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ちょっとした動揺
──直也くん、いま「慣れてる」って、言ったよね?
長ったらしい買い物に付き合うのは慣れている、ということはやはり、小山は光史朗と違って、恋人がいたことがあるわけだ。
無理もない。
だって、小山は女性からの受けがいい。
事務員の女性たちだけでなく、ほかの部署の女性社員も小山に夢中だ。
きっと、今も夢中な人がいる。
その人たちは、自分と小山が付き合っていることを知ったら、どう思うのだろう。
彼女たちはみんな、華奢で愛らしい。
それに比べて自分は…
「ね、早く行こうよ。じゃないと、欲しいヤツが誰かに先に取られちゃうよー?」
小山がさわやかな笑顔を見せて、手を伸ばしてきた。
光史朗はまた、ドキリとした。
「う、うん!」
光史朗はそれに応えるように手を伸ばした。
緊張のあまり、指先がぷるぷると震える。
指先が小山の手に届いたかと思うと、ぎゅっと握られた。
体がカッと熱くなる。
「ほら、行こう!」
「うん…」
小山は光史朗の手を引いて歩き出した。
「店の場所、こっちで合ってるよね?」
「うん…」
光史朗は顔を真っ赤にしたまま、俯いて歩いた。
誰かと手を繋ぐなんてことは初めてだし、周囲は人が多い。
──周りの人が、みんな見てる気がする…
だって、光史朗は男で背が高いのに加えて、セーラー襟のロリィタ服なんか着ている。
今着ているものは、普段着ているものと比べたら大人しいデザインではあるけれど、やっぱり目立つ。
こんな男とカジュアル服の小柄なイケメンが手を繋いでるなんて、なかなか異様な光景ではないか。
実際に、周囲の人々は自分を凝視したり、一度目を逸らしたかと思えば二度見した人もいる。
小山はそれが気にならないのだろうかと、光史朗は隣を歩く小山に視線を移した。
しかし、どうしたことだろう。
周りの人の目もどこ吹く風と言わんばかりに、小山は嬉しそうな顔で歩いている。
心なしか、足取りもさっきよりうんと軽い気がする。
いったい、何がそんなに楽しいのだろう。
──嫌いじゃないけど、この人のことはやっぱり理解できないな……
そうして歩くこと5分ほど。
目当ての店の前に着いた。
「おー、ホームページにあった通りだー!」
雑居ビルのテナントの一角。
そこに光史朗の好きなブランド「メタモルフォーシス」の店舗があった。
ビルの廊下と店舗はアンティークデザインの白いドアで隔てられていて、ドアにはオシャレなフレームの小窓がついている。
その小窓の向こう、光史朗と同じくロリィタ服を着た女性店員が、商品棚に並んでいるアクセサリーやソックスの位置を直しているのが見えた。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けて2人して店内に入ると、店員は姿勢を正して、お辞儀をした。
白いフリルブラウスの上にピンクのバラ模様のジャンパースカートを着た、可愛らしい印象の女性店員だ。
身長は約155センチ前後。
ジャンパースカートと同じバラ模様のリボンカチューシャを、ゆるくウェーブさせたセミロングヘアに固定させ、足は白いフリルソックスとピンクのストラップシューズで彩られている。
──この人も、華奢で可愛いなあ…
それに比べて自分は、と光史朗は胸がちくりと傷んだ。
「わあー…」
ドアの内側に入るなり、小山は20平米あるかないかの店内をキョロキョロ見回しながら、声を漏らした。
サックスブルーの姫袖ドレスを着せられてディスプレイされたトルソー、壁際のラックにかけられたブラウスやスカート、ウィッグの上にボンネットをつけられているベッドマネキン、商品棚に並んだカチューシャやブレスレットやリング。
どれも、小山の目には新鮮には新鮮に写るのだろう。
そばに立つ女性店員は、そんな小山を少しばかり警戒しているようだった。
ロリィタ服を取り扱っている店は冷やかしや転売目的で入ってくる人も多いから、馴染みのない客を訝しむこは仕方のないことかもしれない。
「このドレスとか、すごいね。ホントにお姫様が着る服ってカンジ」
小山がトルソーに着せられている姫袖ドレスを指差した。
「うん、こういうの「姫ロリ」っていうと言うんだよ」
「へえ、いまヒカリ姫が着てるヤツとか、ゴスロリとは違うカンジ?」
「そうだよ」
小山はいつの間にか、光史朗のことを「ヒカリ姫」と呼び始めた。
恥ずかしい気持ちはあったが、まんざら悪い気はしないので、大した反論もしなかった。
「ところで、何か買うの?」
「う、うん!あの…新作の和柄のシリーズ、置いてますか?」
言われてハッとした光史朗は、あわてて店員に尋ねた。
「あ、今は予約受け付け中です」
2人の様子を静かに伺っていた店員も、ハッとしたような顔になって返答した。
「じゃあ、予約お願いします!」
光史朗はさっそく予約することにした。
店頭での購入と違って、すぐに手に入らないのは不便だが、人気のある商品はこういった措置が取られることも多い。
いわゆる受注生産というやつだ。
「かしこまりました。こちらにお名前と住所、お電話番号をお願いします」
言うと女性店員はカウンターに移動して、引き出しから申し込み用紙とボールペンを取り出した。
「予約って何?」
「えーと、受注生産ってわかるかな?」
「うん、ウチでもたまにあるよね」
小山の言う通り、光史朗たちの勤め先でも、取り引き先から発注を受けた分だけ製造して、発送するシステムがある。
「人気があるヤツってさ、転売ヤーに大量に買われちゃうことがあるの。先にそれを防ぐために、欲しい人がちゃんと買えるようなシステムがコレってワケ。もちろん、個数制限もある」
申し込み用紙の上でボールペンをカリカリ滑るように動かしながら、光史朗は大雑把に説明した。
「なるほどねー」
光史朗のその楽しそうな様子を、小山はジッと見つめていた。
もう店内にある商品には見慣れたらしい。
「書けました!」
「ありがとうございます」
店員は礼を言うと、希望した商品は今から1ヶ月ぐらい後に発送されることと、届き次第、申し込み用紙に書いた電話番号に連絡を入れる旨を伝えた。
そして、光史朗は前払い金を一部支払い、店内を物色した。
「何か買う?」
「うーん…」
小山に言われて店内を見回してみるが、特に欲しいものはない。
「これとか、どう?」
言うと小山は、そばの商品棚に置いてあるアクセサリースタンドを指差した。
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