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カフェ・ファアリーランド
カフェ・フェアリーランドは、ワンダーランドカフェと同様、楕円形のドアがついた小洒落たカフェだ。
ドアを開けて一歩踏み入れると、光史朗の好きなアリスやいかれ帽子屋はもちろん、12時を示す時計とシンデレラ、糸車と荊姫、オオカミと赤ずきん、ヘンゼルとグレーテル、それにお菓子の家といったおとぎ話の登場人物やアイテムが壁に描かれていた。
テーブルや椅子なんかも、おとぎ話に出てきそうなアンティークデザインで揃えられている。
「かわいい……」
「うん、なかなかいいでしょ!」
うっとりと呟く光史朗に、小山は嬉しそうな顔をした。
光史朗が気に入らなかったら、と気にしていたのだ。
「2名様ですね?こちらにお座りください!」
店員が2人に気づいて、席へ案内してくれた。
そこは店の端にある、あまり目立たない席だったので、光史朗はホッとしていた。
椅子に座って、さっそくメニューを確認してみると、「白雪姫と毒林檎」「お菓子の家」「なんでもない日のお茶会」などという文字が踊っている。
「メニューの名前、凝ってるねえ」
小山がメニューが書かれた冊子をパラパラめくる。
「コンセプトレストランはね、こういうのが定番なの」
こないだのワンダーランドカフェもこうだったな、などと考えつつ、光史朗は冊子をめくり続ける。
「なるほどねー、とりあえずオレはアップルパイのセットで、ドリンクはアイスコーヒーにしよ!」
小山は「白雪姫と毒林檎」に決めると、パタンと冊子を閉じた。
「はやいね…」
「うん、まあねー。メニュー決めるのも服買うときとかも、オレはさっさと決めちゃう派。逆に姉貴はチョー遅いんだよねー」
──ぼくはすっごい悩む派だな…
体格といい、周囲の声を気にしないところといい、決断がはやいところといい、小山と自分との違いを、光史朗はとことん実感した。
同時に、小山のこういう気質が羨ましいとも感じた。
光史朗は悩みに悩んで、結局「なんでもない日のお茶会」セットで、ドリンクはホットミルクティーにした。
悩んでいる間、小山は嫌な顔ひとつしないばかりか、なぜか嬉しそうに、穴が空くのではないかと思うくらいに光史朗の顔を見つめてきた。
「なに?」
「別に。ねえ、あの子たちに「ヒカリさん」って呼ばれてたよね」
小山が唐突に話題を持ち出してきた。
「うん。ぼくのハンドルネームだよ」
店内のインテリアや壁の絵をうっとりと見つめつつ、光史朗は答えた。
「へえー、光史朗の「光」の字からとったカンジ?」
「うん、あ、よかったらさ、この服着てるときは「ヒカリ」って呼んでくれる?」
本音を言えば、光史朗は自分の名前が好きではない。
なんだか、古臭くて男臭い気がするからだ。
できることなら、「#純__じゅん__#」とか「#要__かなめ__#」とか、男でも女でも通るような名前がよかった。
だからせめて、一時的でも良いから可愛らしい名前で呼ばれたいのだ。
「わかったよ。ヒカリ姫」
「やだ、「姫」とか!」
「やだ」とは言ったものの、光史朗はまんざらでもなかった。
お姫様のような扱いをされるのは少し嬉しい。
そんな会話をしているうち、店員が「お待たせしました」と言ってアップルパイとコーヒーを持ってきた。
「それも美味しそうだね」
光史朗が感想を述べた。
「よかったら、ひとくち食べる?」
小山がアップルパイを一口分、切り取った。
「うん」
光史朗はそれを受け取ろうと、備え付けのカトラリー入れからフォークを手に取った。
「あーんして、ヒカリ姫」
小山がフォークに刺したアップルパイを、光史朗の眼前に持ってきた。
「ふえ?あ、んっ!」
予想外の行為に驚きつつ、光史朗は反射的に口を開けて、アップルパイを口に入れた。
「美味しい?」
「う、うん……」
食事しているときに「アーンして」なんて、これまた初めてのことで、またしても光史朗は赤面した。
「きみが楽しそうでよかったよ。ヒカリ姫」
「……ありがとう」
小山がいたずらっぽく、にっこり笑った。
その小山の様子が、光史朗にはおとぎ話の白馬の王子様のように見えた。
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