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いつか王子様が

──王子様だなんて、こんないい大人になって、こんなデカいナリして、バカみたい… 口の中でアップルパイをもごもごさせながら、光史朗は自分で自分をなだめた。 光史朗は幼い頃、母親に読み聞かせてもらった絵本の白雪姫やシンデレラ、眠れる森の美女やラプンツェルの話が大好きだった。 女の子が憧れるような世界観に、幼い光史朗はすっかり魅了されたし、今となってはバカバカしいのだけど、そこに登場する白馬の王子様に憧れを抱いた。 「自分にはいつか、白馬の王子様が」などとよく夢想したものだ。 「ちがうでしょ。お姫さまは女の子でしょ?王子様は男の子でしょ?光史朗は男の子なんだから、いつかは誰かの王子様になるのよ」 自分の願望を母親に話したところ、こんなふうにたしなめられたのを、よく覚えている。 母親が無理解なのではない。 それが「普通」なのだ。 お姫様というのは華奢な女の子であり、決して光史朗のような大柄な男をさすのではない。 そういった価値観は成長するにつれ、強くなっていき、中高生くらいにまでなってくると、少女趣味を隠すようになった。 成人後はその反動でロリィタファッションに走り、お姫様願望と王子様願望は変わらず残り続けている。 業務中、嫌なことがあるたびに、こんな日常から解放してくれる王子様が現れはしないかと夢想することがある。 「そっか、おいしいか。そりゃよかった」 小山がにっこり笑って問いかけてくる。 その笑顔の、なんと爽やかなこと。 「んん……うん、すごく、甘くて…」 光史朗は言葉に詰まってしまった。 焼きたてのカスタード入りアップルパイは皮がサクサクしていて、中はふんわり甘くて美味しい。 その美味しさを口で伝えようとしたものの、なぜか言葉が出てこない。 ──いや、でも、直也くん、王子様っていうには小さいよね… ふと、そんなことを考えた。 光史朗が幼い頃に思い描いた王子様は背が高くて脚が長く、晴れた日の空みたいなサファイアブルーの瞳、太陽の光を浴びて艶めくシャンパンゴールドの長髪。 その長髪はベルベットのリボンで束ねられ、金糸の刺繍が施されたロングコートの下にはフリルシャツ。 首にはジャボかリボンタイ。 レースアップのついたロングブーツの革底を優雅に鳴らして、白馬とともに颯爽と現れる。 しかし、目の前に座っている相手は、光史朗より背が低く、黒目に黒髪。 シンプルな黒のポロシャツ、デニムのジーンズにスニーカー。 理想の王子様像とはかなりかけ離れている。 でも、なぜだろう。 幼い頃に絵本で読んだ王子様とお姫様を見たときのように、胸がときめいている。 「それも美味しそうだね」 小山は、光史朗が注文した「なんでもない日のお茶会」──サンドイッチ、スコーン、カップケーキ、マカロン、クッキーが乗った皿に目を移した。 「一口食べる?」 「うん!」 光史朗が尋ねると、小山は嬉しそうに即答した。 「どれがいい?」 「クッキーを1枚くれるかな?」 「いいよ」 光史朗は、皿の上に乗ったクッキーを1枚つまみ上げ、小山が注文したアップルパイが乗った皿の空いたスペースに置こうとした。 しかしそれは、次の小山の言葉によって阻まれた。 「ね、オレに食べさせてくれない?」 「え…」 「食べさせて?」 言うと小山は、雛鳥が親鳥に餌をねだるときみたいに、口をパカっと開けた。 光史朗のクッキーを持った手が、空中で止まる。 恋人同士がよくやるような、「あーん」なんて、光史朗は初めてなのだ。 恥ずかしくて、躊躇う気持ちの方が勝ってしまう。 でも、小山が待っている以上、いつまでもこのままとはいかない。 光史朗は開いた口から覗いている舌の上に乗せるような形で、小山にクッキーを食べさせた。 「ん、おいしいね、これ」 小山がクッキーを丸ごと口に入れて、並びの良い歯で咀嚼していく。 ──直也くん、歯もイケメンなんだなあ… 思わずポーッとしてしまって、光史朗はなかなか食事が進まなかった。 こんな気分も、本当に初めてだ。 「おいしかったねー」 食事を終えて店を出ると、小山はこれまたさわやかな笑顔で、料理の感想を述べた。 「…うん」 まだ胸のドキドキがおさまらない。 どうしてだろう。 だって、小山は理想の王子様とはまるで違うのに。 「ねえ、これからどうする?どっか行きたいところ無い?」 「えっ…?」 ポーッとしていたものだから、光史朗は間抜けな声を出してしまった。 「確かこのへんにさ、ロリータのお店あったよね?そこはどう?今、何か欲しいものとか無いの?」 言われて光史朗は思い出した。 近くに、光史朗の伊か大好きなロリィタ服ブランド「メタモルフォーシス」の店舗がある。 そこで新しいシリーズの柄が出ているはずだ。 光史朗がずっと欲しいと思っていたものだ。 アイボリーと黒の一松模様に黒猫と椿、付属のボルドーのリボンに施された金糸の縁飾りがキレイな和柄のロリィタ服。 メタモルフォーシスはプラスサイズも展開しているブランドだから、光史朗のように大柄な男でも着られるのだ。 きっと、その和柄だって問題なく着られるだろう。 ここで光史朗は、あることに気がついた。 「直也くん、どうしてこの近くにお店があるって知ってるの?」 小山は光史朗を好きだと言うけれど、光史朗が好きなロリィタ服には、まるで関心はなかったはずだ。 「ここの位置とか、最寄り駅とか調べるときにさ、思い出したんだよ。あ、ここから光史朗くんが好きな服の店近いなーって。ほら、ブランドのホームページに店の位置とか載ってるじゃない?光史朗くんが好きなブランドってどんなのかなってよく検索して見てたからさ、それで店の場所覚えてたんだよ」 小山が頭を掻きながら、照れ臭そうに答える。 「そう…」 ──覚えててくれたんだ… 光史朗はまた、胸がときめくのを感じた。 小山はロリィタ服には興味がないだろうし、まして袖を通すことなど一生ないと思う。 だのに、わざわざブランドのホームページや光史朗の好きそうなカフェなんかも調べてくれていたのだ。 光史朗は、なんだかそれが嬉しくなった。 「うん、じゃあ、その店に行ってもいい?なるだけすぐに買い物終わらせるから」 「いいよ。てゆうか、買い物急がなくてもいいよ。オレ、長ったらしい買い物に付き合うのは慣れてるし!」 光史朗の気遣いに目敏く気がついた小山が、にっこり笑って承諾する。 一方で、光史朗は小山の言葉に、どこか引っかかるものを感じた。

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