはドレスを着た女性が彫られていて、リングからぶら下がったタグには「シンデレラリング」という商品名が書いてある。
「そうだね」
たしかに、可愛らしい。
女の子なら、誰もが一度は憧れを抱くシンデレラをモチーフにしたリングだ。
それにしても、なんだって急にそんなものを手に取って眺めて、感想を述べたりしたのか。
「コレ、買うよ」
「ええ⁈直也くん、それつけるの?それ、男の指に入るの?」
突拍子もないセリフに、光史朗は驚きの声をあげた。
「ううん、これヒカリ姫にあげるよ。この指輪、女の子の指に入れるにはちょっと大きめだから、ヒカリ姫の指にも入るじゃないかな?薬指になら、ギリ入るでしょ?」
「え?う、うん。いや、ていうか、いいってそんなの!」
光史朗は顔の前で両手をブンブン振った。
熱燗をグッーと一気飲みしたかのように、顔がカッカッと熱い。
思えば、誰かにアクセサリーを買ってもらうなんて、初めてのことだ。
「オレがつけて欲しいから買うの。これ、お願いします」
小山は有無を言わせず、カウンターにリングを置いた。
「か、かしこまりました。ありがとうございます」
突然のことに驚きつつも、女性店員はリングを手に取り、精算を始めた。
「すぐにつけるので、タグも切ってください」
「かしこまりました」
小山に言われて、女性店員はレジ下に置いてあるペン立てからハサミを取り、手慣れた動作でタグを切った。
「では、このままお渡ししますね」
「ありがとうございます」
小山が女性店員に手を差し出す。
女性店員が、差し出された手のひらにそっとリングを置くと、小山はそれをつまんだ。
「ほら、ヒカリ姫」
リングをつまんだまま、小山が光史朗を呼ぶ。
「え?」
「手を出して。左手」
言われるままに光史朗が左手を出すと、小山は光史朗の薬指にシンデレラリングをはめた。
リングをはめられた手が、かすかに震える。
こんなことをされたのは初めてだ。
「プレゼントだよ」
「…ありがとう」
嬉しいやら恥ずかしいやらで、光史朗は次になんと言うべきかわからなかった。
「あの…もう店を出ようか」
店員にジッとこちらを見つめられていることに気づいて、光史朗はそう促した。
「うん」
光史朗が店のドアノブを掴むと、去り際に女性店員が「ありがとうございました」と入った。
それに応えるように会釈すると、2人はドアをくぐって店を出た。
──ガラスの靴を履かせてもらったシンデレラって、きっとこんなカンジなのかな?
光史朗は左手を顔の高さまで上げて、小山にはめてもらったシンデレラリングを見つめた。
ブルーのカメオが、光史朗にその存在を主張するかのように光って見えた。
すると、なぜだろうか。
不思議と口角が上がってきて、気持ちも上を向いてきた。
雑居ビルの廊下。
2人はベンチに並んで座って休憩していた。
「うれしい…」
左手の薬指に光るリングを見て、光史朗はうっとり呟いた。
「ヒカリ姫が喜んでくれて、オレも嬉しいよ」
隣に座る小山が鼻をこすりながら、にこやかに光史朗を見つめる。
「直也くんがモテるの、なんでかよくわかった気がする」
指輪に優しく触れながら、光史朗は続けた。
「えー?オレ、ぜんぜんモテないよお。顔はフツーだしチビだし、いっつも友達止まりでさ。恋愛対象にはならないんだよねえ」
直也ははあとため息をつき、頭を掻いた。
「え?でも、さっき買い物とか付き合い慣れてるって言ってたよね?アレって、デートとか行き慣れてるってことなんでしょう?」
「え?あー…それねー。ぜんぜん違うよ」
「違うって、何が?」
光史朗はキョトンとした顔で首をかしげた。
「アネキにさあ、しょっちゅう買い物に付き合わさせるんだよ。アイツ、服買うのにめちゃくちゃ時間かかるし、一度の買い物の量が生半可じゃないし、オレに荷物持ちさせるし。それに比べたらヒカリ姫の買い物に付き合うのなんか、なんてことないって話」
直也が飛んできた虫を跳ね除けるみたいに、顔の前でブンブンと手を振った。
「なるほど。ぼくも、姉さんと買い物行くよ」
なぜだろう、心底ホッとしてしまったと同時に、どこの姉も同じようなものなのだなと共感もできた。
「あ、お姉さんいるんだあ」
「うん、上にひとり」
光史朗の少女趣味はこの姉の影響である。
子どもの頃、姉はよく悪ふざけで光史朗に化粧を施したり、女の子の服を着せていた。
それが長じて、この趣味に繋がった。
姉は光史朗がロリィタファッションに興味を抱いたことに何か申し訳なさを感じているらしいが、光史朗は特にどうとは思っていない。
仲も悪くはないし、直也と同じく一緒に買い物に行くときもある。
「どこのお姉ちゃんも同じだよね。ぼくだって、ときどき振り回されるもの」
「ホントになあー、勘弁して欲しいよ」
直也がガックリとうなだれた。
光史朗はその姿に、なんたが親近感を覚えた。
今の今まで、光史朗は直也のことを「別の世界の人」と感じていたし、もっと前は「別の生き物」みたく思っていたのだ。
でも今は、夢に見た王子様が目の前に現れてくれたような感慨にすらなっている。
「あ、ねえ、ヒカリ姫」
突然、直也が何かを思い出したような顔をした。
「なあに」
光史朗が直也の方へ顔を向けた瞬間、唇に何か触れた。
光史朗は、直也にキスされたのだ。
「ちょっと⁈」
あまりに突然の出来事に、光史朗は思わず大きな声を出した。
「奪っちゃった!」
直也がいたずらっ子みたいに、ぺろっと舌を出した。
「もう!」
──やっぱりこんな人、王子様なんかじゃない!
光史朗が憧れた王子様は、こんなくだらないイタズラなどしない。
でも、なぜたろう。
さほど嫌とは思わなかった。
理想の王子様でなくとも、やっぱり光史朗は直也のことが好きなのだ。
昼下がりの雑居ビル。
恋人同士となった2人は、ひたすらじゃれあっていた。
ともだちにシェアしよう!