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初デート
──あ、笑顔かわいい……
思えば、笑顔を向けられたのは今が初めてだ。
「そうだったね、うん……」
たしかに光史朗の言う通りだ。
自分から告白してきておいて、「いいの?」と聞くのは、どう考えてもおかしい。
「じゃあ、もう時間だから」
光史朗は食べ終わった食器を乗せたトレーを持って立ち上がると、それを返却口へ持っていった。
──オーケーしちゃった……!
光史朗は顔を真っ赤にして、食堂から去っていった。
昨日の昼に告白された後、なんと言ったらいいかわからなくえ、そのまま逃げてしまった。
それからしばらくしてから冷静になって、今までの小山の言動が理解できた。
やたら構ってくるのは、好意があったからで、伊達や酔狂などではなかったのだ。
──イケメンの人気者が冴えないヤツとくっつくとか……少女マンガみたいだな…
その日の業務をなんとか終えて、光史朗は家に帰った。
ドアを開けて部屋に入り、電気をつければ、お気に入りのインテリアに出迎えられる。
猫脚の白いテーブルや、フリルのテーブルクロス、天井からベッドへ垂らした天蓋、ハンガーラックにかけられたたくさんのロリィタ服。
いつかは色褪せて見えたそれらが、今は色を取り戻したばかりか、いつもより輝いて見える気がした。
──ぼく、なんだかんだで小山さんのこと好きだったんだな…
今の今まで、小山の存在が嫌で仕方がなかった。
だが、小山の気持ちに気づいたと同時に光史朗は、自分の感情を改めて自覚した。
自分も、小山のことが好きになっていたのだ。
──明日、小山さんに会えるの楽しみだな
薔薇の花柄のシーツに寝転がりながら、光史朗は明日を待ち侘びた。
翌日の昼、小山が食事に誘ってきて、2人はまた、ともに食事を摂る運びとなった。
「ねえ、よかったらさ、連絡先交換してくれない?」
ミネストローネを食べる手を止めて、小山がスマートフォンを取り出した。
「え?うん、いいよ」
光史朗も同じように、持っていた箸をトレーに置いて、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「よかったら、オレたち外で会わない?伊伏さんが好きそうなカフェ見つけたんだよ!!」
連絡先の交換を終えると、小山が切り出した。
「いいけど……あ、あの、ロリィタ服で来てもいいかな?ウィッグかぶって、メイクもするけど…」
「うん、別にいいよ。オレも好きな服着ていくし」
もし小山が「さすがにムリ」と言ったら、普通のカジュアル服で来るつもりでいたから、光史朗はホッと胸を撫で下ろした。
「あ、あとさ…」
「何?」
光史朗がほうれん草のおひたしを箸でつまもうとした矢先に、小山が何か言いたそうにこちらを見た。
「光史朗くんって呼んでいい?」
「……いいよ」
「それで、オレのことも直也って呼んで?」
「……う、うん」
小山の提案に、光史朗は照れ臭さから、顔を真っ赤にした。
週末の地下鉄S駅前で、小山は光史朗を待っていた。
「お待たせ、こや…直也くん!」
未だに名前呼びに慣れていないせいで、光史朗は危うく苗字で小山を呼びそうになった。
今日の光史朗のウィッグは、ナチュラルブラウンに輝くセミロングのウェービーヘア。
その上で薔薇の花飾りがついたヘアクリップをつけている。
服装はセーラーカラーにバルーンスリーブが特徴的なミモレ丈のダークブラウンのワンピース、薔薇の花とリボンがプリントされたオーバーニーソックス、靴はスクエアトゥのストラップパンプスを履いている。
目にはつけまつげにタレ目を強調したアイライン、ピンクと薄いブラウンのアイシャドウ。
頬には薄いピンクのラメ入りチーク、唇にもラメ入りリップを引いている。
「ねえ、ホントによかったの?このカッコで。やっぱり引く?」
光史朗は周囲をキョロキョロ見渡しなが、小山に尋ねてきた。
「いいっていいって、かわいいかわいい!ほら、行こうよ!!」
もじもじとおぼつかない様子の光史朗に対して、小山は上機嫌だった。
「ほら、手を出して!」
小山が手を差し伸べてくる。
「う、うん…」
言われたとおりに光史朗が手を伸ばすと、指を絡めて繋げられて、そのまま歩を進めた。
──ロリィタ服を着て、誰かと手を繋いで歩くなんて、初めてだ……
こんなこと、友達とではなかなかやらない。
初めてのことに、光史朗の心臓はドキドキと高鳴った。
カフェ「フェアリーランド」には、駅から徒歩5分ほど。
この5分の間、光史朗は人目を気にしてばかりで、足取りも結構に重かった。
「見ろよアレ」
「片方デカいな」
「2人とも男じゃない?」
「えー、マジで?」
周囲の人々のヒソヒソ話し合う声が、嫌でも光史朗の耳に入ってくる。
「ほら、着いたよ!このお店!!」
苦痛以外の何者でもない時間がやっと終わって、ようやく目的地に着いた。
「ああ、よかった。あ、あのね、よかったら、できるだけ目立たない席に座らせてくれない?」
「どうして?」
「ぼくみたいにデカいヤツがロリィタ服着てると、やっぱり目立つんだよ。それで、指をさしたり、アレコレ言ってくるんだよ。最悪なのが、盗撮してくる人。ホント勘弁して欲しい…さっきも指さされて、いろいろ言われたしさ」
先ほど周囲の人たちの言葉を思い出して、光史朗は苦い気持ちになった。
盗撮こそされていなかったようだが、大柄な男の身でロリィタ服を着て街を歩くと異常なほどに目立つから、必ずこんな目に遭う。
これには、幾度となく遭遇しても、やっぱり慣れない。
ましてや、今回は小山と手を繋いで歩いているから、ますます目立ってしまうのだろう。
こんな状況でも、小山は手を離すことはなく、ずっと手を繋いだままだった。
──直也くん、嫌じゃないのかな?
「え、さっき?なんか言ってた人いた?」
小山がキョトンとした顔をして、首を傾げてくる。
「うん、いたよ」
「ぜんぜん気がつかなかったな。ほら、お店入ろうよ」
おそらく、小山は人目をあまり気にしないタイプなのだろう。
光史朗は、そんな小山が心底羨ましいと思った。
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